2.ハルミネとファミレスに行く「あたし」

「ポテトうま」

「ハルミネはこういう時ばっかり器用なんだからなぁ」

 根負けして、結局部活帰りにファミレスで勉強会をすることになった。

 ハルミネは片手にペンを持ちながら、空いた手に爪楊枝を持ってフライドポテトをつまんでいた。なるほどこれなら手が汚れずに済むな、と感心する。勉強以外だと頭が回るから、苦手意識さえ克服出来ればテストでも良い点が取れるはずなんだけど。

 倣ってポテトに爪楊枝を刺しながら、ハルミネが広げているプリントを見る。

「で、今日は古典なんだ」

「私はね、テス勉はマシなやつから手を出すタイプなんだ。お弁当を好物から食べていくのと一緒」

「あんまり偏食だと部活ノートで怒られちゃうよ」

 あたしたちが所属している陸上部には、顧問に毎朝提出する部活ノートがある。一日の食事や起床・就寝時間、部活外での自主練習の内容を書いて、それを見た顧問はやれ栄養が偏ってるだの夜更かし遅起きに気を付けろだのと文句を書いて返す。強豪どころか毎年良くて県大会出場レベルだというのに、顧問はこんな面倒なことを続けさせていた。

 将来現れるかもしれない優秀な選手のため、なんだと思うけど……。

「ああいうのは捏造するものだよ。これ、人生の教訓」

 ハルミネは得意げに言って、「流石に毎日嘘書いてるわけじゃないけどね」と後から付け足した。

「ずる賢いなぁ」

 彼女の賢い生き方を、少し羨ましく思う。綱渡りが上手くて、生きるのが上手い。空気を読んで、自分の心が痛まない程度に嘘をつくことが出来るし、言いたいことを素直に言うことも出来る。何より甘え上手なんだと思う。

 あたしはと言うと、目に見えない空気を読むのは難しくて、上手く読めなかった時の嫌な雰囲気を感じては息苦しくなっていた。

 今だって。理数が苦手なんだから古典よりも数学の勉強を優先させるべきなんじゃないか、と言うだけのことが出来ずにいる。

 心の中で小さく息を吐いて、表情ではしっかりと笑顔を見せる。

「それで、どこで躓いてるの?」

「漢文」

 プリントの練習問題を二人で覗いて、まずは解けなかった部分を確認していく。疑問に答えていこうとすると、あることに気が付いてしまう。

 あたしより、解けている。教えられることなんてほとんどないくらいだった。これだけ解けているというなら、わざわざあたしに教わりに来なくたって良いのに。

 嚙み合わない小さな出来事が埃のように積もって、あたしの吸う空気を重くする。でも、だからといって人付き合いや友達作りを投げ捨てたいとも思えなかった。

 他人と関わること自体は嫌いではないし、むしろ好きだった。人と繋がりは暖かいものだと感じるし、ハルミネのような友達の話を聞くのは楽しい。ただ、友達との接し方が上手く分からない時が頻繁にあって、それだけ。

 苦しいは苦しいけど、あたしを頼ってくれたハルミネの期待には応えたいと思った。

 鞄から教科書とノートを引っ張り出して、頭の中で考えをこねながらハルミネのプリントと睨めっこをする。教えるというより、彼女と一緒に復習をしているのだと思うと幾分か気が楽になった。

 意識を変えるとあっという間に時間が過ぎていって、気が付けば夜九時になるところだった。

 そろそろ帰らなければいけないとは思うけど、それを言い出すための間合いが上手く測れなくて、口元をもにょもにょと動かしたまま止まっている。

 自己主張って、難しいなぁ。

 あたしが立ち往生している間もハルミネはプリントを見て唸っていたけど、そのうちぱっと顔を上げて、「やば、帰らなきゃ」と言って片付けを始めた。あたしは助け舟を出してもらったような気分で、安堵して息を一つ吐いた。

「本当に今日はありがとうね。またよろしくー」

 帰ると決めると後は素早くて、店外に出るとハルミネは手を振りながら走り去っていった。バスが来るまで時間がないから急いでいたのだろうけど、それにしても忙しない。

 筋肉痛気味の脚を伸ばしながら、外の新鮮な空気を取り込む。

 あたしも急いで帰ろう。”あの子”がまだ起きているうちに。


 

 

 


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あたしがふたり 詩希 彩 @arms_daydream

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