第41話 与えられし任務

 エストルの後任の騎士団長、グラナ・アグシュース近衛騎士。齢50を越える老齢ではあるが、その肉体は衰えを知らない。

 白い髭を口から顎にかけて生やし、まるで魔術師のような顔立ちである。だが、彼は王国が行なっている西方遠征で、この上ない功績を残した猛者でもある。


 今や隠居と称して、こうして王城付近衛騎士となったが、またしてもこの様な重役に充てられるとは彼自身思ってもみなかった。

 老後となる余生は王城の近衛騎士を、真当な道へと導くべく、若い近衛騎士を指導していた。おやっさんと皆から慕われていたつい最近のことが、嘘のように思えた。


(私が近衛騎士団長に返り咲くとはな……)


 そう思うグラナは、この国の近衛騎士団を憂う。


(隠居したこの爺が近衛騎士を務めねばならんとは、そこまで人材が不足しておるか……)


 そう、本来ならばこの団長職は、もっと若い近衛騎士が就くべき職である。

 功績こそあげど、隠居手前、近衛騎士の引退を控えた老人が、この職に就くべきではない。ついたとしても、よくて、団長補佐である。


(全く、この国はいつから、こうなってしまったか)


 グラナは大きな溜息をついて、栄誉ある団長職を憂いていた。

 とはいえ、今回この人事が決まった訳にも、多少なりとも事情があった。

 エストルは表面上、優秀な近衛騎士ではあった。事実、功績も多くの妖魔退治や、盗賊の討伐をこなしてきた実力も持っていた。


 実績を見て団長に就任したものの、今回の突然の辞任である。

 それだけならば、若い近衛騎士が団長職に就いていただろう。だが、辞任後、エストルは突然姿を消してしまったのだ。


 そこで生まれたのが、若い騎士を団長にすることを不安がる貴族達の声だった。

 若い故に過ちを犯す。それが普通の近衛騎士であるならばいいが、団長となれば別だ。

 団長とは近衛騎士の鏡とされる人物がなるべきものだ。

 功績はもちろん、人柄も多くの人から信頼されなければならない。そんな人物が、行方をくらましてしまったが故に、最近の若い騎士は精神的にも未成熟で団長には向かない。と見なされてしまったのだ。


 そうして、代わりに名前が挙がったのが、グラナであった。

 ゴルバルナの事件の際には、一早く現場に駆けつけてトロイコプス七体を、見事な指揮で討伐した。それだけではなく、西方遠征では多くの功績を上げていて、尚且つ、近衛騎士達全体からの支持、信頼が厚い。

 それら全てを考慮した上で、グラナが団長に選ばれたのだ。


(まあ、私も辞退すればよかったのだが……)


 そうもいかなかった。彼が辞退を切り出すことを見越してか、貴族院は近衛騎士団長に新人を当て付けるとまで言っていたのだ。それをグラナが補佐すればいい。と。

 そんなことをされると、近衛騎士の団結力は急激に落ちかねない。

 それゆえ、グラナは辞退することができなかったのだ。


「まったく、近衛騎士の任命権は近衛騎士にあるというのに……」


 全てはエストルが次代の団長を指名しなかったせいであった。

 愚痴を漏らしたグラナは、窮屈な団長席について、ある人物を待っていた。

 それは……。


「失礼します! 近衛騎士代行エスティナ・アストール。只今参りました!」


 凛とした声が、開け放たれていた扉の前から聞こえてくる。

 そう、その人物とは、あの問題児エスティオの妹、エスティナである。


「よく参った。入るがよい」


 エスティナはグラナの言葉を聞いて、部屋の中に足を踏み入れる。


「しばし、そこで待たれよ。少し時間がかかるかも知れぬから、そこの椅子に腰でもかけているがよい」


 グラナはそう言って、団長の執務机の横にある簡易な椅子を指さしていた。

 エスティナは一礼して、感謝の意を告げる。そして、その椅子に座っていた。


「まあ、くつろぐがよい」


 グラナは優しくエスティナにほほ笑みかける。そうして、すぐに侍女を呼び出してお茶を持ってこさす。

 エスティナはそのもてなし方を、妙に思いつつも本題を切り出していた。


「あ、あの、お仕事のお話があると聞いて参ったのですが」


 お茶を飲みながら、エスティナはグラナに聞く。彼は何かを考え込んだまま、彼女に答えていた。


「ああ、そうであるとも。だが、騎士代行となったとはいえ、そなたは素人に等しい。それゆえ、これからの仕事にはもう一人近衛騎士を付けることにした」


 アストールはその言葉を聞いた瞬間に、叫ぼうとしたが喉の奥で不満をおしとどめる。


(おいおい、勘弁してくれ! 俺は別段、素人じゃねえ。っていっても、今は素人同然か……。でも、納得いくか!)


 そう、今はエスティナである。街から出てきたばかりの、勤勉で真面目な女騎士代行。多少やんちゃなとこはあるが、それでも周囲からは恍惚の目で見られる身だ。

 とはいえ、アストールはそれでも納得できなかった。


「あ、あの、私には優秀な従者が付いていますし、近衛騎士の助力がなくても、どうにかやっていけます」


 そう言った瞬間に、グラナは鋭い目付きでアストールを見る。


「そう言って今まで、何人もの若い騎士が命を落としていったのだ。私にはお前の安全を守る必要があるのだ。だからこそ、近衛騎士を付ける」


 反論の余地がなく、アストールは黙り込んでいた。

 そう、確かにグラナの言っている事は正しいのだ。アストールの周囲にも、そう言って命を落とした同僚が居たのだ。

 とはいえ、アストールは一人前の近衛騎士だった。

 他の近衛騎士に補佐してもらうのは、彼のプライドが許さない。それに、同行することによって、彼の正体がばれる危険性も増すのだ。

 だからこそ、それだけは避けたい。

 そうは考えているのだが、逆にここで断っても不審に思われる。

 アストールは選択の余地がないことに気づいて、大きく溜息をついて、お茶を一気に飲み干すのだった。


「失礼します! 近衛騎士ウェイン・ハミルトン! 只今出向きました!」


 丁度アストールがお茶を飲み干したあと、部屋に声が響きわたる。


「よく参られた。入るがよい」


 質実剛健、誠実さで溢れんばかりの青年が、団長室の中に入ってくる。


「さて、君の補佐も来たことだ」


 グラナがそう言うと、アストールとウェインは顔を見合わせる。


「あ、あのー。補佐っていうのは?」

「近衛騎士というのは?」


 二人は声を合わせて、グラナに問う。すると、彼は満面の笑みを浮かべて答えていた。


「そう、今目の前におるであろう」


 ウェインはどことなく恥ずかしそうに顔を背け、アストールはなぜか安堵していた。

 ついてくるという騎士は、ウェインであって、けして知らない間柄ではない。知らない騎士をつけられるよりは、遥かにやりやすいことだろう。

 そんな二人を見たグラナは、顔に優しい笑みを浮かべて続けていた。


「なんでも、君たちは一度は剣を合わせておるらしいし、お互いの腕前も分かっておるであろう。それに、祝賀会では見事な舞踏を披露しておったではないか。その二人の息のあいようなら、どんな仕事でもこなせると思うてな」


 補佐がウェインと知って、安堵したのも束の間。

 アストールはその言葉を聞いて、内心怒りがふつふつと沸い来ていた。


(こ、こいつ。そんなとこまでちゃんと見てやがったのか)


 グラナはそういうものの、何かしら大人のいらないお節介を、アストールは機微に感じ取ったのだ。

 あの祝賀会の舞踏。周囲から一見すれば、エスティナがウェインに気があり、彼もまたまんざらではないように見えたことだろう。

 それゆえのお節介。

 グラナの微笑ましい笑みを見たアストールは、それを感じずには居られなかった。


「では、そんな最高の二人に、仕事を与えよう」


 アストールの疑念は、完全に確信に変わった。今すぐにでも、このお節介オヤジの顔に、拳をめり込ませたい衝動を抑えつつ、アストールはグラナに目を向けていた。

 彼は先程までの表情を一変させ、真剣なモノへと変えていた。


「先先月より、逃亡して姿をくらましたゴルバルナであるが、最近の調査で、奴は黒魔術師たちと何らかの関係を持っていることが分かってきている」


 アストールは横にいるウェインに目を向ける。先程までの恥ずかしそうにしていたウェインはどこかに消えており、今は熱心に話を聞く、一人の近衛騎士の顔へと変化している。


「それに加え、先月エスティナ殿が解決したリアム公の魔導兵器事件。あれに関しても、黒魔術師が関与していることが分かっている。ゴルバルナも王城で黒魔術の研究を行い、黒魔術師紛いのことをしていたことも明白となってきている。だが、いまだ、ゴルバルナと黒魔術師どもとの明確な繋がりを示すものは上がっていない。そこでだ」


 グラナは言葉を切ると、二人に鋭い視線を交互に向けた。


「そなたらには、黒魔術師が多く潜んでいるという北方の交易港街ガリアールに向かい、黒魔術師とゴルバルナの関係を調査してきて欲しいのだ」


 そうは言われるものの、アストールは表情を歪める。


(いきなりそんなこと言われても、無茶苦茶だぜ。関係性があるかないかもわかってねーのによ。てか、まあ、それを探るのが今回の仕事か)


「すみません。質問です!」


 ウェインはそう言って、グラナに目を向ける。


「あの、今回の任務。私達では危険が大きすぎませんか?」


 そう、仮にもウェインは新人近衛騎士。実力はあれど、実績はない。

 そして、その相方となるアストールは、近衛騎士代行だ。

 とてもではないが、その二人でやる任務にしては危険が大きい。


「案ずるでない。地元の宗教騎士団や、自警団、王立騎士団が協力してくれる。それに、もう既にこの特務についている近衛騎士が、ガリアールにてお前たちと同様の任務に付いておる。お前たちはその応援だ」


 グラナはそう言って、二人を安堵させる。そこはやはり老齢で機転の利くはからいでもあった。

 エスティナはゴルバルナによって行方のわからなくなった兄を探している。それに少しでも協力させてやろうという、グラナの気遣いでもあるのだ。


(助かるぜ。おやっさん)


 アストールはそれに気づいて、グラナに感謝していた。もしも、いまだにエストルが団長になっていれば、どうなっていたか想像もつかない。


「は、それなら、いいのですが。我々は一体何をすればいいのでしょうか」


 ウェインは肝心の仕事内容を、グラナに問う。


「ああ、さっきも言ったであろう。あくまでそなたらは応援である。と。であるから、先に調査をしている近衛騎士と合流し、彼らの指示の下動いてくれればよい。詳しいことは街に着いてから、近衛騎士達より聞くがいい」


 グラナはそう言うと、二人の顔を交互に見たあと、最後に聞いていた。


「もう、質問はないかな?」


 そう言われて、二人は何も言うことがなく、黙り込む。


「うむ。ないようであるなら、すぐに支度にかかれ。明日にでもガリアールの街に出発してもらうことになるであろうからな」


 グラナのその言葉に、二人は無言で騎士の敬礼をしてみせる。


「うむ。では、頼んだぞ」

「は! 近衛の名にかけて、任務を全うします!」


 二人が声を合わせて言うのを見て、グラナは再びあの優しい微笑みを浮かべるのだった。



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