第31話 舞踏会と騎士と男の娘
騎士代行の任命式には国王トルアも参加し、国防大臣から直接の騎士代行を言い渡されていた。
アストールは特に緊張もしていなかったのだが、妹の設定上、街暮らしで突然王城に来たということで、わざと緊張している風体を装わなければならなかった。
目の前には国王とその息子のハラルド王子並びに、その他の国家を担う重鎮たち。そして、周囲には近衛騎士達と、王立騎士の指揮官達が参列していた。
王立騎士といえど、上に立つ者は礼節を弁えている。それが表面上の物であっても、下っ端はそれさえできないのが現状だ。そんな王立騎士を危惧する内部の人間が、多く存在するのも確かだ。だが、そんなことよりも、アストールは緊張していないのを、気付かせないので焦っていた。
その焦りが功を奏してか、周囲は良いように緊張しているのだろうと勘違いして、どうにか任命式は誤魔化せた。
だが、本当の試練は任命式などではない。
その後に執り行われる行事が、アストールにとって真の試練と言えた。
それは……。
「騎士代行任命祝賀会は、その恰好で行くの?」
メアリーは腕を組んで、アストールのベッドの上に座る。部屋には従者の面々が揃っていた。窮屈そうに縮こまって椅子に座るコズバーンに、窓の外を見るレニ、その近くでジュナルが魔術関係の本を椅子に座って読んでいる。
メアリーの前にはアストールが、紫を基調とした近衛騎士の正装で佇んでいた。
腰には細剣がぶら下がり、下半身はレギンスとブーツ、上半身にはヒラヒラのついたシャツを身に着けている。紫の腰巻と肩掛けには金色の糸で、小さな十字の付いた盾が刺繍されていた。
それが近衛騎士の正装であり、儀礼式典ならばこの服を来て参加しなければならない。
「当たり前です。仮にも近衛騎士ですよ。祝賀会だからと、ドレスを着るなんて場違いすぎますわ」
アストールはそう言って、不機嫌そうな表情を浮かべる。だが、それは単なる言い訳でしかない。近衛騎士とはいえ、一端の乙女である。
内側はともかく、傍から見ればそれはもう絶世の美女。ドレスを着ない方が失礼にあたるだろう。だからこそ、アストールも元男として、それだけは絶対に避けたかった。
彼女(かれ)としては、女の体になっても、ドレスを着る事だけは男のプライドが許さないのだ。
「でも、やっぱり、そんなに綺麗なんだから、一度はドレスを着た方がいいと思うんだけどな~」
メアリーが如何にも勿体ないと言いたげな目で、アストールを見つめていた。
「では、メアリーも参加して、ドレスを着ます?」
「私はただの従者ですから、主人と同じ恰好をすることこそ、失礼にあたります」
アストールの言葉に、わざとらしくメアリーは大仰にだが、きっぱりと答えていた。
それに彼女(かれ)はムスリとして、答えていた。
「本当は着付けが面倒なだけなんでしょ?」
図星をつかれたが、メアリーはそれでも平然と開き直っていた。
「仕方ないじゃん。本当に面倒なんだから」
面倒で窮屈なコルセットを付けたり、ロングのスカートは何より歩きづらい。
もともと狩人を生業にしてきたメアリーにも、アストールの従者になってからはドレスを着る機会は過去に何度かあった。だが、その最初の機会でドレスを着て以来、何があろうともドレスを着ることがなくなっていた。
その理由は一つ。面倒で動きづらいから。
男勝りと言われるのも、その辺りが影響している。
(正直、お前がドレスを着ない方が勿体ないぜ)
などと内心呟きつつ、アストールは他の面子に目を向ける。
レニは相変わらず窓の外を見つめ、ジュナルは本を読み、コズバーンは腕を組んで目をつぶっている。
(にしても、ここまでまとまりがないと、逆に清々しいな)
ここに集まっている従者の面々を見ると、その異質さが改めてうかがえる。
巨漢の無口な怪力男の戦闘狂に、魔術馬鹿の中年おやじ、男勝りな女の子、挙句の果てに少女のような少年神官戦士と来ている。
(それで、俺は、女になった男と……)
そう思い返すと、なぜだか笑みがこぼれてきた。
この国でこれだけ変わった人材を集めろと言っても、逆に無理があるだろう。
(ああ、こんなことを考えている場合じゃない)
アストールは本題を思い出して、全員に聞いていた。
「所で祝賀会なんだけど、従者の参加は自由だそうよ。みんな一緒にいかない?」
アストールの言葉に、ジュナルは本を読むのをやめる。レニも彼女(かれ)に向き直り、コズバーンも目を開ける。
「拙僧は遠慮しておく。今は魔術師の風当たりが悪いのでな」
ジュナルはそう一言だけ告げる。王城で最も権威のある宮廷魔術師長のゴルバルナの裏切りで、魔術師の信用は地に落ちている。そのせいか、王城内にいる魔術師たちは、自然と息苦しい思いをしている。
そんな状況の中、ジュナルのような実力者が会場に行っても、歓迎はされないだろう。
それを予見済みのジュナルは、再び本を開いて読みだしていた。
アストールはため息をついた後、コズバーンに目をやる。彼は相変わらず目を瞑ったままだが、彼女(かれ)の視線に気づいて目を開けて、アストールと目を合わす。
「祝賀会か。その様な所、柄でもない……」
コズバーンはそう言うと、立ち上がっていた。そうして、部屋から出て行こうとする。
「あ、ちょ、ちょっとどこに行くの?」
アストールの問いかけに対して、コズバーンはいつもの調子で告げていた。
「酒場だ」
アストールはそれを聞いて、落胆しつつ答えていた。
「あ、そ。いってらっしゃい。騒ぎは起こさないでね」
「承知した」
コズバーンは無愛想に言い残して部屋から出ていく。引き留めたところで、彼は祝賀会に参加しないだろう。だからこそ、アストールはそのまま彼が退室するのを見送っていた。
「あ、あの、僕も行きたいんですけど……。服がこの神官戦士の服しか」
「いや、来なくていいから」
レニがそう続けようとするのを、アストールはすぐに遮っていた。
ただでさえレニとは妙な噂が立っているのだ。その上、ここでレニを連れて行ってしまうと、貴族の若い娘達にまで変な噂が広がりかねない。それは何としても避けたい。
アストールの言葉を聞いたレニは、目を潤ませて今にも泣きだしそうになる。そんなレニを見たメアリーは、じっとりと纏わりつく視線を彼女(かれ)に送る。
「あ、いや、そうじゃなくて、服がなかったら、来られないでしょ。無理に付いてこないでも大丈夫っていう意味よ」
すぐに弁解するアストールに、その場でレニは服の袖で涙をぬぐう。
「いえ、いいんです。僕も付け上がってました。新人の従者が祝賀会に行くこと自体が、場違いですから」
その健気な姿を見ると、なぜか参加させてやろうとも思ってしまう。
ある意味、魔性の少年ともいえるだろう。
アストールがレニを宥めようとすると、彼は大きく首を振っていた。
「いや、まあ、従者だから、その服でも構わないわよ?」
「いいんです。僕はお留守番で」
そこまで頑なに行くことを拒否されると、アストールは逆に連れて行きたくなっていた。
レニの横に歩み寄ろうとした。その時だ。
「それよりも、アストール」
メアリーがアストールを、突然呼び止める。
「なんだ?」
「先に謝っとくわ。ごめん」
急に謝意を表明され、アストールは混乱する。
「え? 何を謝ってるの?」
暫しの沈黙の後、メアリーは静かに口を開いていた。
「いや~、実はドレスの着付けの侍女を、もう呼んじゃってるのよ」
「え、ええ!?」
アストールはその言葉を聞いて、しばし絶句する。寝耳に水とはこのことである。動かなくなったアストールは、メアリーにぎこちなく目を向ける。
「お、おい、冗談はよしてくれ」
「冗談? いえいえ、そんなに美しいのに、ドレスを着ないことの方が冗談でしょ」
メアリーの皮肉とも取れる発言に、アストールは口を戦慄かせていた。
「ぜ、ぜぜ、絶対にドレスなんて着ないからな!」
頑なに拒否を始め、アストールは部屋から出ていこうとする。侍女が来る前に、会場に逃げようとしたのだ。だが、それもメアリーには予想済みの行動だった。
「逃げても無駄だよ。だって前見て」
メアリーは笑みを浮かべて扉を指さしていた。
その先、アストールの目の前には、恰幅のいい女性の侍女が立っている。年は中年を過ぎたころだろう。さすがは王城付侍女、伊達に過酷な侍女業務を長年に渡ってこなしてきてはいない。
どっしりと構えるその姿には、貫禄さえ感じさせる。大きな体から発せられる、声量、腕力、その全てがたくましかった。
「まあ、なんて美しいの! これは着付けするかいがありそうなこと! さあ! すぐに着付け室へ行きますよ!」
そう言うなり、その侍女はアストールの手を取っていた。
「ちょ、ちょっとまって、ドレスなんて絶対に着ない!」
アストールはギリギリ男口調を抑えて、侍女のおばさんの腕を振りほどこうとする。
だが、彼女の王城で鍛え抜かれた腕は、女の腕力では振りほどけない。
「だめですよ! こんなに美しいのに、勿体ないにもほどがあります」
振りほどけなかった事に、アストールは心底溜息をついていた。最後の抵抗とその場で腕を持って、踏ん張っていた。
だが、それも無駄な抵抗だった。中年侍女は彼女(かれ)を軽々と引きずっていく。
(な、なんて馬鹿力なんだ)
コズバーンも真っ青な、そのパワフルなおばさんを前に、レニが駆け寄ってくる。
「ああ、レニ! 良いところにきた! 早くこのおばさん止めて!」
だが、その発言を聞く素振りを見せないレニは、中年侍女に向き直っていう。
「あ、待ってください! 僕も手伝います!」
それを見た侍女は、更に満面の笑みを浮かべていた。
「あら! なんて、可愛らしい妹さんなの! さあ、あなたも一緒にきなさい!」
その太い腕と勢いのある声で、威圧しながらもう片方の手でレニの手を取っていた。
「え、あの、ぼ、ぼくはおと」
動揺するレニを見た中年侍女は、何を勘違いしたのか大きな声で言う。
「あら! ドレスが初めてだからって、そんなに恥ずかしがることはないわ! さあ! いきますわよ!」
周囲の意見を聞くことなく、現在男の子と、元男は引っ張られて部屋から出ていく。
それをメアリーは笑顔で、手を振りながら送り出すのだった。
もちろん、この時、アストールは引きずられながらもしっかりとメアリーを睨みつける。
もはやそれは、メアリーからすれば、悪あがきにもならない憂さ晴らしに感じられた。
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