第4話 俺の元彼女を寝取った先輩の末路

 これで伊井野さんは救出できた。


「助けてくれてありがとう、前川くん……」

「ケガはないか!?」

「うん、おかげで」


 無事を確認できて、俺は安心した。正直、山田さんのことはもうどうでも良かった。だから、このまま撤退しても良かったのだが――。


「ふざけんじゃねェ! 前川、よくも弟を!!」


 怒り狂った津田先輩が叫んで向かってきていた。その手にはいつのまにかバタフライナイフが握られていた。……凶器を使うとか!!


 俺の胸に目掛けて突進してくる。


 不意打ちだったから避けられる気がしなかった。


 マズイ……殺られる!


 死を覚悟したその時だった。


 津田先輩の腕を強く掴む巨漢が現れた。



「おい、なにをしている、津田」



 なんと偶然にも担任が通りかかったんだ。体育大会系の筋肉モリモリマッチョマンにしてゴリラというあだ名がついている武藤は、見た目がゴツくてプロレスラーみたいな外観をしている。



「い、いや……これは別に、その」

「このナイフで前川を刺そうとしたのか!」

「ち、ちが――」

「違わないだろ! 津田、そもそもこんな凶器を持ち歩いていいと思っているのか。しかも、半裸の山田を脅し、前川と伊井野まで脅迫か! これは犯罪だぞ!」


 武藤が厳しく追及する。

 迫力があるせいか、津田先輩は青ざめてガクガク震えていた。そりゃそうだな、こんな強面の大男を前にすれば誰だってチビる。


 俺だっていまだに慣れないし。


 そして、これは大チャンスだ。津田先輩の悪事を武藤先生に話し、ヤツを成敗してもらう。ついでに津田弟のことも正当防衛だと主張しておく。


「武藤先生。俺と伊井野はその通り、脅されていました」

「山田は違うのか?」

「すみません、山田さんのことはよく分かりません」

「お前たち、付き合っているんじゃなかったのか?」

「さっき別れたんです。いろいろあって……」

「ワケありか。まあいい、事情は津田と山田から聞く」


 気絶している津田弟を抱え――津田先輩と山田さんを連れていく武藤先生。その時、山田さんが俺の方に視線を送っていた。


「……前川くん、私を助けてくれないの……!?」

「もう付き合っていない。そういう関係じゃないから」

「そんな! 好きだって、あんなに言ってくれたじゃない!」

「だからって体を先輩に差し出すような女とは付き合えないよ。いくら可愛くてもね」

「…………」


 山田さんから反論はなかった。

 俺はクラスで一番可愛い女子・山田さんと付き合えてラッキーだと思っていた。けど、この一年はなんの進展もなくて――思えば俺が付き合っているのだと勝手に錯覚していただけなのかもしれない。


 そうでなければ今頃、俺と山田さんは円満な関係にあったはずだ。なのに結果はこれだ。



「連れて行かれちゃったね」



 伊井野さんがため息交じりにそう言った。



「巻き込んで悪かったよ、伊井野さん」

「ちょっと怖かったけど、いいの。気にしないで」

「でも」

「前川くんが守ってくれるって信じてた」

「え……どうして」

「分かるよ。席が近いし、毎日顔を合わせているし……それにね」


 なんだか言い辛そうに伊井野さんは照れていた。


「それに?」

「一年前に子猫を拾ったところ、わたしも見ていたんだ」

「え!」

「あの時の前川くん、山田さんが通りかかって声を掛けていたでしょ」


 あの現場に伊井野さんもいたのかよ。それは驚いたというか、まったく気づかなかった。恐らく、死角にいたのだろう。


「それは驚いたな」

「だからね、君のことはずっと前から気になっていたの」

「そ、そうなんだ。俺のことを……」

「けどさ、山田さんと付き合っているみたいだったから、遠くから見守るしかなくて」


 そういうことだったんだ。

 だから、伊井野さんはこんなに気軽に話しかけてくれたんだ。俺のことを助けてくれたんだ。嬉しいな。


「これからも仲良くしてくれるかな」

「もちろんだよ、前川くん」


 天使のような微笑みを向けられ、俺は心臓が高鳴った。


 幸せを感じながら学校を出た。


 帰路につき、そのまま家を目指した。途中で伊井野さんと別れ、俺は自宅へ。

 スマホに連絡が入って直ぐに見ると伊井野さんからだった。



 伊井野:今日は本当にありがと! 前川くんは命の恩人だよ。守ってくれてカッコ良かった。明日、もっといっぱい話そうね!



 そこまで言ってくれるなんて、守れて本当に良かった。

 その直後、担任の武藤から電話が入った。


 どうやら、津田先輩と弟は暴行と銃刀法違反の容疑で逮捕されたようだ。俺のことに関しては、武藤先生が正当防衛を強く押してくれたようで、今のところは問題ないという。そもそも、相手はナイフという凶器を使っていた。その分、相手が不利だという。


 助かった。

 過剰防衛だったら危なかった。


 伊井野さんも、いざとなったら助けてくれるって言っていたし、きっと大丈夫だ。


 山田さんのことは分からない。

 いったん保留みたいな形になっているようだ。

 確かに、彼女はなにかしたわけじゃない。ただ、津田兄弟に身を捧げていた。快楽の為に……。


 いや、後から分かったことだが金銭のやり取りもあったと判明したようだ。


 山田さんは、津田先輩からパパ活みたいな行為を働いていたんだ。好きな男性VTuberがいるらしく、投げ銭を稼ぐ為にらしい。


 俺はもう呆れるしかなかった。

 山田さんは容姿やスタイルはトップクラス。でも、性格は破綻していたんだ。


 別れられて良かったかもしれない。


 安堵していると、メッセージが飛んできた。伊井野さんだ。これは……。

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