第5話 一番可愛い女子と同棲か……二番に可愛い女子を取るか

 伊井野:明日、大切な話があるからちゃんと学校に来てね。おやすみ


 大切な話し? なんだろう。気になるな。

 体調を万全にして学校へ行かねば。

 俺は早寝早起きすることにした。ベッドに寝っ転がれば、直ぐに寝落ちした。


 翌日、小学生の妹に叩き起こされた。


「お兄ちゃん、起きて~!」


 朝から我が妹は元気いっぱいだ。掛け布団をもぎ取られ、俺は渋々ながら起床した。低血圧はキツイ。


「ん……ぁ」

「ねえ、お兄ちゃん。お客さん来てるよ~」

「お客さん?」

「うん、玄関の前にいる。もう十分前から待ってるみたい」

「なに!?」


 いったい誰が待っているんだ?

 とにかく、急いで着替えて俺は玄関へ向かった。

 扉を開けると、そこには――。



「お、おはよ……」

「え!? 伊井野さん!? なぜ!?」



 そこには制服姿の伊井野さんが立っていた。まさか、ずっと待っていてくれたのか。俺はてっきり学校で会うものかと思っていたんだがな。



「ご、ごめん……どうしても会いたくなっちゃって……」



 少し気まずそうに、けれど嬉しそうに微笑む伊井野さん。天使かな……。いや、そうじゃなくて――これは驚いた。親父がサーバルキャットを買ってきた時以来の衝撃だ。



「そ……そか」



 照れくさすぎてそんな言葉しか絞りだせなかった。でも、俺はテンションが上がっていた。こんな朝早く家に来てくれるとか、思いもしなかった。


「急過ぎだよね」

「いや、構わないけどよく家を知っていたね」

「それなんだけど、実はウチと結構近いんだよね」

「え! そうだったんだ?」

「うん。割とご近所さんなんだよ」


 知らなかった。伊井野さんがそんな近くに住んでいたなんて。そうか、それで偶然俺の帰宅姿とか目撃していたのだろう。


「へえ、そんな偶然があるなんて」

「わたしもビックリだよ」


 そんな話をしながらも学校を目指す。

 今日も伊井野さんは綺麗だ。

 腰まで伸びる黒髪は、キラキラと輝いているように見えた。大きくパッチリとした瞳で見つめられると緊張して言葉を失う。


 おかしいな、昨日はあんなに話せたのに。


 軽い雑談をして――学校に到着。

 教室へ向かい、扉を開けた時だった。



「……前川くん」



 そこには山田さんが立っていた。

 俺はそんなに驚きはしなかった。

 津田先輩はともかく、山田さんは警察のお世話になることはないと思っていた。彼女はむしろ被害者といえば、そっち側。けど、俺にとってはもう“他人”だ。



「おはよう、山田さん」

「ねえ、どういうことなの」

「なにが?」

「伊井野さんと仲良く登校とか……」

「山田さんには関係ないさ」


 そうだ。もう俺と山田さんは別れたんだ。

 津田先輩とのあのシーンをフラッシュバックするだけで、俺は頭がどうかなりそうになっていた。


 もう、あんな苦しい思いは二度と御免だ。


「分かった。でも、最後にもう一度だけチャンスをちょうだい……。あとで話を聞いて」

「そんな時間があればね」

「約束して」


 涙目で可愛い顔して訴えかけてきても、俺の心にはなにも響かないさ。

 虚無。ただただ無の感情だけが続く。


 そんな重苦しい空気の中で伊井野さんが俺の前に。まるでかばうようにして山田さんに反論した。



「山田さん、これ以上……前川くんを苦しめないで」

「なにを言っているの。そんなはずないじゃない!」


 そう叫ぶ山田さんは、伊井野さんをにらみながら廊下へ。どうやら、授業をサボるつもりらしい。

 姿が消え、俺は少しだけホッとした。

 そして、なによりも伊井野さんが味方になってくれたことに感謝しかなかった。


「大丈夫? 前川くん」

「ああ、伊井野さんのおかげで心が破壊されずに済んだ」


 伊井野さんがいなければ、俺はとっくに廃人となっていた。きっと不登校になって落ちぶれていただろう。だから今は生きようと思える。がんばれる。


 それから、伊井野さんの『大切な話し』を聞こうと思ったが、授業がはじまってしまった。


 その後もタイミングが悪く、話す機会がなかった。


 伊井野さんは担任やら友達やらに呼び出されて大忙し。


 教室の隅の席でぼうっとしているしかなかった――のだが。



「ねえ、前川くん」

「……山田さん」

「もう一度だけ話をさせて」

「仕方ないな。一度だけだぞ」

「うん」



 まあいい。俺も山田さんに改めて別れの挨拶がしたかった。ケジメをつけ、それから伊井野さんとの親交を更に深めていこうと考えた。


 廊下を出て屋上へ。


 誰もいないことを確認して、俺は切り出した。


「で、話しって?」


「津田先輩のことは本当にごめんなさい。自分で言うのもアレだけど、ほら、私って可愛いからモテるし……小学校の頃から何人も男の子と付き合ってきた」


「ふぅん、それで?」


「だから結構前から非処女だったし、肉体関係の経験で多かったの。言わなくてごめん」


 マジかよ……。こんな可愛い女子が……。いや、可愛いからこそか。津田先輩のように男が寄ってくるんだろうけど、ここまでとは。

 開いた口が塞がらない。


 俺はとんでもない女と付き合っていたんだな。


「そうなんだ。じゃあ、今回のことも被害者と思ってるんだ」

「そ、そうだよ。先輩には脅された部分もあって……それにね、どうしてもお金が欲しいの! 直ぐに家を出たいから……だから、がんばって身を削っているの!」


「え……」


「ほら、今ってパパ活とか流行ってるじゃん。だからさ、そういうのでお金を稼いで、一刻も早く言えを出たいの」


 深刻そうな顔で山田さんはそう言った。

 なんだよ急に。そんなワケありみたいに。


「家を出たいって、なんだよ」

「父から体で稼げって言われて……もうずっと」

「なっ……」

「でも全部は渡してない。今はコッソリ稼いだお金を貯金してる。もうすぐ家を出られる資金が貯まるの! そうしたらさ、前川くん……一緒に同棲しよ?」


 ……な、な、なんだよそれ……!


 じゃあ、ずっと自分の為に体を売っていたのか。

 そんなことを聞かされたら俺はどうしたらいいんだよ。


 山田さんは本当のことを打ち明けているのだろうか。信じていいのか……?

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