第34話 恐ろしき有能弁護士、議員が逮捕されない……だが、奇跡は起こる。二番目の形勢逆転

 声の方へ振り向くと、そこには知らない男が立っていた。

 なんだ……このスーツの男。

 髪型や身だしなみがしっかりしている。


 む、あのスーツのバッジは――まさか、弁護士バッジか。


 ということは、山田議員の顧問弁護士といったところだろう。



「くっ……まさか、まだ敵が潜んでいたとはな」

「前川、お前よくも……山田議員を……!」



 だからって銃を乱射する弁護士がいていいのかよ。法廷で弁護するはずの人間が……ありえんだろ!


 憤りを感じていると椙崎刑事が俺をかばいながらも焦っていた。


「これは驚いた。有能弁護士の名護なごか」

「知っているんですね」

「もちろんだ。彼は山田議員の“相談”をほぼ叶えることで有名だ。今までいろんな不正が消され、彼の手によって全ての罪が帳消しにされていた」


 多分ほとんど強引にだろうな。

 やりたい放題ってワケか。

 しかも今度は実力行使。

 完全に俺を殺しにきている。


 銃口を注視しつつ、俺と椙崎刑事は回避していく。


「前川、お前さえ……お前さえいなければ……」

「やめろ、名護弁護士! これ以上は無意味だ。そんなの有能なアンタなら分かるだろ!」

「馬鹿が! このまま山田議員が連行されれば、我が弁護士事務所も終わりだ!! 今までどれだけの不正をしてきたか……お前には分からない!」



 混乱しているのか、自ら不正を行っていたと自白するとは。しかも、刑事の前で。


 そんな中、名護弁護士は銃を自分のこめかみに当てた。



「なッ……なにを!」


「私は自分自身を人質に取る……!」



 自分自身をって、そりゃただの自殺願望だろうが。

 こりゃ完全に自暴自棄だな。



「やめなさい!」



 椙崎刑事が止めようと向かうと、名護弁護士はいきなり銃を向けて発砲。



「――ぐっ!!」



 偶然にも椙崎刑事の銃に弾が命中。

 彼の銃を弾き飛ばした。

 なんてこった……偶然にも程がある。



「くく、これで刑事さんの武器はなくなった」



 いや、そうでもない。

 警官がすでに山田議員の件を片付けてこっちに向かっていた。


 これで今度こそ終わりだ。


 そう思ったが、名護弁護士は余裕の笑みを浮かべていた。


 なんだ……なにかおかしいぞ。



「なにをする気だ……!」



 俺が叫ぶと、名護弁護士はスーツを開いてみせた。



「これを見ろ、役立たずの警察共!!」



 彼のスーツの中にはかなりの数のダイナマイトが括りつけられていた。

 ちょ……嘘だろ。



「まずい。自爆する気か!」



 椙崎刑事が冷や汗を流す。

 俺も動悸がヤバい。

 まさかただの弁護士であるはずの男が銃だけではなく、ダイナマイトまで所持しているとか……ありえねえ。


 銃刀法違反どころか、これはもう立派なテロだぞ。



「私に近寄るなよ。もし近づけばドカンだ……」



 さすがの警官たちも後ずさっていく。

 俺と椙崎刑事もヤバイと悟って距離をとる。



「名護弁護士、お前の要求を聞こう……」



 椙崎刑事が俺をかばいつつ、名護弁護士に聞いた。



「要求はただひとつ。私のことは見逃せ!!」

「分かった。いいだろう……。好きに逃げればいい」


 爆破されて大勢の命が失われるよりは良いと椙崎刑事はボソリとつぶやいた。俺はその言葉を聞き逃さなかった。


 その通りだと思う。


 とにかく、山田議員が逮捕された今はこの弁護士に用はない。



「……さらばだ前川。君のことは一生忘れないだろう」



 俺の方を見ながら、名護弁護士はゆっくりと後退していく。

 取り押さえようものならダイナマイトを爆破するだろう。この場にいる者の誰しもがそう思った。


 だから、誰も動かなかった。


 今はこれでいい。



 その後……。



 ――名護弁護士は取り逃したが、なんとか山田議員は逮捕できた。



 闇カジノは摘発され、証拠が次々に出てきた。


 俺は地上で事情聴取を受け、いろいろと話した。

 山田さんの事とか。


 しかも、闇カジノは市内の駅地下にあったときた。どうやら、駅地下を利用した不正工事らしい。こんなところに大金を注ぎ込んでいたとはね。

 税金がこんなものに使われていたとは。


 地上に出ると見覚えのある光景が現れた。


 マジで駅周辺かよ。


 灯台下暗しってところかね。


 ようやく外へ出ると、山田議員がちょうどパトカーに乗せられようとしたところだった。


 ……やっと終わるんだな。


 そう一息ついていると警察の上層部らしき者達がワラワラと現れ、なにやら話していた。



「釈放したまえ」

「え……ですが」

「馬鹿者。国会議員には“不逮捕特権”があるのを知らんのか。直ぐに釈放だ」

「は、はい……」



 え……なんだよそれ。

 なんで逮捕できねえんだよ!!



「しまった……日本国憲法第50条か!」

「椙崎刑事、なんですそれ!」


「国会の会期中は逮捕されないんだ。会期前に逮捕された議員はね、議院の要求さえあれば……会期中釈放しなければならない……とあるんだよ」



 それが不逮捕特権ってわけかよ。そんな……!


 せっかく逮捕できたのに!


 重苦しい空気の中、自由となった山田議員がこっちに歩いてきた。



「残念だったな、前川くん」



 ニヤリと笑い、俺を見下す山田議員。

 コイツ……娘が亡くなったばかりなのに、なんて顔しやがる!

 それでも親かよ。


 一発でもブン殴ってやりたい。

 だが抑えた。

 ここで俺が殴ればこっちが不利だ。



「……くそっ」

「ハハッ。そう、所詮愚民にはその程度の力しかない。我々国会議員に敵うはずもない。いいか、前川くん。君のことは早々に潰させてもらう。覚悟しておくんだな」



 くそっ、くそっ、くそォ!!

 ここまでなのか。


 本当にこれで終わりなのか……。


 せっかく闇カジノのことを暴いたのに。


 それすらも無意味に終わるというのか!



 立ち去ろうとする山田議員。

 終わった……これでなにもかも。



 そう思った時だった。



「おい、アンタ」

「あ? アンタこそなんだ。私は逮捕されないんだぞ! 気安く肩に触れるな!」

「なにを言っている。貴様はもう議員ではない」



 え……。

 誰だ、あの人は……?


 紳士帽を深くかぶる人物。

 白髪がわずかに見え、白髭をたくわえた老人らしき男が山田議員を止めていた。



「なにを言っているんだ、このボケ老人が……って、あなたは……まさか」



 あの山田議員が青ざめていた。

 なんだ、この老人がなにか……?



「ようやく気付いたか、このボケナスが!」

「い、伊井野議員……」



 へ……伊井野議員・・・・・



「いいか、山田。お前は議員資格を失った。よって不逮捕特権は無効じゃ」

「な、なに……」

「二度も言わせんな、ボケが」



 くるっと背を向け、俺の方を向く老人――いや、伊井野議員。ニカっと笑い、俺を見つめる。ちょっと怖いって。



「……あ、あの」

「お前さんが孫娘の……苺の男か」

「や、やっぱり……」

「そうじゃ。孫娘の為に動いてやった。お前を助けてくれとな」



 って、伊井野さんのおじいちゃんかよ!!



「じゃあ、山田議員は逮捕されるんですね」

「うむ。コヤツの不正は誰もが気づいておった。だが、名護弁護士が何度も邪魔をしてきた。しかし、その弁護士も闇カジノに加担していたと判明。証拠が出た今、状況が大きく変わったのだ」



 そうか、あんなことをしでかしたんだ。弁護士資格をはく奪されたんだろうな。


 よかった!!


 これで形勢逆転だ!

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