第33話 俺 vs 国会議員 元カノの最期の別れ

「さあ、前川くん。そこにあるナイフで娘を……樹里を殺すんだ」


 山田議員は冷徹な表情かつ冷血な口調でそう言った。

 コイツは……本当に議員であり、親なのか?


 俺は山田さんの近くに置いてあるナイフを拾う。



「……」

「そうだ。それでいい! 娘を殺してくれたら、君は一生刑務所で安泰というわけだ」



 なにもかもがイカれている。

 この男だけは許しちゃいけない。


 その為にも――。



 ◆



【一時間前】



 闇カジノへ向かう前、伊井野さんから連絡が入った。



 伊井野:前川くん。やっぱり心配だよ


 前川:大丈夫さ


 伊井野:なにか嫌な予感がするの……


 前川:心配しすぎだよ


 伊井野:あのね、せめて刑事さんを呼べないかな


 前川:椙崎刑事?


 伊井野:うん。同行できないかな


 前川:うーん。俺では無理だろうな。リベリオンさんに頼めば可能かも


 伊井野:あ! じゃあ、リベリオンさんに話してみるね


 前川:おっけー



 しばらくして伊井野さんから反応が返ってきた。



 伊井野:椙崎刑事、来てくれるって!


 前川:マジかよ



 数十分後、俺の家の前に椙崎刑事がやってきた。



「おはよう、前川くん。君の彼女と真歩――いや、リベリオンに頼まれてね」

「ありがとうございます」

「闇カジノに潜入するだって?」

「はい。山田議員に疑惑があるんです」


 そう俺が説明すると椙崎刑事も、神妙な表情でうなずいていた。



「実はね、私も山田議員のことで気になることがあってね」

「そ、そうだったんですか!?」

「ああ、上にもみ消されてばかりで捜査すら出来ていないんだが、裏金疑惑がある」

「やっぱり……!」


「もしこの闇を暴ければ、日本を少しはよく出来るかもね」

「不正にお金を得ていたり、脱税とかあったら大問題ですよね」

「ああ。今も世間では裏金疑惑で話題沸騰中。そんな中で山田議員も疑惑を向けられていた。けどね、彼は頭が良くて……なかなか尻尾を出さない」



 連日のようにニュースになっている政治家によるキックバック問題。脱税すれば逮捕される、それが法律だ。なのに、政治家たちは“訂正”すればお咎めなしのような状況になっている。

 実際、脱税で逮捕されている人がいるのにな。

 訂正で済むなんておかしい。


 だから、せめて俺にできることをする。


 伊井野さんと平和に暮らす為にも。



「椙崎刑事、闇カジノに同行してもらえませんか」

「もちろん。けどね、警察も発見できないような闇カジノだ。私のような刑事はかなり警戒されているだろう。そこでだ」



 椙崎刑事は懐から何か取り出した。

 小さなチップみたいなものを。



「これはなんです?」

「GPSだよ。超小型の特別仕様でね。これを君の服に取り付ける」

「なるほど。それで位置情報を探るんですね」

「そうだ。位置が分かり次第、君を助けにいく」

「分かりました。お願いします」


 俺はGPSを受け取り、服の裏側の見つかりにくい場所に取り付けた。これでいい。あとは何かあったら椙崎刑事が助けてくれるはず。



 ◆



「山田議員、俺は山田さんを……」

「そのまま樹里の心臓を一突きにするんだ」

「殺さない」

「なにッ!?」

「あんたは悪魔だよ」


 俺はナイフを投げ捨てた。

 山田議員は意外そうに驚いて、けれど怒りの表情を見せた。



「分かっているのかい、前川くん。それは死を意味する」



 指をパチンと鳴らす山田議員。

 闇の奥から四人の黒服が現れ、俺を取り囲む。

 銃を向けてきた。



「これで終わりってことか」

「そうだとも。前川くん、君には失望した。一度は認めたつもりだったんだがねえ……とても残念だよ。もういい、つまらぬオモチャに用はない。消えろ」



 合図を出す山田議員。黒服が引き金に指をかけて発砲しようとする。



 ――だが。



 その前に複数の銃声がして、黒服四人を制圧した。



「がはっ!?」「ぎゃあああ!!」「ぐあぁっ!!」「ぶはぁぁあっ!!」



 それはあまりに一瞬の出来事だった。

 四人の黒服が倒れてしまった。

 かなり正確に肩を撃ち抜かれている。


 その光景に山田議員は愕然としていた。



「……な、なにが起きた……!?」



 階段から降りてくる男の姿があった。

 ああ……やっと来てくれたか。



「椙崎刑事!!」

「お待たせ、前川くん!」



 それと複数の警官が突入していた。

 そうか、ついにこれで闇カジノが摘発されるんだ!!



「ど、どうなっている……スマホは没収しているはず!!」

「山田議員、俺の服には特殊な小型GPSが装着されている。さすがにこれには気づけなかったようだな」


「ば、馬鹿な! そんなものを……くそっ!! ならば、せめて前川……貴様だけでも殺してやるッ!!」



 銃を向けて発砲してくる議員。


 やっべ……!!


 銃弾が俺の心臓目掛けてくる。




 ……ああ、死んだな。




 そう思った。




「――――前川くん!!」




 俺の目の前に山田さんが。



 ウソだろ……!




 凶弾が山田さんの胸に命中して、彼女は地面に倒れた。

 信じられなかった。


 まさか山田さんが俺を身を呈して……かばってくれるだなんて……。



 そんな……。



「樹里……! そんな、私の娘が……! ……あぁ、うわああああああああ!!」



 山田議員は発狂して、背を向けて逃げていく。だが、警官が一斉に向かっていく。



「まてやゴラァ!!」「山田議員、逮捕する!!」「殺人の現行犯だ!」「裏金について話してもらおうか!!」「囲め、囲め!!」「緊急逮捕、緊急逮捕!」



 どうやら、山田議員は逮捕されたようだ。



 けれど。



「……前川くん……ごめんね」

「俺のほうこそ、すまない。今まで酷いことたくさん言ってきたのに」

「いいの……し、幸せだった……」



 脱力して山田さんはそのまま息を引き取った。


 なんで俺の盾になったんだ。


 君は俺を殺したいんじゃなかったのかよ。


 それなのに、こんな形で死ぬなんて。



 あの一年は俺も幸せだった。

 一番はじめに好きになり、人生で初めての彼女だった。

 つまらない人生が女の子一人と出会って大きく変わった。それは事実だ。



 でも、山田さんは悪魔のような親のせいで、こんな運命を迎えてしまった。



 けどもう安心してくれ。

 アイツは法の下に裁かれる。



「大丈夫かい、前川くん」

「……椙崎刑事、俺……やっぱり山田さんのこと好きでした」

「そうか、彼女だったのか」

「ええ。昔の、ですけど。……けど、こんなのあんまりですよ」


「そうだね、私はいろんな事件を扱ってきたけど、議員がここまでしているなんて思いもしなかった。せめて山田議員に相応の罰を与えないと、彼女が報われない。その為にも、証拠を――」



 椙崎刑事が途中で言葉を止め、俺を突き飛ばしてきた。


 意味が分からなかった。


 いったい、なぜ……。



「す、椙崎刑事……なにを」

「あぶない!!」


「え……」



 直後、俺の頬に銃弾がかすめていった。



 え……。




「前川ああああああああああああああ!!!」




 な、なにが……?

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