第40話 好き好き大好き 甘々なキスを

 両親がほとんど家にいないので、俺は自然と料理が得意になっていた。

 一般的なメニューばかりだけど、今日は伊井野さんもいるし……本気を出すか。


 とはいえ、二人とも手伝ってくれるようだし――まてよ。


 伊井野さんが作ってくれるってことは、実質手料理を食べられる!?


 願っても無い話だ。



「伊井野さんは何が得意なんだい?」

「わたしはカレーとか」

「いいね。じゃあ、タマネギとかニンジンをお願いしようかな」

「了解!」



 野菜の方は伊井野さんに任せた。

 陽菜には……そうだな、ご飯でも炊いてもらおう。

 小学生でもそれくらいはできる。


「陽菜、ご飯を頼む」

「わかった~」


 素直に応えてくれる陽菜。

 お米を研いだり、炊飯器を使いこなしている。

 さすがに手際が良いな。


 俺はカレールーを準備。隠し味なども取り出していく。



「前川くん、野菜のカットできたよ」

「ありがとう。じゃあ、そろそろ煮込んでいきますか」


「隠し味がいっぱいあるんだね」


「ウチはたくさん使うんだ。秘密の隠し味もあるからお楽しみ」

「へえ、凄いな」



 あとは俺の独壇場。

 カレーをただ煮込むだけではなく、秘密兵器の隠し味を投入。はちみつ、チョコレート、他にはコーヒー、ウスターソースなどなど。


 アレとかコレとか、じゃんじゃん入れていく。



 そうして特製カレーが完成した。



「ほい、出来た」

「良い匂いがするね~。前川くん、いろいろ入れていたみたいだけど、なにを入れたの?」

「秘伝のソース入れた。でも、これはトップシークレットでね。明かせないんだ」

「なにそれ、気になる~!」



 母親から部外秘だと口酸っぱく言われているので明かせないのだ。


 リビングへ移動し、さっそくテーブルに並べていく。


 俺が真ん中で、左側に陽菜。右側に伊井野さんという、なぜか挟まれる形となった。


 なんだろう、とても嬉しい気分。



「「「いただきまーす!!!」」」



 タイミングよく手を合わせ、さっそく実食。


 特製ソースの香りが広がり、すでに食欲がそそられる。上手く出来たかもしれない。でも、少しでも分量を間違えると大変なレシピだ。失敗もありえる。


 若干の恐怖を覚えながらも、俺はスプーンを手にした。


 まずはカレーだけすくって口へ運ぶ。



「…………。……美味い!」



 続いて伊井野さん。



「わぁ、美味しい! なんだか濃厚!」



 最後に我が妹・陽菜。



「う~ん、今日も完璧だね、お兄ちゃん!」



 二人の口に合ったようで良かった。

 とはいえ、俺と伊井野さん、陽菜の力を合わせた結果だけどね。



「前川くん、天才じゃん! まるでお店のクオリティだよ!」

「そんな、褒めないでくれよ、伊井野さん。こんなの普通さ」

「謙遜謙遜。これは売れると思う」

「そんなに?」

「うん。カレー屋とかやったら儲かるんじゃない?」



 それは考えた事がなかったな。

 俺は将来、なにかしたいこととか全く考えてなかったし。


 強いていえば……最近誘われた『別班』くらいか。


 そうか。

 伊井野さんの言うような、経営者とかもいいかもしれない。


 俺は……そうだ。


 普通に生きたいのかもしれない。

 だって、伊井野さんの笑顔が見たいから。



「考えてみるよ」

「うん」



 和気藹々とした時間が過ぎていく。

 伊井野さんが隣にいるだけで、こんなに楽しいだなんて。



 ◆



 陽菜は疲れていたのかソファで眠ってしまっていた。

 俺と伊井野さんは台所で食器洗い。


 静かな時間が流れていた。


 なにか話したいのに話題が出てこない。

 こんな時に俺の馬鹿。


 ……なんでもいい。


 話をしなくちゃ。

 ああ、そうだ。いっそ今なら。



「伊井野さん、最近いろいろあったけどさ……」

「うん、そうだね。辛いことや悲しいこと、たくさんあった」

「今回の事件がきっかけで伊井野さんと出会えたし、俺は変われた気がする。ありがとう」

「わたしも同じだよ。前川くんがこんなに強い人だとは思わなかった。カッコいいし、頼りがいがあるなって」


 頬を赤く染め、恥ずかしそうに褒めてくる伊井野さん。

 なんか……ドキドキしてきた。


 息がちょっと苦しい。


 でも。

 嬉しくて嬉しくてたまらない。


 この平和をゆっくりとじっくりと噛みしめていく。



「……伊井野さん、俺」

「分かってる。前川くん、わたしからさせて」



 洗い物をそっと置き、伊井野さんの方から抱きついてきた。小さくて細い体を俺は受け止めた。

 柑橘系の良い匂いがする。


 こんなに可愛くて、愛嬌があって、俺を支えてくれる人は他にいない。


 今度は行動で俺の気持ちを伝える。


 ゆっくりと手を伸ばし、俺は伊井野さんの頬に触れた。


 そっとキスをして、じっくりと丁寧に重ねていく。

 甘くてとろけそうな気分。

 熱が高まっていく。



「…………」



 伊井野さんは嬉しそうに涙を零した。

 自然に離れると、こう言った。



「前川くん。好き……大好き」



 俺はもう一度、伊井野さんにキスをした。

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