第20話 逮捕されない少女の謎……自分を救えるのは自分だけ

 扉を開けられないよう、俺は必死に抵抗した。


「前川くん、なんで山田さんが……」

「俺にも分からん。多分だけど誰かを尾行していたのかも」

「そんな!」

「とにかく、このままだと刺される。伊井野さんは下がって通報を」

「了解……」


 伊井野さんは遠ざかってくれた。

 これでまず、彼女の安全確保はできた。

 あとは俺がここを閉めれば……。


 だが、山田さんはしつこく玄関の扉を開けようとしてくる。



「ねえ、前川くん。私と一緒に死んでくれるよね」

「なにを言っているんだ! 君とはもう別れたし、赤の他人だ。帰ってくれ! 今ならまだ逮捕されずに済む」


「逮捕ぉ? そんなのされないし」



 そういえば、椙崎刑事が言っていたな。山田さんは逮捕されないって。きっとなにか裏があるんだ。……買収とか?



「なんであれ、もういいだろ。俺たちの関係は……終わったんだ」

「私が前川くんを終わらせたい」


「なんでそんな俺に構う! 君ほど可愛い女子なら、別に俺じゃなくてももっといい男が寄ってくるだろう。それに山田さんは俺とはキスだけだった……」


「じゃあ、一度だけシよう」

「もう遅いんだ! クラスで一番だった君はとても清らかで、輝いていて、みんなの憧れで……。そういうアイドル的な存在だったのに、こんな誰にでも股を開くような女とは思わなかったよ!」


 そうだ、かつて山田さんは津田先輩と……。それだけじゃない、きっと他の男とも寝ているはずだ。俺の知らないところでな。



「今時の女子はそういうものだよ。伊井野さんだってきっとそう」

「そんなわけあるか! 山田さん、君が異質なんだよ」

「どうかな。もしかしたらってこともあるかもよ」



 そんなはずがない。

 これまで伊井野さんと一緒に過ごしてきた。

 彼女は俺との時間を優先してくれて、幸せな時間をくれた。山田さん以上に。

 それに、この雀荘は新鮮で面白い。

 女子高生が雀荘経営してるとかさ、凄いよ。

 しかも、個性豊かなリベリオンさんがいるし、俺の妹もなぜかいた。


 ここは居心地が最高に良い。


 ――なのに。


 山田さんはズカズカとこの領域に踏み込もうとしていた。

 花畑を踏み荒らすかのように。


 俺は、それが許せなかった。


 次第に怒りさえも込み上げてきてきた。



「いい加減にしろ! この銃刀法違反! 包丁を捨てろ、この馬鹿!」

「よく言ったわ、前川くん。少しは許すつもりだったけど……もういい、やっぱりぶっ殺してやる」


 目つきが変わる山田さん。

 その瞳には“狂気”しかなかった。


 ヤバイ……人殺しの目だ。


 殺られる前に俺は、強引の扉を閉めていく。

 しかし、山田さんも開けようと必死に抵抗してくる。クソッ、この馬鹿力!


 拮抗する力。

 まさか山田さんがここまで力持ちとは予想外だった。

 あの細腕のどこにそんな力が!



「このォ!!」

「前川くんをズタズタに引き裂くまでは諦めない」



 そう言って山田さんは懐から、バールのようなものを取り出して扉の隙間に。コ、コイツそんなものまで用意していたのか!


 今度はテコの原理で無理矢理こじあけてきた。


 その前にチェーンロックで――『ガンッ!』――間に合わなかった。


 山田さんはバールのようなものでこじ開けてきて、俺はその衝撃で尻餅をついた。


 包丁を向け迫ってくる山田さん。



「……俺を殺すのか」

「前川くんを殺したい」



 山田さんは、俺の腰辺りへ馬乗りする。

 両手で包丁を握りしめて、刃を俺の腹に向けてくる。


 ヤバイ……殺られる……。



「……やめてくれ。俺は死にたくない」

「もう無理。伊井野さんに前川くんを取られるくらいなら……刺す」



 俺の言葉はもう山田さんには届かない。

 抵抗しようにも馬乗りになれては……。


 死を覚悟していると、山田さんが包丁を振り下ろしてきた。……ダメだ。終わった。



 目を閉じていると『ガタンッ!』と音がした。



 何事かと目を開けると、なぜか山田さんがいなくなっていた。



「な、なにが……?」



 よく見ると伊井野さんが山田さんを突き飛ばしていた。



「もうやめて!!」

「きゃっ!?」



 バランスを崩し、玄関の外へ。そのまま柵に背中をぶつけていた。



「もうやめてよ、山田さん」

「い、伊井野さん……よくも邪魔してくれたわね! あんたも殺してやる!」


「残念だけどね、もうここまでだよ」


「なにを言っているの。助けなんてくるはずが――」



 再び包丁を向けてくる山田さんだったが、突然現れた人影が凶器を弾いた。な、なんだ!? 物凄いスピードの手刀で包丁が吹っ飛んだぞ。



「雀荘で何事かな。包丁とか穏やかじゃないね」



 そこにはパーカー姿のリベリオンさんがいた。

 なんてタイミングだ。

 てか、今のは彼女の仕事か。凄いな。



「な、なによ、あんた!」

「自分の名はリベリオン」

「はぁ!? 馬鹿じゃないの!」

「うるさい」



 やはり、高速手刀で山田さんの首元に打ち込むリベリオンさん。とんでもない破壊力により、山田さんは一瞬で気絶。その場に崩れ落ちた。


 さらにグッドタイミングで警察が駆けつけてくれた。



「なにごとだ!!」



 俺が対応することに。



「お巡りさん! 山田さん……彼女が包丁を持って現れたんです! これ、銃刀法違反ですよね! 逮捕をお願いします!」


「なんだって!? ……分かった。む……このお嬢さんはまさか」

「えっ、お巡りさん、山田さんを知っているんです?」

「彼女は有名人だよ。逮捕はしないけど、任意同行かな」

「なぜ! なぜ逮捕しないんです!? 明らかな殺意があった。俺は殺されかけたんですよ!?」


「……無理だ。無理なんだよ、残念だけどね」



 ふざけんなよ。

 何度も何度も襲われて、今日はもう死にかけた。なのに警察は無能! なにもしてくれない!! クソだ!


 そんな中、リベリオンさんが俺に耳打ちしてきた。


「大変だったね、前川くん。事情はなんとなく分かったよ。とんでもない人に目をつけられたようだね」

「リベリオンさん、なにか知っているの?」

「もちろんだよ。そもそも、彼女は馬淵と関係をもっていた。なぜだと思う?」


 そうだ。

 よく考えればもともと山田さんは、馬淵を差し向けてきた。まさか、そこに秘密があるというのか。これは詳しく聞くしかない。


 警察ではなくて、自力で解決するしかないんだ。

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