第44話 受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢

 隣町の港にある倉庫へ向かった。

 どうやら長いこと使われておらず、放置されている場所らしい。

 そんなところに潜伏していたとは。


 運転手が車を止めた。


 俺と椙崎さんは車から降りて倉庫へ。


「どうしましょうか」

「前川くん、さっそくだが銃は使えるかな?」

「む、無理ですよ。ど素人ですよ!?」

「だよね。じゃあ、警棒なら使えるな」


 椙崎さんは、ポケットから警棒を取り出して伸ばしてみせた。

 これなら俺でも扱えるし、武器として頼もしい。


「ありがとうございます。警棒って頑丈なんですね」

「当然だよ。打撃武器だからね。しかもそれは特殊警棒だ。超頑丈だよ」


 確かにこれで攻撃されたら出血はしそうだ。

 相手が銃器なら微妙だけど、ないよりはマシか。


 俺は警棒を握り、椙崎さんの後をついていく。


 倉庫にゆっくりと近づいて……中へ。


「この中に馬淵たちが?」

「ああ、いるはずだ」


 扉は開いていて中へ入れそうだ。

 ゆっくりと進入する。


「それにしても……なんだか静かですね。気配もないような」

「確かに。……って、まてよ」


「どうしたんです?」


「だめだ。前川くん、今すぐ逃げ――」



 直後、俺は椙崎さんに突き飛ばされ……更に物凄い風圧で吹き飛ばされた。




『ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』



 鼓膜が破れそうなほど轟音がした。

 熱風が肌を焦がすようだった。


 な、な、なんだ……!?


 大爆発が起きたのか……!



 十秒は爆発が続き、俺はかなり吹き飛ばされた。

 ようやく収まって目を開けた時、倉庫は跡形もなく吹き飛んでいた。



「くっ……椙崎さん……!」


「……前川くん。すまない……」


「椙崎さん!? そんな……」



 椙崎さんは俺をかばって血塗れになっていた。

 なぜ、どうしてこんなことに……。

 分かっている。

 これは名護元弁護士が使ったダイナマイトだろう。


 なんて卑劣なんだ。



「…………私は助からない……だろう。前川くん、あとは頼んだよ」



 拳銃を渡され、俺は震える手で握った。



「でも、俺……銃の撃ち方なんて」

「大丈夫。安全装置を外して……照準を合わせ……引き金を引くだけ。それだけだ。相手をよく狙うんだぞ……」


 椙崎さんは力尽きた。

 そんな、こんなことって!


 譲り受けた拳銃を握りしめ、俺はただただ泣いた。


 すると背後から気配を感じた。



「フフフ、前川くん。椙崎刑事は死んだようだな」

「……この声は名護元弁護士!」


「そうだ。そして、こちらは御存知の通り、馬淵くんだ」



 隣には馬淵の姿もあった。

 コイツ等最初から椙崎さんを殺す気で……誘き寄せたんだ。



「よう、前川。お前が死ななかったのは残念だが、刑事をぶっ殺せた。これで少しはスッキリしたぜ!」


「馬淵、てめぇ……!」


「ハハハ! ざまぁみやがれ! あとはお前だけだ、前川ァ!!」



 椙崎さんの意思を継ぐためにも……仇を打つためにも。

 俺は名護と馬淵を抹殺する。


 それが俺の任務だ。


 だから……だからッ!


 拳銃を馬淵に向け、俺はためらわずに発砲。



「くらええええええええ!!」



 弾丸が馬淵の肩を撃ち抜いた。



「なにッ!? ぐあああああああああああああああああああああああ!!!」



 更に二発目を馬淵の膝に。



「これは椙崎さんの分だ!!」

「ぎゃああああああああああ!!! お、俺の膝がああああ、穴ががあああああああ、血があああああああああああ!! マ、ママあああああああ!」



 叫んでぶっ倒れる馬淵。

 白目をむいて気絶した。


 さらに俺は名護に銃口を向けた。



「ひ……ひィ!? ま、前川くん……まて、まってくれ!!」

「名護……お前はテロリストだ。ここで排除する」



「やめ……やめてくれええええええええええええ!!」



 俺は名護の額にぴったりと銃をつきつけ、引き金を引いた。



 カチッと乾いた銃声が響き、名護はそのまま倒れた。



 弾は出なかった。


 そう最後は空砲だった。


 弾は二発しか入っていなかったんだ。


 きっと椙崎さんは、このたった二発の弾丸で名護と馬淵を仕留めるつもりだったんだ。彼は別班でプロだから。


 名護は失禁して白目をむいて倒れた。


 ぴくぴくと小鹿のように震えて、完全に脱力していた。


 俺は直ぐに警察に通報。


 到着を待った。



 ◆



 名護と馬淵は逮捕された。

 今までのことがあり、今回はより護衛も厳重となり……もう逃走は不可能なレベルになっていた。


 二人はこれで出てこられないだろう。


 それに、名護も馬淵も人が変わったように真っ白になり、虚無になっていた。


 もう会うことはないだろう。



 俺は椙崎さんから譲り受けた銃を大切に保管し、別班になると誓いを立てた。



 終わった今、とにかく伊井野さんのそばにいてやりたい。



 雀荘へ戻り、俺は扉を開けた。



「……伊井野さん」

「前川くん、おかえり」

「ただいま。やっと終わったよ」

「無事に終わったんだね」

「でも、椙崎さんが……」

「そう……なんだ。辛いね」

「ああ……でも、彼の意思は俺が継いだ。今の日本は犯罪が多すぎる。少しでも止めたい……だから、俺は別班に所属する」


「うん。それが前川くんのやりたいことなんだね」

「そうだ。なにもなかった俺がやっと見出せた道筋なんだ」



 これはある意味では、伊井野さんやその家族、俺の家族を守る為でもある。

 でも、しばらくは伊井野さんと一緒にいる。


「じゃあ、わたしが支えるね」

「いいのかい、俺の仕事は特殊だよ。帰れない時もあるかも」

「いいの。だって、前川くんのことが好きだから」

「ありがとう。伊井野さんに出会えて良かった」


「……そうだ。そろそろ名前で呼んでよ」

「そうだな。じゃあ……苺」

「うん、じゃあ前川くんのことも名前で」

「――いや、よそう。俺はこれから“別班”になるんだ。特定されないように本名は避けたい。だから……そうだな。元カノの名前からとって……山田やまだ 里樹りきとしよう」


「それちょっとフクザツだけど……そうだね。山田さんのことを忘れないように」

「そうだ。彼女は最後に俺を守ってくれた。だから、せめて名前だけでも」


 せめてこれくらいは。

 だから今後、俺の名前は『里樹』だ。


「里樹くんって呼ぶね」

「ありがとう、伊井野……じゃなくて、苺」

「まだ慣れないね」

「悪い」


 自然と笑みがこぼれる。

 互いに微笑みあって、そして抱き合った。

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