第19話 久しぶりの休日、朝早くやってくる刑事さんと……

 いろいろ悩んでいるうちに時間は経ち――気づけば朝を迎えていた。


「…………あれ」


 俺はどうしていたっけ。

 ……ああ、そうだった。

 伊井野さんの雀荘に招かれたんだっけ。

 それでソファで眠っていたのを思い出した。

 昨晩は……そうだ。


 伊井野さんと一緒にお風呂に入ったっけ。それからの記憶は曖昧だ。

 多分、興奮しすぎたせいだな。うん。


 今日は学校が休みだ。


 久しぶりの休日を、まさか伊井野さんの家で迎えることになろうとは。


 顔を洗いに洗面台へ向かうと、ちょうど伊井野さんと会った。



「あ、おはよう、前川くん」

「おはよう、伊井野さん」



 素敵な笑顔を向けられ、俺は気持ちがたかぶった。



「今日は休みだね」

「そうだね、どこか行こうか……?」

「名案だな。そうしよう」



 とはいえ、なにも決まっていない。今のところノープラン。さて、どうしたものか。ただ、昨晩は山田さんからヤバイメッセージを送られている。

 油断して外出して……刺されるなんてことがあったら大変だ。


 となると遠出は出来ないかな。



「どうしたの? なにか心配事?」

「あ、ああ……」



 話すべきか悩む。

 でも、伊井野さんに嘘はつきたくない。

 そうだ、ここは情報を共有すべきだ。


 俺はスマホを取り出し、山田さんのメッセージを伊井野さんに見せた。


「こ、これって……」

「昨晩届いたメッセージだ」

「山田さんの?」

「ああ……。だから外出は危ないかもしれない」

「これはヤバいね。警察に相談した方がいいかも」


 伊井野さんの言うことは正しい。

 けど、これだけで警察が動いてくれるかどうか。


「ん~、警察は基本、民事不介入って聞いたことがある」

「あ、そっか……」


 それに、執拗なストーカーとかに遭っていても、相談したところで警察は動かないんだよねぇ。だから結局大事になってしまう。事件になってしまうことが多い。

 もう少し仕組みを変えてくれたらいいのにな。


 そんな中、チャイムが鳴った。


「誰か来たみたいだね」

「リベリオンさんかも。行ってくるね」


 伊井野さんは玄関へ向かう。

 ……嫌な予感がする。


「まった。もしかしたら、山田さんかもしれないぞ。気を付けた方がいい」

「そうだね。覗き穴から見てみるね」

「インターホンはないのか」

「ボロアパートだから……」


 なるほど、それなら仕方ないか。

 覗き穴で確認するしかないわけだ。

 俺も同行して玄関へ向かう。


「俺に任せてくれ」

「分かった」



 ゆっくりと覗き穴を見てみると――。



「あの~、こちら伊井野さんのお宅と聞いておりますが」



 男の声がした。

 しかも、聞いた事がある声だ。

 あれ、この人はもしや!


 扉を開けると、そこには見覚えのある刑事さんが立っていた。



椙崎すぎさき刑事! どうして」

「やっぱり前川くんもいたか。いやね、馬淵のことを伝えたくてね」

「馬淵ですか」

「彼は罪を認めたよ。このままなら、しばらくは出てこれないだろうね。少年刑務所行きになると思う」


「そうですか。それは良かったです」

「でも気をつけてくれ」

「え……」


「山田という少女だ」


 まさかの名前が出て来て俺は焦った。

 伊井野さんも気になっているようで、椙崎刑事に聞いていた。



「あの、刑事さん。山田さんはどうなっているんですか? 逮捕とか……」



 椙崎刑事は首を横に振った。



「逮捕はされていない」

「なぜです!」

「彼女の場合は、あくまで任意同行。逮捕はされていないんだ……」

「そんな」


 肩を落とす伊井野さん。

 俺もそれを聞いてショックを受けた。

 そうか。だから昨晩はあんなメッセージを送れたんだ。


「けどね、それだけじゃないんだ」

「どういうことですか?」


 俺が聞き返した。


「これはなんと言っていいやら……。率直に言えば、山田さんはこれまでに何度も逮捕に至らず、簡単に帰らされている。この意味、分かるかい?」


「いや、分からないです。逮捕できないんですか?」

「無理だろうね」

「無理って、そんな! 彼女が女だから?」

「確かに、犯罪とかは女性には甘い傾向にある。でも、そうじゃないんだ」

「じゃあ、どういうことですか!?」


「……それはだね」



 だが、そのタイミングで別の刑事が現れて椙崎刑事に声を掛けていた。



「椙崎刑事。そろそろお時間です。現場へ向かってください」

「む。分かった。というわけなんだ、前川くん。じゃ、また」


 ちょ、そこで行っちゃうのかよ。

 最後、なんだったんだよ。気になるじゃないか。



「ねえ、前川くん。椙崎刑事、行っちゃったね……」

「そうだな。なにを言おうとしていたのかな」

「山田さんになにか秘密があるっぽいけど」

「なんだろうな。でも、とりあえず馬淵の件は片付いた。あとは山田さんだけど……まあいい、俺が伊井野さんを守ればいいだけさ」


「嬉しいな。前川くんのこと、頼りにしてるからね」

「任せてくれ」

「うん」



 さて、椙崎刑事も行っちゃったし、早めに家の中へ戻ろう。


 扉を閉めようとした――その時だった。


 外から手が忍び込んできて、玄関の扉を無理矢理こじ開けられようとした。あまりに突然のことに俺は驚いた。


「ちょ、なんだよ!?」

「前川くん前川くん前川くん! この時を待ってたわ! 会いたかった。すっごく会いたかった。ねえ、開けてよ。ねえ!!」


 ガシャガシャと扉を乱暴に開けようとする山田さん……!

 ウソだろ、なぜ、どこに隠れていた!?


「や、やめろ!」

「えへへ、やっと話してくれた。前川くんのこと……今からこの包丁でグサッと一突きにしてあげる。でね、私も死ぬの!」


 なにを……言っているんだ! クソ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る