第34話 招かれた盗賊

「さて、と、侵入には成功したけど……。本当に言ってたとおり、警備が手薄になってる」


 一人の侍女の格好をした女性が、王城内を挙動不審に周囲を伺いながら歩いていた。

 その一挙手一投足を見れば衛兵も不審感を持つかもしれない。

 壁に張り付いて、誰にも見つからないようにしている点では、部外者であるというのがすぐにわかる。

 せっかくの変装も、それでは全く意味をなしていなかった。


「ご依頼の品を盗み出そう」


 そう言う女性は、笑みを浮かべていた。


「まあ、これで、暫くは食いつなげるし、そうね。とりあえず、餓死することなんてないかな」


 などと独り言を呟く女性は、ふと自分の体を見て赤面する。そう、自分が侍女の服に着替えていることを、ようやく思い出したのだ。


「ふふ、こんなこともあるある」


 などと呟く女性は、王城ヴァイレルの三階にいる。ベランダに弩でロープを飛ばし、そうして王城に侵入していたのだ。

 ロープを伝う際は、夜の闇と彼女の着ている黒を基調とした侍女服が、姿をひた隠しにしてくれていた。

 だが、自分が侵入したことは、兵士が巡回している以上はすぐにばれるだろう。

 なにせ、そのロープを回収することなく、そのままこの階に侵入しているのだから。

 そう思っているからこそ、女性はその足を早めていた。


「おい、まずいぞ! 誰かが侵入している! すぐに警備の兵を出せ!」


 などという男の声が、彼女の後ろの方から聞こえてきていた。


(あらら、もう、みつかっちゃった?)


 そう思う女性は目的の場所へと、足を早めて向かうのだった。





「ふふふ。祝賀会だからと、警備を手薄にしてしまうとは、本当に甘いな。お父上は……」


 そう呟きながら、笑みを浮かべた少女はお付の侍女と共に鏡の前に立っている。

 広い部屋には、そこが女性の部屋とは思えないものがそこかしこに武具が飾られていた。

 大陸東方の海の向こうから、態々大金を叩いて取り寄せた、芸術性を感じさせる色とりどりな革の甲冑がある。目以外を隠す、怒りの顔をした髭のついた面が特徴的で、また、東方にある島国の独特の雰囲気を醸し出していた。


 そんな鎧が、彼女の大きなベッドの正面に三つ並べられている。それだけならまだしも、他にも様々な国の甲冑や戦闘服が部屋の壁際に並べられていた。

 それに加えて槍や剣、刀にナイフ、ククリやジャダマハル、小刀や弩、弓類、薙刀などなど、これまた世界各地から取り寄せた武器が壁一面に飾られていた。

 事情を知らない者が見れば、この部屋がどこかの博物館の一角かと思うほどの量だ。

 そんな部屋が一国の姫君の部屋というのだから、呆れるしかない。


「ノーラ様、このようなこと、感心いたしませんわ」


 侍女はそう言いながら、ノーラと呼んだ少女の甲冑の着つけを手伝っていた。


「ふふん。隙を見せたお父上が悪いんですよ」


 笑顔を振りまくその顔は、年相応の可愛らしいものだ。だが、その笑顔とは裏腹にやっていることは、とても褒められたものではない。


「ノーラ様、一国の姫君の御自覚を、持っていただけませんか?」


 侍女の一言にノーラは、顔をしかめていた。


「私が悪いんじゃない。こんな魅力的なことを教えてくれた兄上がいけないんだ」


 そういうと、ノーラはふくれっ面になる。

 侍女は深い落胆の篭った溜息をついていた。彼女の悩みは、目の前にいる姫様のやっている事についてだ。


(本来ならば、祝賀会に参加しなければならないお立場にあるのに)


 侍女がそう思うのも仕方がない。

 今日行われている女性騎士代行の祝賀会には、本来ならばドレスを身にまとって噂の騎士様を出迎えなければならない。だが、彼女はそれを何よりも、面倒に思っている。

 ノーラ・ヴェルムンティア。この国の姫君であり、今年には成人を控える国の宝だ。だが、その宝は刃物のような危うく鈍い光を放っている。


 姫ともなればこの国全土から、恍惚と敬愛、憧れの目で見られる立場になる。だが、実際は理想と限りなくかけ離れていた。


 腰に剣を常に帯刀し、格好はレギンスを基本とした男のような格好だ。一部の近衛騎士達や王城付きの兵士からは慕われている。だが、世間はそれほど甘い目で見てはくれない。


 成人前の女性、しかも国の姫君が、王城を歩くときには常に愛剣を腰に下げているのだ。話だけを聞けば、到底一国の姫が行っていい事柄ではないだろう。

 事実、世間からは武人姫などと呼ばれて、畏怖されていたり、また皮肉をこめた愛称として呼ばれているのだ。


 ノーラがそのあだ名を嫌うならば、どれだけ良かったか。

 嫌がれば、それこそ、すぐに便乗して侍女は剣を取り上げていただろう。

 だが、現実は甘くない。ノーラは逆にその呼び名を気に入ってしまっていた。


「ふふ、それだけ、私が民衆に好かれているということであろう。ならば。良い事ではないか」


 などと言う始末、どうしようもない。

 彼女の為にどれだけの人が迷惑し、嘆いているか。それがわからない。


 ましてや侍女もその一人だ。だが、姫君の言うことに、何も逆らえない。それゆえに、彼女はノーラの鎧の着付けを手伝っていた。

 胴当てを取り付けながら、侍女は真剣な顔でノーラに言う。


「ノーラ様、エスティオ様との約束をお破りになったこと。本当に苦に思われていないのですね」


 侍女は呆れながら、最後の手段と言わんばかりにノーラに言い聞かせる。だが、ノーラはきっぱりとした態度で言い返していた。


「あの近衛騎士には恩義がある。それに、あ奴に負けた以上、私もやるつもりもなかった。だけども、仕方あるまい。あ奴は行方知れず。妹や従者に手をかけさせるような奴だぞ?」


 侍女はその言葉を聞いて、頭を抱えたくなっていた。


(お手をかけているのは、あなたもご一緒なのです。それに、それとこれとは別問題です)


 だが、そのようなことは口が裂けても言えない。言えばどう機嫌を損ねるか、分かったものではない。ノーラは侍女に両手を差し出して、鋭い瞳を向けて言う。


「さて、ナルエ、盾と兜をとってくれ」


 まるで戦場に赴く武人のごとく、凄味のある声が侍女ナルエを仕方なく動かしていた。

 ナルエは袂に置いていた兜を取ると、彼女に受け渡す。


 そして、左腕に木の盾を付けるのを手伝う。そうして、一人の小柄の完全武装した騎士が、一国の姫君の部屋の中で出来上がる。

 顔を覆い隠す面のついた兜に加え、左腕には木製の盾、そして、腰には剣を、右手には槍を握りしめる。本物の騎士がそこに現れるも、その中身は女、しかも、この国の姫君である。


「では行ってくる。ナルエ、しばし、帰りを待つがよい」


 もはや、姫とは思えない口調に、ナルエは改めて大きく溜息をついていた。そして、その背中を見送った後、眉間に指をやり呟くのだった。


「姫様……。いくらなんでも、おふざけがすぎます……」


 彼女の呟きは、異様な部屋の中で、虚しく消えていくのだった。

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