Reベンチャー 〜若くして成功した社長の俺が部下だった元社員に恨まれて刺された結果幼少期にタイムスリップしていた〜

織田丸

第1話 Re人生①

追川将という名前を知らない奴はよっぽどの無知な野郎だ。

ネットを開けば俺がテレビで喋ってるシーンの切り抜きが流れるし、その時の俺の真似をするやつが世間には沢山いるらしい。


俺の話に興味を持つ人間は……ハッキリ言おう。──貧乏だ。


儲け話を喋ってやると、まず方法を知りたがる。

その方法はもう過去のものだと言うのに。

だから賞味期限はわざと隠してやるのだ。

俺は成功している。だからその賞味期限切れの儲け話と言うのは、一応ホンモノである事に変わりはないが、もう錆び付いている事には気付かない。

哀れな連中だ。

そんでそれを基に、俺という人間の信用は上がる。


世の中の美味しい話なんてモノはもう誰かによってしゃぶり尽くされて用無しになったフライドチキンの骨だ。それに群がるハイエナは、自分がハイエナになった気になって、実はハイエナされている。それを隠すように社会は出来ている。


美味い話なんてモノは、初めから無い。

無いから、作り出すしかない。

あたかもそれらしい、血と汗と涙によって作られた結晶を。

初めからそれが地面か何かに転がっていたように。


「俺の言う通りにすればお前らは金持ちになれるっ‼︎ 俺の会社で言われた通りに動けばランボールギーニだろうがフェラーリだろうが、トミカと変わらないっ‼︎」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼︎‼︎」」


俺の鬨の声に数百人の社員が雄叫びをあげる。

都内の一等地に構えたオフィスが振動で揺れる。

プロジェクターにはでかでかと我が社のロゴが映し出されている。

『アヴァロン』、話題のメガベンチャー企業。俺の会社だ。


「彼を見ろ、三年前に入社した村上君だ。──前職はなんだっけ?」


壇上に一人の社員を呼び寄せてマイクを手渡す。


「……えっと。コンビニのレジ打ちを」


「そうだ。せいぜい数百円の金をちまちまと数えて、クソガキみたいな客にもペコペコと頭を下げなきゃならなかった。──三年前までは」


「はい、本当に」


「でも今はどうだ。彼はワンクリックで数十億の金を扱う。そしてユニクロの薄汚れたTシャツから、今やグッチがパジャマだ」


「社長ぉ……」


「すまないすまない。彼が謙虚なことを忘れていた。来週の週末の予定は?

美人な嫁さんとの結婚式だっけ?」


「はい実は、結婚します……」


地鳴りするような拍手と、茶化すような口笛が湧き上がる。

「地方アナかー⁉︎」「クッソ羨ましいなぁ!」と野次が飛ぶ。


「会場はどこだっけ。──ハワイか?」


「いえ、そんな……」


「じゃあハワイで決定だ‼︎ 全員礼服と祝儀を用意しろっ‼︎」


「え、社長」


「式の費用は俺が持つっ‼︎ 全員今すぐハワイ行きの航空券を用意しろっ‼︎」


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」」」」


まぁこんなもので社員はいきり立つ。

会社の業績は社員一人一人のレベルにかかっている。だからこんなのも必要だ。

売りモノは商材だけじゃない。社員のパフォーマンスも含まれているのだ。


帰りは適当にマセラティを乗り回して、レストランで面倒くさい取引相手と真剣に会話をする。

で、酔い潰れた後は、そいつらもオスだ。

適当に見繕った上等な女をあてがってやると俺を気に入る。

波に乗ると裏での取引は非常にスムーズだ。

俺はドライバーにマセラティを運転させて、「ぶつけたら殺す」と連呼しながら、いくつあるか忘れた自宅に記憶飛び飛びのまま帰宅し、既にベットに入ってる美女と夜を過ごす。


名前は忘れた。

確かどっかの局アナだった気がするが、な事に変わりはない。


そんな生活が俺の日常だ。もちろん反感を買う。


世間の貧乏人は俺の事を、金に取り憑かれた可哀想な奴だと罵る。

そうさ。嫉妬なのは分かってる。羨ましいんだろ?どうせな。


お前らが一生かかって稼ぐ金を、俺は三日あれば使い切る。


世界中にある使ってない別荘も、クルーザーも、自家用ジェットもおもちゃだ。

想像できないから攻撃するんだろう。だから俺のカモなんだよ。

奴らに少しでも俺の手の内を明かしてやると、喜んで食いつく。

結局俺を批判しているんじゃぁない。

自分の無力さを、俺と比較して攻撃しているだけなんだよ。


俺の人生は続く。一生派手なまま、好き勝手に、最高の人生を。


────と考えていた。そんな生活が終わるとも知らずに。


終わりは案外呆気なかった。


「追川ぁッ‼︎ お前の……お前のせいで、お、お前のせいでっ」


「誰だっけぇ、君?」


予約が二年待ちかなんかだったフレンチレストランに、急に行きたくなったから帰りがけに寄って食事した後だった。ワインを飲みすぎて視界はぼやけている。


だからよく見えなかった。相手はピカピカ光ってる鋭い何かを手に持っていた。


「一ノ瀬だ……元社員の、」


「あぁ……えっとぉ、いち、いち……あぁイッチー!」


「く、クッソッふざけやがってっ‼︎ テメェのせいで人生滅茶苦茶だこっちはっ‼︎」


「あぁ……なにぃ? 人のせいか。全部。俺はなぁ、どん底から這い上がった、人間なんだよぉなぁ。そういう気概がぁ、お前にはなかったかもなぁ」


うちは、はっきり言うとブラック企業だ。

社員のスケジュールは秒単位で管理させるし、辞める奴も多い。

一年ぐらいでメンバーの顔ぶれは変わる。

だから辞めた社員、たかが一人なんて記憶の片隅にもない。

社員は俺の商材の一つ。そこに人間性なんて求めてない。兵隊だ、兵隊。


「ああもう良いよ。死んじゃえよお前……」


一ノ瀬って奴は俺の方へ向かって地面を蹴った。

俺は危機感すら感じていなかった。


へその上辺りがカッと熱くなる。胃液が上がってきて焼けるときの喉みたいに。

口の中がしょっぱい鉄の味で満たされる。


赤い点滅。悲鳴。すごい早口の救急隊員。酩酊の中、それだけが残る。


あ、待って。──俺死ぬじゃん。


走馬灯ってやつ、まだ見てないし。

あと死ぬ時って快感があるらしいけど、そんなのないし。

ただ、少しづつ視界が狭まっていく。瞼が鉛のように重くて、開けようとしてもグッと押さえつけられて開かなくなるような感覚。


早かったな、俺の天下が終わるの────────。


彼、一ノ瀬くんだったかな。

げっそりした顔で思い出せなかったが、会社立ち上げの次年度の新卒採用で入った明るくて元気な奴だった。


うちはブラック企業だ。


立ち上げ当初は残業もえげつなくて、だが全員が意欲と野心を持って会社を大きくするために必死で働いた。


彼は、それに耐えきれずに辞めたんだっけな……。


一言、すまないと伝えていたらこんなことにはならなかったのかな。


あー、やべ。調子に乗りすぎた。


あー……死にたくねぇ。


ここで、終わりかな。




────────────目が覚めた。


瞬間、固く握られた拳が俺の左目を直撃する。避ける暇は無かった。

視界にチカチカと星が点滅して、俺は地面に倒れ込んだ。


「お前ウザイんだよ、この貧乏人がっ!」

「へっ、ざまぁーみろ」


子供の声だった。なんだとこのクソガキっ‼︎ 俺は日本一の金持ちだぞっ!


と、言おうとしたが、出なかった。


なんとなく、それは俺が発する言葉では無い気がしたし、これを言ってはいけない、みたいな気持ち悪い感覚だ。自分の言葉が制限されてるような。


ガキども数人は走って去っていった。


そう言えばさっき刺されて殺された気がするけど、ありゃ夢か。

ここは公園だったみたいで、そう思いながら水道までとぼとぼ歩く。

砂がついた手を洗い、目を軽く洗う。


──妙に視界が低い。空が底抜けに明るいし、高い。


身体が少し動かしにくい。──ん? ここ、地元だ。


もう何年も帰ってない、地元。東京に出てからはすっかり忘れていた。

駅前の公園。駅前だけ建ってるマンション。やけに多い並木。


あれ、あのベーカリーもう十年前に潰れなかったっけ。復活したんだ。

母さんが、少ないパート代で買ってくれる出来立てのメロンパンがこの世でいちばん美味しくて、未だにミシュランの星を取っている高級フレンチとかでも超えられていない。──母さんは7年前に亡くなった。


がん、だった。お金がないから病院もそんなに行けなかったし、発見が遅れたせいで、見つかった時にはもう末期だった。──あの時、お金があれば俺は母さんを救えたかも知れないと、何度も後悔した。


俺の原動力は怒りだった。お金がある奴は生まれた時から幸せで、そうじゃないやつは不幸になるしかない、そんな世の中への。そして貧乏を変えられない自分の無力さへの、だったかも知れない。──久しく忘れていたな。そんな感覚。


とりあえず懐かしきメロンパンでも買うか。


俺は店の前に立った。ドアが大きいな。巨人がやってるのか?

店内に入ると、どこもかしこも棚が高い。届かん。なんだここは。


「あの、すいません」


なんだこの声、高いぞ。ガキっぽい。──俺の声、だよな?


「メロンパンください」


「はいよ」


店主のばぁちゃんがでかいぞ。

ん?……待て、彼女が亡くなったから店が潰れたんだ。


なんで生きている?


俺は動揺しながらレジに向かった。


「130円ね。ボク、お金は持ってるの?」

「いや、当たり前で……あれ」


ない。ポケットに、財布も携帯も。いや待て、なんだこの短パン。

さっきまでスーツだった気がするけど。


「あの、すいませんやっぱり無しで」

「なんだい。お金がなきゃね、モノは変えないんだよ。出ていきな」


なんだとクソババァ⁉︎ 俺を誰だと思っている⁉︎ ──と言おうとした。

さっきと一緒で、そのセリフが適切ではないと言う感覚と、言いたい衝動が混ざり合って気持ち悪い。へその辺りがゾワゾワする。


俺はとりあえず店を出た。しっかし、あのババァあんな嫌な奴だったのかよ。

子供の頃は気づかなかった……子供?


子供の頃? いや待て待て、そんなはずはない。


サークルKはファミマに買収された、もうないはず……。


──ある。サークルKが、


周りの人間も、一昔前の服装をしている。


俺は思わずコンビニのトイレに駆け込んで鏡を見る。


「おいおい……嘘、だろ?」


昔の俺だ。子供の頃の俺。


床屋に頻繁に行けないから髪が伸びきって長くて、ヨレヨレの安いTシャツで。


もう子供の頃の記憶なんてほとんど残っていなかった。嫌な記憶しかないから。


貧乏で、いじめられっ子で、気弱で。──待て、さっきのガキども。


俺のこといじめてた奴らじゃん。は? おい。これって……。


「馬鹿な……タイムスリップしている、のか……」


俺の天下は終わり、そして再度始まった。

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