第2話 Re人生②

俺はなかなかに柔軟な人間だと自負している。

そんな俺が現在の状況を整理すると、全く理解不能だった。


身体は小学生の時に戻っているし、東京にいたはずの俺は地方の田舎町にいる、そして手持ちの金も服も何もかもない。


図書館に行き、パソコンを借りる。


日付は……2008年4月7日。小学校1年生の時だ。


ネットやらで時代を探ってみると、確かに俺がさっきまでいた時代にあったものは殆どないし、ネットも地味に使いずらい。SNSなんて当然、まだ未発達。


スマホも存在していない。ガラケーの時代。


では、と試しにスマートフォンを俺が開発すれば、スティーブ・ジョブズは偉大な男として歴史に名を刻まないのだろうか?興味深い。


例えば未来に流行る楽曲を、俺が作って流したらどうなるか。


そう言った実験も興味がある。──と思って試そうとした。


なるほど、そう言うことは出来ないようになっているらしい。

俺が、今から数年先の未来の日本で流行っていた楽曲を思い出そうとすると、頭の中にノイズが走る。

どうしても思い出せない。

どうやら前世の知識があっても俺の脳みそはまだ小学生の状態であり、高度な事をしようとすると頭がどうしても出力不足になるような感覚に陥る。

そう簡単にはいかないらしい。

それに、何か他にも邪魔が入っているような気がする。

そう、時代とか。

全ての物事には時期とタイミングがあるのだ。

ビジネスもそう。

いきなり突発的な進化は発生し得ない。


過去の集積の上に未来は作られるのである。


だからこの時代に俺の知識の中にある未来の技術や文化を無理矢理持ってくることは、それが現在には存在するはずのない情報であり、発生し得ない情報であるために、摂理的に不可能だという事だろうか。

それをこの時代に顕現させることが出来ない、と言った感じか。


だから俺が未来の知識を利用してとんでもない天才アイデアマンになろうとしても、その知識は歴史上では現段階で生まれ得ないものであるために、それが生まれる筈の然るべきタイミング以降で。然るべき手順を踏んだ上でしか発生させられないのだろう。


てか俺の分析力やばいな。


が、まぁそれにも色々条件がありそうだ。未来で流行る言葉は今でも思い浮かべれば出てくるし「ゲッツ」とか。例えば未来で流行るデリバリーサービスとか、今の俺でも作れそうだなって感じる。

が、そうだそうだ。今ってSNSが発達していない。

あれの流行の契機は新型ウイルスで自宅謹慎期間だったから利用されやすかったってのもあったんだな。だから今作ってもきっと広まらず、浸透せずに消えていくのだろう。その時代に適したものしか、やっぱり流行らせられないんだろうな。


そう考えると、時代に合わずに消えていった才能はこの世にいくつあるのだろう、なんて柄にもないことを考えた。

──流行らせられなかった本人の自己責任だ。

ここには運もあるが、確かな時代を読む実力というものが確実に存在すると俺は言い切れる。俺がそうだったから。


が、よく出来たタイムスリップだ。

未来から来た人間が手軽に無双できないように、しっかり調整されている。

いや、そもそも世界って元々こんな感じだったのかも知れない。

まぁいい、そのほうが面白い。

俺は柔軟な人間だ。仮に俺をタイムスリップさせた神様みたいな存在がいるのだとしたら、こういうルールを敷いておく事に共感すらした。


そう言えばさっき、死ぬ前の大人の時の俺みたいな発言をしようとした時に、妙に制限がかかったような感覚があった。──俺は子供の時、いじめられっ子で、弱気で、強い発言が出来るような人間性では無かった。だからかも知れない。


少なからず、今すぐにこの、子供の時の追川将と言う子供が劇的に性質変化するような事は出来なくなっているのだろう。


臆病で、友達がおらず、人と喋るのが苦手な性。

それは、この中身である大人の俺が勝者のマインドを持っていたとしても、今の追川将がそれを明から様に表に出せるような人間ではないと言う縛りがある上で人生を進めていく必要があると言うことだ。


例えば女子に告白するとか。子供の頃はそれが死ぬほど緊張する行事だったかも知れないが、大人になるにつれてそんな緊張はなくなる。だから小慣れた口説き文句でも軽々しく口に出来るのだが、今の俺がそう言うことをしようとしても、きっと口から出ないんだろう。


まず、この時の追川将を少しずつでもアップデートしていくしかあるまい。


他にも気づいた事がある。精神の面だ。


どうやら中身は完全に大人の俺のままではないらしく、子供の頃の精神面がかなり色濃く反映されている。

小さい頃、確かに年上の女性にさほど興味が湧かなかった。そのようにして、街中で見かける同年代の女の子の方が、異性として好ましく感じる。


それに、車は怖い。信号無視なんて出来そうにないし、さっきのいじめっ子のガキどもと出くわさないか、無意識にキョロキョロしてしまう。


ざっくりと状況を整理してみた。

子供の頃の弱キャラで人生がスタートし、中身は人生の勝者である追川将のマインドやノウハウが残っている、それが今の状態。

弱キャラには変わりが無いってこと。


──俺は大事な事を思い出す。


「……母さん、いるのかな」


そう、もう亡くしてしまったはずの母がいるかも知れない。

ちょうどこの頃に父親が会社からリストラされ、借金がある事が判明すると彼は姿をくらました。最低な父親だ。

元々貧乏な家庭だったが、ここから俺の家の貧しさは拍車をかける。


俺は走って実家に向かった。駅からそこそこ近い、マンションの一つ。


鍵がないから、裏口の壁をよじ登って実家のある階層まで向かう。


家の前について、深呼吸をした。


そして、ドアを開く。


「……た、ただいま」


「おかえりなさい。遊び行ったんじゃ無かったの? 早いね」


台所から顔を覗かせて、玄関に立ち尽くす俺を見つめるのは間違いなく母さんだった。関西訛りの、エプロンをつけたまま、まだ若い頃の。


涙腺が熱くなる。目に涙が溜まっていくのが分かるほどに。

懐かしさが押し寄せた。


「母さんっ!」


俺は母さんに抱きついた。当然、急になので驚かれる。


「どうしたのー。なんかやなことあったん?」


「ううん……。なんもない」


そうだ、俺、いじめられてたことずっと隠していたんだった。

女手一つで俺を育てる覚悟を決めた母さんに報いたくて、心配をかける事をなるべくしないようにと、そんな事をしていた。


母さんは俺を育てながら必死に働いて、きっと幸せな人生を歩んでいなかった。

子供の頃の俺は、そんなことを深く考えずに母さんに頼り切って育っていった。

そんな状態のまま、母さんは死んでいったんだ。だから今度こそは。


うん。決めた。


「母さん。……俺、金持ちになるよ」


「あらそう。楽しみにしとくねぇ」


本当に、将来それは実現する。ただ、母には見せられなかった。

それだけが心残りだったんだ。


今度の人生、これが誰によって与えられたのかは分からない。


だが、全部上手くいかせる。絶対に。


今度は、もっと早く金持ちになるんだ俺は。


──この頃の事を、俺はほとんど覚えていない。


同級生、出来事、それら全ては上京する時に一切を捨てたから。


だが、それを今度こそは、捨てずに拾うんだ。


ベンチャーを起業した時の気分を思い出した。


大学は死ぬほど勉強して受かって、特待で入学して、四年間死ぬほど勉強して、その時に知り合った奴と作った。そいつはいつの間にかいなくなっていたがな。


人生をやり直すチャンス、それが今だ。


俺は成功者だ。誰がなんと言おうと勝ち組だった。


だがもう良い、前の俺は死んだんだ。

だから今度こそ、捨てたものも全部拾って、勝者になる。


社員どもには、感情に流されて仕事をするなと言い聞かせてきたが。

すまんが、俺がそれを破りそうだ。俺は感情を理由に拳を握った。


俺は、再び成功者になる決意を固めた。

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