第7話 二番目に可愛い女子と下校……その先には意外な人物が

「――きゃっ!」


 衝撃でホコリが舞った。

 蝶のように舞う伊井野さんが見事に、山田さんを確保。俺は股間を破壊されずに済んだ。……危うく一生使い物にならなくなるところだった。

 伊井野さんは命の恩人だ。


「武藤先生に事情を話すからね、山田さん」

「は、放して!」


 抵抗する山田さんだったが、伊井野さんがガッチリ腕を掴んでいる。もう逃げられない。


 俺はスマホで職員室に電話。

 武藤先生を呼び出した。


 慌てて屋上にすっ飛んでくる担任。俺と伊井野さんは、山田さんの闇を打ち明けた。



「なるほど。津田だけではなく、山田、お前もそのようなことを……」

「ち、違うんです、武藤先生! 私は無実です!」

「残念だが、伊井野のスマホに録音があった。あれが決定的な証拠となった」

「アレはAIとかの合成音声です!」

「苦しい言い訳だな。あんな会話をこんな短期間で作れるわけないだろッ!」


 その通り。

 武藤先生は、巨大怪獣のような迫力満点の叱責で山田さんを威圧する。さすがの彼女も、涙目になって委縮してしまった。あんな捨てられた猫みたいになって……。


 ついに山田さんは生徒指導室へ連れていかれた。その時、俺に助けを乞うかのように必死に叫ぶ。



「前川くん! 助けてよ!! お願い……お願いだから!」

「……」



 救いの言葉も、慈悲ない。

 今俺に出来ることは、ただ山田さんを不憫ふびんに思い、憐れ見るくらいだ。


 これからどう処分されるのだろうか。


 頼むから厳正に対処されることを願うばかりだ。



 * * *



 お昼が終わって放課後。

 あれから山田さんの姿を見ることはなかった。


「どうなったんだろうね」


 前の席の伊井野さんが振り向いて、少し心配そうな表情でそう言った。


「しばらく休学とか、下手すりゃ転校かな」

「多分そうなるよね」

「きっとね」


 クラスメイト達も少しソワソワしていた。

 あの山田さんがほぼ一日姿を出していないから。

 そりゃ、行方不明扱いではみんな心配するわな。



「ねぇ、山田さんどうしたのかな」「体調不良じゃねーの?」「なんか昨日、事件に巻き込まれたとか」「え! マジ!?」「三年の先輩とトラブルがあったとか」「私が聞いたのは前川くんと伊井野さんとなにかあったって」「なになに痴情のもつれ?」「まって、それヤバくな~い!」「あのクラスで一番可愛い女子が……」



 なんとなく噂は広まっているわけか。――って、まて俺と伊井野さんのことも知られているっぽいな。変な誤解をされる前に、事情を説明しておいた方がいいかもしれない。


 俺は立ち上がり、身の潔白を明かそうとしたが……声が出なかった。


 大衆の前に立つとか苦手だったのを忘れていた。複数人を相手にすると俺は脳が真っ白になるのだ。……終わった。


 立ち尽くしていると伊井野さんが立ち上がった。


「みんな、落ち着いて。山田さんなら担任の武藤先生が見てくれているから」

「どういうこと~? 事件と関係あるの?」


 ある女子がそう問いつめてきた。


「そういうの全部含めて先生が対応中だから」

「そうなんだ」


 なんとか、みんな納得した様子。

 ふぅ……伊井野さんのおかげで、なんとか誤魔化せた形だな。


 胸をなでおろしていると、伊井野さんが声を掛けてきた。


「前川くん、今日はもう帰ろう」

「そ、そうだね。一緒に帰ろう」


 そうだ。今は伊井野さんを優先する。

 一緒に立ち上がり、一緒に教室を出る。その際、クラスメイトから注目されまくっていたことに気づく。

 そういえば、伊井野さんはこのクラスでは二番目に可愛い女子と言われている。そんな女子と俺が歩いていれば目立つわけだ。


 当然、男共から嫉妬やら憎悪の視線を向けられていた。中には血の涙を流す者も。おいおい、怖いのでヤメテクレ。



 学校を出て自宅を目指す。



 冬前の季節のせいか、逢魔時おうまがどき魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこしそうな、そんな混沌の空。この時期は日が暮れるのがとても早い。


 ひんやりした風が頬をなでる。


 伊井野さんの手も俺の頬をなで――え?



「……んむわぁ!?」



 雑魚のモブキャラみたいな変な声が出た俺。

 小さくて細くて可憐が指が俺の頬を伝っていたんだ。そりゃ驚くって。


「ごめんごめん。寒いかなって」

「一気に温まったよ……」


 おかげで心臓の鼓動マッハでポカポカだ。発汗作用すげぇな……。いや、これは緊張だ。心拍数が急上昇して今にも俺はぶっ倒れそうだ。


「手、繋ごう」

「え!?」


 突然の要求に俺は戸惑いを隠せない。

 マジか……!


「ほら、昨日のお礼とかしたいし」

「あ、ああ……そんなたいしたことはしてないよ」

「ううん、そんなことない。前川くんはね、特別だから」


 特別。なんて良い響きなんだ。

 こんな可愛い女子に認めてもらえるとか、感激しかない。

 生きていて良かったと涙を堪えていると、右手に温もりを感じた。伊井野さんの方から繋いでくれていた。……思ったより積極的なんだな。


「あったかいね」

「お、おう。伊井野さんは手が冷えていたんだな。気づかなくてすまない」

「今はあったかいからいいの」


 ぎゅっと握られ、俺は脳内が幸せでいっぱいだった。

 そんな幸福を握りしめ、俺は自宅を目指す。



 ――だが。



「おい、まて前川!」



 背後から声がした。

 どこかで聞き覚えのある男の声。


 おい……ウソだろ。


 なんでお前がココにいるんだ……!

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