第18話 町で見たのは

『情けねぇ! イキってた割にこの程度か!』


 頭をゴードウィンに踏みつけられている。

 実力差がありすぎた。強すぎる。

 抵抗らしい抵抗もできずに、私はこうして倒されてしまった。

 周りには、ゴードウィンの攻撃で殺された冒険者や兵士が大勢いた。

 何人かは顔の上半分を噛みちぎられ、元の顔を判別することすらできなくなっている。

 ギルドと通りの地面を血に染めたゴードウィンの咆哮が鼓膜を揺らして、耳が裂けそうだった。


「アイリス様が……」

「うそだろおい……」

「アイリスが負けたってのか……?」


 私の姿を見た多くの人が恐怖に顔を歪めてその場に座り込んでいた。

 それでも、まだ戦おうと頑張っている人も大勢いる。


「しっかりしてアイリスちゃん! “プラズマランス”!」


 セレスティアナさんを中心に、残った冒険者や兵士、そしてお父さんの騎士団からも凄腕の騎士たちが戦っている。

 でも、それでもゴードウィンには届かない。


『鬱陶しいぞ人間どもが!』


 両腕を引き、攻撃の姿勢になった。

 足に力が込められ、頭蓋骨から軋むような嫌な音が骨を伝って直接聞こえてくる。頭を踏み潰されてしまいそうだ。


『死にやがれ! “ラピッド・ダークバレット”!』


 闇の第四階級魔法である【ダークバレット】を超高速で連射するゴードウィンの魔法。私もこれにやられてしまった。

 全方位に放たれた闇の弾丸が冒険者たちを打ち据え、骨を砕きながら四方八方に吹き飛ばしてしまう。

 接近すらできない。一方的な蹂躙だ。

 ゴードウィンが私の頭から足を離した。

 足音を鳴らしながらセレスティアナさんに近付いていき、乱暴に足首を掴むと高く持ち上げる。

 次の瞬間、もう片方の手で太ももを掴むと、ゴードウィンはセレスティアナさんの右足を力任せに引きちぎった。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 血飛沫と共に絶叫が響き渡る。


『いい声だ! もう片方の足も引きちぎってやろう!』


 さすがにこれ以上は好きにさせない。

 落ちていた冒険者の剣を掴むと、全力でゴードウィンめがけて投げつける。

 でも、私の筋力じゃ足りなかった。背中に当たるけど刺さりもしない。

 セレスティアナさんを捨てたゴードウィンが血走った目で私を睨み付けてくる。

 またこちらに戻ってくると、首を掴まれて持ち上げられ、拳がお腹へと突き刺さった。


「か、は……っ」


 衝撃ではなく本当に肉を突き破られた。

 内臓が潰されたのが自分でも分かる。骨が肺に突き刺さっている。

 たまらず大量の血を吐いてゴードウィンの顔を赤く濡らした。


『調子に乗るなよクソったれが! 頭を噛みちぎって殺してやる!』


 ゴードウィンの口が迫ってくる。

 あぁ、ダメだ。死ぬんだ。

 牙の先端が頭に切り傷を――、


「――“ダークバレット”!」

「ぐあ!?」


 ゴードウィンの苦悶の声が聞こえ、体が投げ出された。

 地面に落ちる前に優しい腕の感触に包まれる。


「アイリス!!」

「メラン……コリー……」


 泣きそうな顔で私を見てくるメランコリー。

 よかった。これで町は救われる……。


◆◆◆◆◆


 町に戻ってきたら、あまりにも酷い有様だった。

 人は逃げ惑い、至る所に血肉が飛んでいる。ヴェイルの話と合わせると、ここらで亡くなっている人たちはギルドからこんなところまで吹き飛ばされてきたということになる。

 アイリスが死んでないことを祈りながらとにかく急ぐ。走る。

 そして、血の海を越えて半壊したギルドの扉を蹴破って中に飛び込むと、見えたのはアイリスを食べようとしている魔人の姿だった。

 その瞬間、私の中でものすごい怒りの感情が渦巻いて、気づけば魔法を打ち込んでいた。

 アイリスを救出し、血の上を滑る。

 慌てて容態を確認すると、生きているのが不思議なくらいの怪我だったけどどうにかまだ生きていた。

 よかった。これならまだ外部から闇の力で擬似的な再生と損傷箇所の修復ができる。

 ヴェイルも泣きながら駆け込んできて、地面から闇の腕を伸ばしてアイリスの傷を癒やそうと懸命になる。あと、近くに片足を失って倒れているセレスティアナさんも見つけたから、一緒に闇による治癒を施す。

 今ばかりは宗教上の制約とかは無視してほしいものだね。

 二人が目を開けて少し会話できるくらいには回復が進む。

 でも、魔人が起き上がって私を睨み付けてきた。


『てめぇ……! このゴードウィン様の食事を邪魔するとはいい度胸だ! 死にたいのか!?』

「……食事?」


 アイリスを食べ物だって言いたいのかな? 死にたいのはどっちなんだろう。

 ダメだ。体中の闇の力が荒ぶっている。全身の細胞がこいつを殺せと叫んでいる。

 二人のことはヴェイルに任せ、ゆっくりと立ちあがる。


「メランコリー……?」


 ヴェイルの声が震えている。きっと、私は今とても怖い顔と魔力を発しているのだろう。


『てめぇは俺を怒らせたぞ女! 地獄を見せてぶち殺してやる!』

「それは私のセリフ。アイリスにこの仕打ち……地獄を見るのはどっちかしらね。嬲り殺しにしてあげる……!」

『言うじゃねぇか! 命乞いしても聞かねぇぞ!』

「お前こそ。命乞いして助けてもらえるなんて幻想は今すぐ捨てることね」


 さぁ……始めましょうか。

 ずいぶん蹂躙を楽しんだみたいだけど……ここからはそちらが獲物。殺戮の時間だよ。

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