第3話 Reトラウマ
まず俺がするべき事は明白だった。
一つ目は追川少年の成長。今の俺は気弱で、いじめられっ子でコミュニケーション能力が低い弱キャラ。ポケモンなら最初の草むらで出てくるビーバーだ。
子供の頃ゲーム機を買ってもらえなかった反動で、大人になってからやり込んだがちょうど今ぐらいの時期にポケモンが同世代では流行っていたな。
成長というのは、まずこの身体を、勝者である追川将に近づける事だ。
言わば今の状況は、追川少年の中に勝者追川将が住んでいて、身体の操作の主導権を持っているものだと思って欲しい。
ポケモンで例えるなら、若くして成功者となった死ぬ前の俺の能力は、今の追川少年ではジムバッジがなくて言う事を聞かない状態。
俺が再び勝者となるには、今の身体をレベルアップさせ続けなければならない。
今、俺は小学2年生。脳みそもその年代だ。
だから方程式とか、英語とか、大人の俺が所持していた知識量が、心中には確かにあるはずだがそれを外に出す事ができない。
脳みそのスペックが足りていないからだろう。
今の段階で高校数学レベルを解こうとすると、頭の出力が足りずに計算ができないというよく出来たハンデが課せられている。
まず勝者追川将に近づけるために、脳のトレーニングを始めた。
もちろん、うちは塾に行くことなんて出来る家計はない。
まずは図書館で本を読み漁り、計算ドリルをやりまくる。
少しずつ脳の出力が上がってきた気がする。
結局、量産型ではガンダムに勝てない。そのイメージだ。
俺は今ガンダムになるための訓練をする期間にある。
それとお金だ。
夜中にリビングを見ると、母は頭を抱えながら家計簿と睨めっこの毎日。
それをどうにかしたい。
………あとは。
「お前学校来てんじゃねえよっ!」
「この浮浪者が!」
「ふろうしゃってなに?」
「浮浪者ってのはお金がないどーしようもない奴のことだよ」
「じゃあこいつじゃん!」
「浮浪者浮浪者ー!」
いじめだ。
これがある限り、追川少年のメンタルは削られていく。
いじめを受けるたびに俺はちゃんと泣くし、死にたい気分になる。
学校に着くとまず上履きがない。机の上に落書き、直接的な暴力。
この繰り返しだ……。正直かなりキツい。
主犯は高橋。大柄な野球少年で、ほぼジャイアン。
とその取り巻きたち。
将来彼がどうなったか、興味もないし知らない。
まぁ──ろくな人間にならないだろう。
そう思うのは心を保つために考えがちだがそうはならない。
残酷なことに案外、いじめの主犯格は人生が上手くいく。
幼少期に高められた自己肯定感、強者のマインド。
それは社会に出ていく上で、悲しいかな最強のカードの一つだ。
例えば営業で自信に満ち溢れたやつ、いじめられてナヨナヨしてるやつ。
いじめの存在を知らなければ、多くの人間は前者から物を買う。
ここで幼少期の俺からは違うルートを選択しなければならない。
勝者追川将は、長らく敗者だった前世を超えていく存在なのだ!
過去の俺はいじめをボロボロになりながら耐え続けた。
いつか終わると信じて。
だが残念ながらそれは中学卒業まで続く。
ここで俺のメンタルを弱められてしまっていたのだ。
のちに怒りという原動力に変わったが、今の俺にはそんな活力剤は必要ない。
母のために、そして重要なのは、今度は殺されないために……。
今回の人生では高橋と、その取り巻きを味方につけるのが最善の解決策だ。
いじめは大きく分けて2パターン。
確証を伴った、格下への攻撃。
人並外れた才能への嫉妬による群れの攻撃。
前者は、俺の場合なら貧乏という事実と貧相な身なり。
他にも、ひ弱な精神の人間が反撃に転じないという安心感を持って。
後者は特殊なパターンだ。
まず俺がいじめられなくなるにはどうするか。
ここでビジネス的には課題「被いじめ」に対する解決策を用意するのだ。
簡単に言えば貧乏じゃなくなればいい。
ナヨナヨした性格を治し、髪を切り、清潔に保ち、家に金があればいい。
彼らの根本には、貧乏というどうしようもない俺の現実を、俺は否定できないだろう、だからいじめやすい、という理由がある。
それと、同じクラスに貧乏な奴がいると自分が同種に扱われるのではないか、それは回避しようクラスのために!という歪んだ正義感。
貧乏は飛んだ父親の責任で母は悪くない。だがどうしようもないのが現状なのだから、それは後回しだ。──二つ目に解決の糸口がある。
追川少年を、同級生たちにとってメリットのある人間にすることだ。
俺がいじめられているのを他のクラスメイトが助けてくれないのも、貧乏ないじめられっ子の追川を助けるのは倫理的には正しいが、正義を執行するメリットがないと思わせている。
もし俺を庇えば自分がいじめられるのではないだろうか。
ならこいつを助けるメリットなんてあるのだろうか。そう思わせている。
なら、俺にどう需要を生み出すのか……。
その戦いが始まった。
朝、登校するといつものように靴箱に上履きがない。
──これの対策は毎日家に上履きを持ち帰ること。
教室に入ると高橋一味は不満げな様子でこっちを睨む。
続いて、机の落書き。これはもう、消さないことにした。
放置だ放置。そのうち書くスペースがなくなる!簡単な話だ。
昼休み。授業中に手紙が俺の席に回ってくる。
『果たし状 昼休みに校舎のウラに来い』
随分と古典的なやり口でつい笑いそうになる。
前世の俺はこれを見ただけで震えて腹でも下していただろう。
──が今回は違う。
最近は図書館で自己啓発本を読み漁り、追川少年本体の言語能力の強化、マインドの強化という特訓の日々を送っている。
少年ジャンプをコンビニで立ち読みして奮い立たせる。
エロ本を裏山で拾って読みまくり、クラスメイトの女子への緊張を緩和する訓練を重ねている。残念ながらこっちはまだまだだ。
前世の俺は大学生になっても女性と交際した事がなかったし、金持ちになって成功して、ホイホイといい女が寄って来るまで、なんならまともに女性と喋れた記憶があんまりない。これはまだまだ強化が必要だ。
追加で、前世ではあまりしなかったが家の中では母とよく会話し、コミュニケーション能力である話すスピード、話の組み立て方を強化。
以前よりかは少しは言葉がスラスラと出て来るようになり、ある程度ならば前世の勝者追川将のような汚い言葉も、営業トーク能力を追川少年が使えるように成長してきている。
こうやって少しずつでも前世の勝者追川将に近付けるのだ。
だから果たし状が来た事で以前のように恐怖に支配されることも、手足が震えるなんて事は起こらないようにはなってきた。
──ここまで詰め詰めで2ヶ月。
そして特訓のペースを上げて二週間、ようやくこういった子供の嫌がらせに対して少しは笑えるようになってきた。いい成長だ。いいぞ追川少年!
──そして放課後。
約束通り校舎のウラに向かう。
待っていたのは腕を組んだ高橋と、その取り巻き四人。
「来たか追川。お前最近ノリ悪いじゃん」
ノリ、か。一方的な嫌がらせを俺が甘んじて受け続けることを、彼らはノリだと思って正当化しているのだろう。
小学2年生の段階で既にここまで人に危害を加えられるのもある意味才能か……。
高橋が顎で取り巻きに指示を出すと、彼らは俺を取り囲むと二人がかりで俺の体を押さえた。
「なぁ追川、お前ウザいんだよ。死んじまえってみんな思ってるから」
「だよな〜。まじウザイ」「消えろよクラスから」
取り巻きが高橋に同調する。
「んで、今からやるのは罰ゲーム。お前がノリ悪いからその罰ゲームなっ!」
高橋は拳を握りしめて俺に近付いて来る。
「待って高橋くん!」
俺は言った。
「一つ、約束して欲しい」
「んだよ」
高橋は、俺が何か言ってくるとは思ってなかったみたいで怪訝な顔をした。
「もし僕が……君たちに勝ったら、僕を友達にしてくれない?」
言うと、面食らったような表情に一瞬なった。
「いいぜ!もしお前が勝ったら、な!んじゃ罰ゲーム、開始っ!」
高橋の拳が俺の腹に向かって飛んでくる
──以前の俺なら成すすべなくやられていただろう。
「アガぁッ!」
しかし高橋の拳は──取り巻きの一人の顔面に直撃した。
「ケンちゃんなんで俺殴るんだヨ!」
「え、あ悪い。……え、いや」
俺が訓練によって手に入れたもう一つの勝者追川の技術──合気道。
実は生前、健康のために合気道を習っていたのだがそれを元に、追川少年の身体にその技を叩き込んでやった。師範は俺自身だ。
まぁ刺されて殺された時、酔ってなかったら使えたんだけどなぁ………。
俺は取り巻きの、俺をつかんでいる腕を捻りあげてそいつの顔面を高橋の拳にぶつけてやった。そして全員から距離をとって構える。
うん、意外と身体が動くようにはなってる。
追川少年は内気で、外でほとんど遊ばない貧弱な奴だった。
まぁそんな奴、元気一杯の同世代からしたら気持ち悪いよな。
そしてもう一つの技。それをお見せしよう。
「んの野郎!やっちまえ!」
高橋の号令で全員一気の俺に向かって突進してくる。
俺はパンチを躱し、そんままその肘を掴んで大外刈りを決める。
──決まった。
背中から地面に落ちたそいつは受け身を取れるわけもなく悶絶する。
まず一人目。
それを見てビビった他三人はなかなか俺に近付いてこない。
二つ目の技、──柔道。
別に極めた訳でもないが、ある程度練習したら、想定してない相手ぐらいには使えるように仕上げた。抜かりない、とまでは行かないがね。
「追川お前……そんなん出来るのに、今までやり返してこなかったのかよ」
「うん……人を怪我させちゃうからね。本当はこんなことしたくないのに……」
「うっ……」
三つ目の技──演技。
嘘だよバーカ。今は超気持ちいね!生前歯が立たなかったいじめっ子たちに一矢報いてる訳だから、それはもう爽快感で満ち溢れている!
でも、その気持ちを抑えながら演技する。──相手に罪悪感を与える。
彼らがなぜいじめなんて行為に夢中になれるか。
いくつか心理的な理由がある。
集団心理、ビートたけしが「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」という言葉を広めたが、その通りで。人間は集団でいると個を忘れる生き物だ。
彼らは高橋と言う一人のカリスマのもとに集まり、自分の価値を確認したいのだ。俺をいじめることによって、共通の敵を擁立することによって、かりそめの一体感と高揚感を得ている。だから罪悪感を忘れてしまう。
その罪悪感を呼び覚ます。
──弱者が、実は力を隠して耐えていた。
そう言ったシナリオを彼らの中に想起させる。たったそれだけ。
正直、集団でまた抑え込まれたら俺は負ける。これは、彼らが追川少年を下に見ていることで初めて通用する奇襲に近い。
んで、小学2年生のメンタルなんて、そこまで強くない。──だから。
「……追川、お前すげぇじゃん」
さっき俺が大外刈りを決めてやったやつが腰をさすりながら言った。
名前は確か、
爽やかなさらさら黒髪で、顔も良い。
別にいじめが好きっていうタイプの奴ではなさそうな奴で、いつも直接的な手は出してこなかったはず。このグループで高橋の次に地位が高い。
「俺、空手やってっから、普段は人を殴るなって言われてんだよなぁ……。──悪い、高橋、俺抜けるわ。俺もう、こいついじめんの飽きた」
正直こんなに上手く行くとは思わなかったが、別役は小さくため息をついて手をひらひらさせながらその場を後にして行く。
それを見た他の取り巻きはバツが悪そうに顔を見合わせていた。
「おい、お前らやれよ!」
「……」
「どうしたんだよ……さっきまでやる気だったじゃんかよ」
「ケンちゃん……やっぱ俺もいいわ。ママにバレたら嫌だし」
「じゃあ俺も」
「お、俺も……」
こうなると雪崩式だった。
取り巻き三人は高橋の様子を伺いながら去っていく。
残ったのは呆然と立ち尽くす高橋一人だった。
このまま俺が一対一で高橋とタイマンを張ったら多分負けるだろう。
でも、高橋にもうその気があるのか。
「高橋くん」
俺が声をかけると、キッと睨んでくる。坊主で、小学2年生にしては恵まれた大きな身体。同級生からも常に上に見られてきた人間が、初めて経験する裏切り。
メンタルがそう持つ訳ではないだろう。
「なんだよ。……馬鹿にしてんのかよ」
「いや。さっきの約束、覚えてる?」
「は?」
「僕を、友達にしてくれるって約束」
「……まぁ、でももう意味ねぇだろ。あいつら、もう友達なんかじゃねぇし」
そうか。高橋はそういう見方しか出来ないのか。
生まれ持っての強者、その力は、他人を下に置くことで友人と認識するような捻くれた価値観を生み出してしまっていた。……俺みたいな弱者をダシにして、彼はあの取り巻きたちとの関係を友達と規定していた。
──ならば都合がいい。
「じゃあ友達じゃなくて、仲間は?」
「ああ? 意味わかんねぇこと言うな、気持ち悪りぃな」
「──僕と契約しない?」
俺は第二の作戦を持ちかけた。──俺と言う人間の需要を生み出すための。
「契約?」
「そう、契約。高橋くん、──君を本物の王様にしてあげようか?」
流暢に言葉が出てくる。相手が本能的に最も求めているものを提案し、その利益を自分に向ける。俺のやり方だ、生前に詐欺師とまで言わせしめた。
「僕はね、君たちにいじめを受けることでクラスから孤立し、相当な被害を受けた。これを僕がなぜ大人にチクったりしなかったと思う?──それはね、君に才能を感じたからなんだよ。こんな所で潰してしまうには惜しいな、って思うほどの才能を」
「──……」
子供がするような喋り方じゃない、不自然な演技じみた喋り。
高橋からは相当奇妙に見えただろう。今までいじめていた相手が、急に、と。
「僕にアイデアがある。それに合意してくれるなら明日また同じ時間にここで」
俺は校舎の隅に置いておいた書類を持ってきて、高橋に手渡した。
「いいお返事を待っているよ」
そう言い残して踵を返した。
──────うっわ、心臓バックバク。
この程度の事でこんなに緊張するのか……。子供ってなんも出来ないな。
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