第29話 尖れた牙は丸く削られました 3

「よく一人で参ったな。それは誉めてやろう!」


 王都ヴァイレルから離れた小高い丘、そこが二人の試合場所であった。

 丘の上で佇む一人の騎士、エストルは剣を手に持ち、アストールを待ちうけていた。

 周囲にはエストルと仲のいい近衛騎士たちや王立騎士たちが集まっていた。

 その中には何人かアストールが見知った顔もある。

 事あるごとに、アストールに歓楽街で喧嘩を吹っかけてくる王立騎士の男や、普段から敵意を向けてくる近衛騎士だ。


 だが、今は妹であるエスティナ・アストールだ。エスティナとは関係のないはずの連中がなぜか、ここに集っているのだ。ましてや、近衛騎士に至っては、男の時から、なぜ敵意を向けられてきたかさえも分からない。


(あ~、なんか。あんまり雰囲気よくないな)


 などと内心思いつつ、アストールは周囲を見回す。

 小高い丘の上で、ヴァイレルを見下ろせるほどの高さの山、見上げれば山脈がその雄姿を連ねている。

 そんな山脈の麓の丘での試合だ。周囲は所どころ背の低い茂みが生え、木々もまばらに生えている。伏兵が身を隠すには、絶好の場所と言っていい。


「あ~の~。私は一人で来たんですけど、なんで、そっちはそんなに大勢いるんですか?」


 アストールはとぼけた風に、エストルに指をさしていう。すると、彼は咳払いをして答えていた。


「これは私が勝った時のための証人と立会人だ」


 そう一言だけ告げるが、どことなく怪しさがぬぐえない。

 アストールは跨っていた馬から降りると、近くにあった木に手綱を括り付けていた。


「それだったら、私も従者を連れてきてもよかったんではなくて?」

「ふふ、それもそうであるな。だが、それはどうしてもならないんだ」


 エストルは周囲の者たちに目を向ける。

 周囲にいる男たちは、不敵に笑いながらエスティナを見据えていた。

 アストールもつられてそ騎士たちに目を向ける。屈強な近衛騎士に、柄の悪い王立騎士の男達との関係をアストールは思い出していた。


 近衛騎士を除けば、どの騎士達も一度は何らかの揉め事で、ボコボコにした覚えがある。

 ただ、アストールは男に対しては、極端なほど顔覚えが悪い。

 ましてや、歓楽街では何人の男たちを、その拳でしばいたかさえ覚えていない始末だ。

 そんな男達しかいないとなれば、さすがのアストールも不安感を煽られる。


「あの、その理由聞かせてもらってもよくて?」


 エストルは不敵に笑い、アストールを見下すような目を向ける。


「ふふ。後々、わかること、今は語らなくともよい。さあ、エスティナよ! 来るがいい!」


 エストルは唐突に腰から剣を抜いて構える。


「あら、そうですか。なら、力づくで聞き出すしかなさそうね」


 アストールもそう言うと、周囲を気にかけつつ腰の細剣を抜いていた。

 まだ、かなりの距離があるが、アストールはゆっくりとエストルに近づいていく。


「何を警戒することがある? これは私とお前の一対一の勝負! 近衛騎士である私が貴様を相手に、小細工などするものか! そちらから、こぬのなら、私から参ろう!」


 などと言い放ったエルトルは、重い甲冑を身に着けているにも関わらず、アストールに剣を構えて突進する。

 右手に細剣、そして、左手に小さな鉄の小盾を手にしたアストールは、その無謀な突進にほくそえむ。


「エストル様! 甲冑を着ての突進は、馬鹿を見るのではなくて?」


 などと、アストールは言うが、両手に剣を構えたエストルは、雄叫びを上げながら剣を振り下ろしていた。

 勢いに任せた一撃、だが、その一撃を受けるとダメージは大きい。

 そう判断したアストールは、冷静にその振り下ろされる一撃を見定め、身を少しよじるだけで避けていた。

 そして、すばやく細剣をエストルの首筋に押し当てる。

 エストルはそれに喉を唸らせる。


「はい、勝負あり」


 アストールの声にエストルは、口を戦慄かせながら彼女(かれ)を睨み付けていた。

 だが、周囲からは落胆の溜息はおろか、驚嘆する声一つあがらない。

 その異様な雰囲気を感じ取ったアストールは、内心焦っていた。絶対に何かが仕組まれている。そうでなければ、周囲の男達が何も反応を示さない訳がない。


 アストールは気になって目を周囲に向ける。そう、エストルから視線を外していた。

 その時だった。突然手に持っていた細剣が弾かれ、宙を舞う。

 エストルが華麗な剣捌きで、アストールの細剣を弾き飛ばしていたのだ。


(しまった!)


 最初からそれが狙いだったということに、アストールは今更ながら気づいたのだ。


「ふふ、勝負あったのは、こちらの方よ。今のを見たか? 同志たちよ?」


 エストルの声に呼応して、それぞれに男たちは声を上げる。


「ああ、見たぜ」

「これはエストルの勝ちだな」

「ふふ、これで復讐を果たせるぜ」


 などという言葉が、聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと、待て! 今のを見たでしょ!? 今、私はエストルに剣を突きつけて、一本取ったのよ!」


 アストールのその叫び声に対して、周囲の近衛騎士や王立騎士達は下卑な笑い顔を浮かべていた。


「はは、そんなのは見てなかったな。俺たちが見たのは、エストルが剣を弾いて、お前を負かした所だ」


 王立騎士の一人が笑みを浮かべて、アストールに言っていた。


「ど、どういうことよ? これ」


 アストールは動揺しつつも、エストルを問い詰める。


「はは。ここに集まったのは、お前の兄に被害にあった連中なんだ。正直に言おう。これはエスティオに被害を受けた被害者の会なんだ!」


 これだけの男達から恨みを買われる覚えはない。ピンとこないアストールは、内心呟いていた。


(いや、ぼっこぼこにしたあのへっぽこ王立騎士の連中ならわかるが、近衛騎士には全然、恨まれる筋合いはないと思うんだけどな~)


 呑気にそう思うアストールを前に、エストルは更に強気に出る。


「ふふ。貴様は負けた! さあ、近衛騎士団、否、ヴァイレルから去るがいい」


 その理不尽な言いように、当然アストールが納得する訳もない。


「いやいや、全然納得いかないし、何より、私が勝ってたし」

「では、なんで、貴様は剣をもっていない?」


 エストルにそう問い詰められた時、アストールはぶちぎれそうになるのを我慢して答えていた。


「いやいや、あんたが卑怯なことしたからでしょ」

「さて、私がそのようなことをしたか?」


 エストルがそう言って白々しく、後ろの騎士達に問いただす。

 だが、誰一人として、肯定する者はいなかった。


「い~や、なかった」

「俺はその女が剣を弾かれたのを見た」

「あれは女の負けだな」


 と個々に呟くばかり。

 それに付け加えて、エストルが止めの一言を付け加えていた。


「というわけだ。生き証人は、全員私の勝ちと言っている。まあ、非公式な試合ゆえに、このことを無下にして残っても構わんのだぞ。まあ、他の騎士からは蔑まれるだろうがな」


 このまま、騎士代行に居残ったとしても、この噂を流して評判を落とす。と脅しをかけているのだ。当然、他の騎士達からは蔑まれ、まともに口もきいてくれなくなるだろう。

 何より、まともに仕事が回ってくるかどうかもわからなくなる。

 勝ち誇るエストルを前に、アストールは口を戦慄かせる。


「さっきから黙って聞いてりゃ、自分勝手な事ばかり言いやがって! そんなこと、誰が信じるんだ!?」


 それでもエストルは下卑な笑みを隠さない。


「新人の騎士代行の貴様が言うことと、近衛騎士団団長とその証人が言うこと、どちらが信頼されるかもわからないのか?」


 そう言われると、何も言い返せない。

 事実がどうあれ、そうなったとすれば、信憑性は騎士団長の方が高いのだ。


「く、この卑怯者!」

「結構! そう言うと思っていました。ですが、私も悪魔ではありません。このことを全て水に流して、騎士代行に留まることを認めてもやってもいい」


 その言葉にアストールは再び、剣を持って戦うことが許されるのかと期待する。

 だが、その期待は無情にも、踏みにじられる。


「ここにいる男達にその体を捧げればね」


 エストルの言葉でようやくアストールは確信した。

 最初からこれが目的であったのだ。と。

 だからと言って、この男どもに抱かれるつもりは毛頭ない。何よりアストールは、男には興味がないのだから。


「はあ? ふざけるな! こんなこと認められるかよ!」


 逆上したアストールは、飛ばされた細剣を拾いに行こうとする。だが、それをエストルは剣を突きつけて動きを封じていた。


「おっと、行かせはしませんよ」


 動きを止めざるをえないアストール。だが、まだ武器がないわけではない。

 アストールは腰の短剣を素早く抜いて、突きつけられていた剣を弾いていた。


「そう簡単に、やられはしない!」


 アストールは短剣と盾を構えると、エストルに向き直る。


「ほほう。まだ、戦う気ですか? この人数を相手に?」


 エストルがそう言うと、次々と男たちがアストールを包囲する。その手には剣が握られている。


「生憎、往生際が悪いんでね」


 不敵に笑うアストールを前に、一人の男が口を開いていた。


「へん! 観念しな!」


 その男の顔はひどく下卑た笑みを浮かべている。


「ていうか。なんで、そんなに皆必死なの?」


 アストールの問いかけは、彼女(かれ)の心理をそのまま口にしているに過ぎない。

 彼女(かれ)の言葉を聞いた男が、表情を一変させていた。


「ああん? 決まってんだろうが! 俺から酒場の姉ちゃんを奪われたんだ! その償いをてめえにしてもらうんだよ」


 それに続けて、次々と男たちは自分たちの被害を言っていく。


「俺はお前の兄貴に女を寝取られたんだ!」

「俺は恋路を邪魔されたんだ!」


 後ろで控えめに近衛騎士の一人が言葉を発する。


「妹が……」


 だが、近衛騎士はそこで言葉を発するのをやめて、アストールから目をそらしていた。

 口々に男たちは自分たちにあった悲劇を言っていく。だが、アストールは、そのような出来事を一つ一つ記憶しているほど、覚えはよくない。

 何より、男達に関しては、完膚なきまでに殴り倒したことこそ覚えはあるが、それ以外に何か思い当たることはない。


「だ、だからって! なんで、お、じゃなくて、私に恨みを晴らしに来るわけ?」

「ああん? 決まってんだろうが! あいつの一番弱いところを狙っているだけだ!」


 そこでアストールは呆れかえっていた。

 喧嘩の腕っ節で勝てないと判断した彼らは、その憂さ晴らしを妹にしようとしているのだ。そこで、アストールは内心思う。


(そんなんだから、俺に勝てねえんだよ……)


 そんなことを思いつつ、アストールは改めて男たちを見直す。

 彼を囲むのは王立騎士の男三人。その男達をまじまじと見つめる。そこでようやく、アストールは三人を殴り倒した理由を思い出していた。


「そういえば、お兄様にお聞きしたお話を思い出したのですけど」


 アストールは唐突にしゃべりだす。それに男たちは動きを止めて、アストールを見据えていた。


「酒場のお姉さんっていった方? それはあなたが酒に酔ってお姉さんにしつこく言い寄ってたからじゃなくて?」


 アストールの言葉に、男は何も言い返せなかった。そう実際は彼女(かれ)の言う通り、酒場のお姉さんにしつこく言い寄ったからだ。その当時、いらついていたアストールにとっては、喧嘩を吹っかける切っ掛けができたと内心喜んでいたことは内緒である。


「それに、そちらの方は恋路を邪魔されたなんていってますけど、お兄様は女性から直接依頼を受けて、しつこく付き纏ってくる男を追い払ってほしいとお聞きしてますわ」


 図星だったのか、もう一人の男も顔をくしゃくしゃにして睨みつける。


「う、うるしゃい! それはただ単に、片思いだっただけだ!」

「でも、何も言わずに家の前までついて行っちゃうのは、いけないと思いますけど?」


 余裕たっぷりの嫌味に、男は更にエスティナに対する憎悪を募らせていく。


「ぜってぇ、やめてって言うまで、犯し尽くしてやる」

「ああ、怖い。これだからストーカー男は……」


 大げさに怖がるふうな仕草をするアストールを前に、男たちは苛立ちを隠せないでいた。

 アストールも遊び人とはいえ、そこまで酷いことをすることはない。喧嘩沙汰を起こすこともあるが、大抵の理由は彼に大義があることが多い。

 最も、彼自身、喧嘩でストレスを発散しているのも事実ではあるが……。


「それに、自分たちが喧嘩で敵わないからと、妹で憂さ晴らしなんて、最低ね。本当に甘ちゃんだわ」


 首を振ってみせるアストールを前に、王立騎士の一人が一歩踏み出す。


「うるさい! どんなことがあろうと俺たちは、お前に恨みを晴らさせてもらう」


 王立騎士の一人が素早く剣を抜いて、アストールに斬りかかっていた。

 騎士をやっているだけあって、その太刀筋は鋭い。しかし、近衛騎士の太刀筋よりは、鋭くとも直線的で見えやすい。

 アストールはその初撃を左手の盾で受けると、そのまま受けた剣を盾で払いのける。

 そこには無防備な王立騎士の、唖然とした顔が見える。


「だから、甘いって言ってんだろ!」


 アストールは甲冑を身に付けているにも関わらず、身の小ささを生かしてそのまま男の懐に入る。そして、思い切り鉄の小盾で頬を殴っていた。

 瞬時に昏倒して倒れこむ男。だが、アストールは油断していた。けして、相手が一人でないということを、失念していたわけではない。

 だが、どう足掻いても、一対三では分が悪かった。特にこの復讐と欲望の塊とかした男たち相手では、普段の手は通用しなかった。


「しまった!」


 アストールの予定では、一人の男を倒したあと、怯む二人をじっくり料理するつもりだった。だが、それは相手がまともな神経であった場合のみ、通用する手だ。

 相手は正気ではない。それゆえ、一人やられようとも、怯むことなく彼女(かれ)に向かってきていた。

 背後を取られたのに気付いたのは、男を倒した直後だった。気付いた時にはすでに遅し、男が剣を叩きこんできていた。

 鉄と鉄が強烈な音を立て、アストールの背中にとてつもない衝撃が走る。

 瞬時にして息ができなくなり、その場に声を上げることなく膝をついていた。


「へへ。口ほどにもねえな。おら、ひん剥くぞ」


 倒れた男を放置し、二人の騎士は膝と手をついたアストールを足で蹴倒していた。

 意識こそあるものの、痛みと息苦しさで自分に何が起こっているのかもわからない。アストールは声にならない声を出していた。


「が、や……め、さ、わるな」


 だが、男たちは容赦なく、アストールから自由を奪っていた。

 握っていた短剣はとられ、腕や胴体についている甲冑は外されていく。意志とは関係ない行為に、アストールは不安と絶望に駆られる。


「う、ああ。やめろ」


 混濁した意識が回復した時には、身ぐるみを剥がされる一歩手前だ。甲冑はなくなり、シャツと薄手のパンツ、下着があらわになっていた。

 手は男に拘束されて自由が利かず、自分が座らされているのに気付いたのも意識が回復してからだ。

 痛みで歪む顔で、それでも殺気の籠った視線を男に突き付ける。


「へへ、いい顔するじゃねえか」

「楽しみがいがありそうだぜ」


 それでも男たちは下卑な笑みを消さなかった。むしろ男たちの加虐心をたきつけ、そして、その欲望を増大させるだけだった。

 アストールはそこで初めて恐怖した。今自分の身を守るものはない。

 短剣はどこかに放られ、盾や腕当てもない。ましてや、今の体は女だ。

 男の時ならば、強靭な体でこの程度の男二人を返り討ちにできた。だが、今はどうだろう。男に掴まれた両手はどんなに力を入れて動かそうとしても、その男の拘束をとることができない。

 むしろ抵抗すればするほどに、手首が締め上げられて、今までにない苦痛を与えられる。


「へへ、もっと抵抗しろよ。しないと、てめえの貞操は奪われるんだぜ」


 男が顔を目の前まで近づけてきて、アストールに下卑な笑みと視線を浴びせる。

 アストールはそこで初めて言葉を失った。

 自分に向けられる獣のごとき、否、獣以上の汚らわしい視線。

 今から何をされるかということも分かっている以上、抵抗できないことが余計に歯がゆく、蹂躙されることが彼女(かれ)のプライドを傷つける。

 それと同時に言い知れない恐怖が胸の内から、ふつふつと湧き出ていた。


「おいおい、これで終わりかよ。つまらねえな」


 一人の男が不満そうに、アストールの顔を見る。彼女(かれ)の顔には、今恐怖の二文字が張り付いていた。


(お、おれは、怖いのかよ……。こんなに、こんなに弱かったのかよ)


 口を戦慄かせるアストールを前に、男二人は彼女(かれ)に襲いかかろうとする。

 その時だった。


「おい、お前たち! やめないか!」


 一人の男の怒声によって、その場に静寂が訪れていた。

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