第1話 夢の異世界デビュー!

 次元移動魔法の効果で暗闇の中を彷徨っている。

 けれど、しばらくしたら出口らしき光が前方に見えてきたから、私は反射的にその光へと飛び込んだ。

 さぁ、いよいよ始まる私の新生活! 今度こそは静かな場所で自由に暮らしたいと思う。

 期待に胸を膨らませ、光を抜けて新たな世界へと飛びだして――、


『オオォォォォッ!』


 わぁ……なんか妙な咆哮に歓迎された。

 光を抜けた先に広がっていたのは、どこまでも広がる森だった。

 そこまで深いわけでもなく、木の葉の色彩が移った光が一帯を緑色に照らしている。草花の絨毯の上では多くの虫が飛んでいて、近くには川があるのか水が流れるような音がする。

 でも、そんな幻想的な風景が広がる向こう側――木々の隙間を抜けたその先で。

 少し開けたその場所に、巨大な二足歩行の狼のような魔物が立っていた。

 あれは確か……。


「ジェネラルウルフか……その近似種かな?」


 うちの軍にもいたキラーウルフという魔物が二段階くらい進化を遂げた魔物。それがジェネラルウルフ。

 そこそこ強くて成人前の人間より少しおバカ程度の知能もあるから、最前線の戦場で小部隊の隊長を任せる形で運用しているって常闇の使徒が言ってた気がする。そんな報告なんて聞き流していたから知らんけど。

 生物には強さの目安となるレベルというものがあって、うちの軍にいたジェネラルウルフは平均でレベル30くらいだったと思う。レベル100の私からすると取るに足らない存在だったけど、こっちの世界のジェネラルウルフってどの程度の強さなんだろう?

 一応私には魔王のスキルで【魔の絶対服従】っていう、魔獣とか魔物とか魔族とかの闇に属する存在を問答無用で従わせる能力があるけど、これは声による命令が必須だから、万が一あいつにこの力が効かなかったらただ自分の存在を明かすだけの間抜けちゃんになるんだよね。

 それでもしあいつの方が強かったら、異世界デビューと同時に死にましたという本末転倒な結果になりかねない。死にたくないから逃げ出したのに、逃げた先で魔王が魔物に喰われて死ぬとか最悪すぎる。

 この世界の生物の強さがどの程度かもはっきりせずに、私の強さもどのくらいなのか分からない現状でジェネラルウルフと戦うのは少し危険かな。ここは逃げの一択だよ。

 今さらだけどバレないように魔力隠蔽と気配遮断の魔法を付与しておく。

 さて、ここまでやると安心。とっとと逃げますか。

 そう思って踵を返して――、


「●●●ッ!」


 よく分からない言語で叫び声が聞こえて、思わず後ろを振り返ってしまう。

 ジェネラルウルフの巨体が隠している向こう側に腕が見えて、で、肝心のジェネラルウルフは殺意を宿した目で私を睨んでいた。

 いやほんと、誰だか知らないけど余計なことしてくれたわね!? ガッチガチに固めた魔法が一瞬で無意味になったんですけど!?

 ほら見ろジェネラルウルフが涎を垂らしながらこっちに来た! さては自分が逃げるために私にこいつを押しつけやがったな!

 異世界転移初っ端から面倒事に巻き込まれるとかマジでふざけるなって話よ。

 とりあえず無事に逃げることができたのなら、絶対に後で報復してやる……!

 確か亜空間には強烈な閃光を放つ閃光石のストックがあったはず。これで目潰しをすれば逃げられるはずで……。


「●●●●!」

「●●●●●!」


 亜空間から閃光石を取り出そうとしたその時、ジェネラルウルフの向こう側から人影が飛びだしてきた。

 その人は素早くジェネラルウルフの腕を切りつけると、私との間に割り込んできて守ってくれるかのような構えを取る。


「……ひゅ」


 その人物の姿がはっきりと見えた瞬間、喉から間抜けな音が漏れた。

 私の前に立っているのは、好みドストライクの超絶美少女。私自身、美女が多い魔族の中では一二を争うほど可愛いと思っているけど、その比じゃない。

 騎士のような風貌で、年齢は十代半ばくらい。長く伸ばした白銀の髪はとても綺麗で、アメジストがくすんで見えるほどに透き通った紫紺の瞳には思わず魅入ってしまう。ジェネラルウルフとの戦闘で傷ついたのか、装備は所々が壊れて血が滲む白磁の肌が見えていて、でもそれはそれで艶めかしさを感じさせる。美術品と言われても納得するほどの意匠が施された白銀の鎧と細剣を身に着け、彼女自身があらゆるものに勝る至宝そのものと言っても過言ではないようだった。

 あと、何を言っているかは分からないけど声もめちゃくちゃ可愛い。凜と心に響くその声は美声の多いセイレーン族の声が濁って聞こえるくらい。

 彼女の後に続いて青い髪の女の子もジェネラルウルフの脇をすり抜けて私の前に立った。この子も可愛いけど……ギリ私が勝ってるかな。

 でも、女の子大好きで女の子を愛でていたい私の琴線に二人はビビビッときた。

 で、二人はジェネラルウルフを睨みながら片腕で後ろを指している。


「●●●!」

「●●!」


 これ、押しつけられたのかと思ったけどもしかして……?


「“トランス・ランゲージ”」


 翻訳の魔法である第三階級魔法、【トランス・ランゲージ】を発動させる。

 すると、彼女たちの言葉が分かるようになってきた。


「何してるの!? 早く逃げて!」

「急いでください!」


 嗚呼、やっぱりそうだ。この二人は私を逃がそうとしてくれていたんだ。

 さて、どうしたものか。ここは計画通りに逃げるのが正しいのかもしれない。

 でも、多分だけど私が逃げたらこの子たちは殺されて骨までむしゃむしゃ食べられることになるだろう。

 それはちょっと許せないかな。巻き込まれた事による偶然の出会いだけど、この子と仲良くすれば絶対今後の私にとってプラスになるはずだから!

 それに、思えば私はこの世界について何も知らないし、元の世界のお金が使えると思えないから無一文だ。常識もお金もない状態で異世界を放浪するより、ここで踏ん張ってお礼にいろんな情報とかお金をもらう方が何倍も賢いのではないかと思う。

 そうと決まればこんなジェネラルウルフなんて倒してやる! どのみちいつかはこの世界での私の強さを知らなければいけないのだから、それが遅いか早いかの違いだ。

 銀髪の女の子の肩に手を置いて、軽く叩いてから彼女の前に出る。


「え……!? 何してるのいいから逃げて!」

「大丈夫」


 それだけ伝えて、私はジェネラルウルフを見上げる。

 さぁかかってきなさい犬っころ! こちとら異世界の魔王だぞ!

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