第32話 舞踏会と騎士と男の娘 2

「まあ、お綺麗ですわ!」


 そう驚きの声を上げるのは、あの中年侍女と周囲にいた女中達だ。


「ああ、美しすぎてめまいがしますね!」

「これで殿方の身も心も思うがままですわ」

「わたくしも貴方のように、美しくなりたいです!」

「もう、嫉妬してしまいそうですよ」


 などと、彼女たちは口々に思ったことを口ずさむ。

 そう言いたくなる気持ちは、アストールにもよくわかった。なぜなら……。


「こ、これが、わ、わた、し?」


 鏡を前にして、アストールは感動と共に言いようのない絶望感から、絶句する。

 見れば、そこには純白のドレスに身を包む金髪の聖女がいるのだ。

 首から胸骨にかけては細く、滑らかな白い肌が見え、その下にある豊満な胸は谷間を作り出す。そこにはエロチズムと共に、触れてはならない宝石のような美しさがある。


 そして、腰の絶妙なくびれに加えて、スカートより見える細い足首がさらに女性を引き立てていた。何よりその美しい金色の流れるストレートの髪の毛が、ぱっくりと空いた背中を覆い隠している。

 そこに隠れたうなじを見られるのは、この女性に体を許してもらった男だけだろう。もっとも、アストールは誰にも体を許すつもりはない。

 只でさえ美人であったアストールは、化粧にドレスを身に纏うことによって、その美しさは女神のような神々しさに変わっていた。


「う、うそ、うそだ……」


 そう言って絶望の表情を浮かべるアストールは、鏡を見て更に落ち込んでいた。


(くそ、どんな表情を浮かべても、美人は美人じゃねえええかああ!)


 必死で叫びたくなるのを抑えると、目をつぶって大きく息をすっていた。


「どうですか。エスティナ様。新しいご自分を発見できたのではなくて?」


 アストールの美しさに感嘆した中年侍女は、満足感からか笑みを浮かべて聞いていた。


「え、ええ。そうね」


 発見もしたくないけどな。などとは付け加えられず、アストールは引きつった笑みを浮かべていた。

 そんなアストールの化粧台とは反対側からも、また違った黄色い声が上がっていた。


「きゃあ~、かわいい」

「もう、まだ動かないの」

「ああん。これで男の子なんだから、もったいないわ」


 などという侍女たちの声、それにアストールは同情して目を向ける。

 そこにはアストールと同じく、シルクの女性用ドレスに身を包んだレニが佇んでいた。

 髪の毛は少し長めで、ボブカットのように丸く収められている。

 何より発育よろしくない体((男であるから当然であるが))が、その美顔と相まって、逆に妙に神秘的雰囲気をかもし出す。


「お姉さん達、エスティナ様が羨ましい」

「こんなに可愛い従者をお連れになってるんだもの」


 そう言うとレニは顔を真っ赤に染めて、うつむいていた。その仕草一つ一つが、愛らしく、女性の母性本能をくすぐる。

 次の瞬間には侍女たちが、黄色い声を揃えていた。


『可愛い~!!』


 アストールはまだ女性という体にあるから、納得できる部分もあった。否、本人は断じて納得はしていないのだが、レニの場合、男の体でこの状態だ。

 それにはアストールも同情せざるを得なかった。

 更に恥ずかしがるレニを見たアストールも、思わずその言葉を口にする。


「か、かわいい……」


 そう、レニの場合、男と言わなければ、正直女の子でもまかり通るほど素体がいいのだ。


「じゃ、なくて、そろそろ時間なはず! 私たち、そろそろ行かなくてはなりませんの」


 そう言うアストールは慣れないハイヒールで、ぎこちなく歩いてレニの元に行く。

 そして、彼の手を取って、着付け部屋から出ていくのであった。

 後ろからはどっと、悲鳴のような簡単の声が上がっていた。もちろん、それは神々しくも美しく、そして、姉妹の様な二人が手をとったからにほかならない。

 それを気に止めず、いや、あえて無視して、アストールは部屋から出ていく。


「あ、あの、エスティナ様……」


 レニはそういいつつも、相変わらず顔を真っ赤にして俯いている。


「何?」

「ぼ、僕、そんなに、そんなに女々しいんですか?」


 耳まで真っ赤に染めたレニは、涙目で愛くるしい瞳を向けてくる。

 女装をした上に、胸の前に手を組んで聞いてくる仕草。これに男気を感じられる者がいるのなら、教えて欲しい。そう思いつつ、アストールは彼に目を向けていた。


「ごめんなさい。とても、男の子にはみえない」


 その言葉を聞いて、レニは溢れそうになっていた涙を、頬から流していた。


「うう、やっぱり。やっぱり、僕は、女々しいのか」


 レニを泣かせてしまったことからくる罪悪感が、彼女(かれ)を襲う。

 そこでアストールはふと、疑問に思った。


「そう言えば、なんで、私の従者になろうと思いましたの?」


 その言葉を聞いたレニは、鼻を啜りながら答えていた。


「ぼ、僕、村でいつも女みたいって苛められてて、村の皆を見返したくて、神官戦士(プリースト)になったんです。でも……」


 そこで言葉を区切ったレニは、アストールを見据えていっていた。


「誰も僕に対する態度を変えてくれなかったんです」

「それと私、何か関係でもあるの?」


 アストールの問いかけに対して、レニはその愛くるしい瞳を向ける。


「僕は、僕は憧れの男、エスティオさんに男にしてもらうために、エスティナ様、あなたの従者になったんです」

「ようは私のお兄さんを見つける手伝いをするために?」


 そう言ったアストールに、レニは首を縦に振っていた。


「はい。僕を男にしてもらうためです!」


 そうは言うものの、女装がこれほど似合う少年など、この国を探してもレニくらいだろう。そんなことを思ったアストールは、大きく溜息をついていた。


「そう。君を男にするために……ね」


 まさか、レニも自分が探している人が、目の前の女性、エスティナなどとは思いもしないだろう。アストールは内心苦笑しつつ、言葉を続けていた。


「男にしてもらうっていうのは、少し違う気がするな」


 アストールの言葉を聞いたレニは、きょとんとして彼女(かれ)を見つめる。


「男っていうのは、やっぱり、私の中では、腕っ節とかじゃなくてさ。ここの強さだ」


 そう言ってアストールは、レニの平たい胸に手を当てる。


「え?」


 意外そうにするレニを前に、アストールは真面目に答えていた。


「何をあっても曲がらない信念と心、それがあれば、身も心も風格だって、自然と男らしくなるはず。なにより……」


 そこでアストールは言葉を区切ると、真面目に彼を見つめる。


「レニはここが強いじゃないか。それだけでも、充分男の子だ」


 アストールは優しく言って笑みを浮かべ、彼を見つめる。その笑みはどことなく悲しげを感じさせる。それもそのはず、アストール自身は、自分は弱いということに気づいてしまったのだ。

 それに比べれば、この年で過酷な神官戦士の試練を耐えたレニは、相当に精神力があるのだろう。アストールとは比べ物にならないほどに。

 そんなアストールを見たレニは、急に顔をぼっと火照らせて顔を背ける。


「そ、そうなんですかね?」

「でないと、神官戦士(プリースト)にはなれないでしょ?」


 レニは血反吐を吐くような辛い修行にも、村のみんなを見返すために耐えてきた。そうして気づけば司祭から神官戦士として認められていた。

 そのことを思い出したレニは、大きく頷いて見せていた。


「皆それぞれ、考えは違うと思う。でも、私はそう思う。もっと、自分に自信を持て」


 アストールの言葉を聞いたレニは、顔をすぐに彼女(かれ)に向ける。そして、耳まで真っ赤に初めながら言っていた。


「ぼ、僕、従者として、男として、頑張ります!」


 アストールはレニの手をとって、再び笑みを浮かべていた。


「そう、なら、祝賀会では私に恥をかかせないように、従者らしく振舞ってね」

「え、一緒にいてもいいんですか?」


 呆気に取られるレニの前に、膝を屈めたアストールは笑みを向けていた。


「当たり前だろ。お前は私の従者なんだから」


 真っ直ぐに目を見つめると、レニは恥ずかしそうに俯きつつ答えていた。


「は、はい。頑張ります」


 それを内心、可愛いなと思いつつ、アストールはレニの手を引いて、祝賀会の開かれる城の中央広場へと向かうのだった。

 この時、アストールは女性であることを忘れ、愛想良くレニに振舞っていた。これが、今後、どういう結果を招くのかを、彼女(かれ)は知る由もなかった。


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