第28話 尖れた牙は丸く削られました 2

「で、アストール? その試合には一人で来いって言われたわけ?」


 レニを抱えたメアリーが、鏡の前で鎖帷子を付けるアストールに言っていた。

 レニは抱きつかれたせいか、顔を真っ赤に染めてうつむいている。

 それを見たメアリーが意地悪く笑みを浮かべて、立派とは言えない胸を彼の背中に押し付ける。それで余計にレニは身動きがとれなくて、アストールに助けの視線を求めてくる。

 だが、普段、ストーカーかと思うまでに、付き纏われているアストールとしては、助ける気も起きなかった。何より。


「ええ。昨日、彼の従者が来て、私にそう言い渡してきましたの」


 レニがいるゆえに、いつもの口調で喋られないアストールは内心苛立っていた。


「不幸中の幸いなのは、特注の甲冑が届いたことでしょうな」


 そう言ってジュナルはアストールの足元にある、軽量な合金でできた鎧を抱え上げる。


「て言っても、これ着て戦える自信がないわ」


 アストールはそう弱音を吐く。今まで軽装で戦ってきた分、重い鎧を着ての戦いとなると、どうしても動きが鈍る。

 何よりも、今のアストールから素早さをとると、エストルを上回る要素は一つもない。


「しかし、相手は本気できますからな。どうしても、防具はちゃんとしておかなければなりますまい」


 ジュナルの言葉は尤もなことだった。エストルは今回の非公式な試合に、甲冑を付けてくるように言っているのだ。

 表向きはアストールの身を案じるという理由だが、裏を返せば、少しでも勝てる要素を多くしておきたいという思惑があるのだろう。


「第一近衛騎士団の団長は、器量が小さいわね。あれは団長の器じゃないわね」


 メアリーはそう言うと、レニから離れていた。そして、アストールのベッドへと座り込んでいた。


「あ、あの、着付けを僕にも手伝わせてください!」


 メアリーから解放されたレニは、早速アストールの元にかけていく。


「ああ、頼む」


 アストールもそれには快く返事をしていた。

 胴当てを付けるにしろ、腰当てを付けるにしろ、鉄の鎧を着る以上は、もう一人の力が必要となる。いつもならば、メアリーやジュナルに手伝ってもらうのだが、二人は新人従者に気を遣って、レニに着付けを任せていた。

 手際よく着付けを済ませると、アストールは最後に兜を手に持っていた。


「エスティナよ。本当に拙僧らの同行は必要ないのか?」


 ジュナルは鋭い目つきで、アストールを見据えていた。


「いくらエストルといっても騎士団長ですし、あまり心配することはないと思います」


 アストールは微笑みを浮かべて、ジュナルとメアリーに続けて言ってきかせる。


「ここで勝利の報告を待ってて頂戴ね!」


 自分の口調を気持ち悪いと内心苦笑しつつ、アストールはジュナルに背を向けて部屋を出て行っていた。アストールも不安があるだろうが、ここに残された者にも不安は付きまとう。

 しばしの沈黙が部屋を支配していた。


「にしても、一人で行って大丈夫かしら?」


 メアリーが抱いていた疑問を呟くと、ジュナルも不安そうに言う。


「女性でありますからな。心配ではありますな」

「一応、ついて行っておいたほうがいいかもしれないわね」


 メアリーはそう言うが、ジュナルは決めかねていた。過去に一度言ったことを守らなかった時、しばしアストールは口をきいてくれない時があった。

 ましてや、自分の仕えている主人である。

 主人の言いつけを守れない従者に、従者たる資格はないとジュナルは思っていた。


「ふむ。だが、我らが主の戦、見守らないわけにもいかない。だが……」


 あのエストルのことだ。

 もしもジュナル達がこそこそ付いていった事が判れば、それこそ、評判を落とすための格好の口実になりかねない。ましてや、今いる従者はジュナル、レニ、メアリーである。三人が三人とも、手に付けている職は達人級の腕前だ。


 特に魔術師がいるとなれば、話はでっち上げやすい。

 負けた時には、アストールが魔術師の力を借りたといちゃもんをつけられかねない。

 だからこそ、ジュナルは付いていくことを悩んでいた。

 そんなジュナルたちのいる部屋に、扉をノックする音が響いていた。


「すみません! エスティナ殿はおられませんか!?」


 荒げた息と口調からして、その声の主がえらく慌てているのがわかる。

 ジュナルは立ち上がって、扉を開けていた。

 そこには一人の好青年が佇んでいた。額には汗を浮かべ、その顔は少しだけ焦りを見せている。その青年にジュナルは見覚えがあった。


「貴殿は、ウェイン殿ではないか」


 意外な訪問客に、ジュナルは驚いていた。


「は、少し急用がありまして」


 そう言われるもののジュナルが知る限りでは、アストールとウェインの関係はそこまで親しいものではない。心当たりが全くないので、ジュナルは怪訝に思う。


「急用?」


 疑問を突き付けると、ウェインは息を整えた後答える。


「ええ! エストル殿との秘密の試合のことです!」


 ウェインの言葉にジュナルはすぐに表情を険しくする。


「どういうことか、説明願おうか?」


 ジュナルの鋭い視線を前に、ウェインは言葉を紡ぎ始める。


「私がエストル様の部屋に行こうとした時、王立騎士のごろつきと一緒にエストル様が出て行ったのを見たんです。そこで話を聞いてしまったのです」


 ウェインはジュナルに包み隠さず、あったことを話し始める。次々と出てくるウェインの言葉に、ジュナル達は表情を険しくしていく。


「……というこです。ですから! 早く、エスティナ殿に知らせなくては思いまして」


 そう言うウェインを前に、ジュナルは険しい表情で答えていた。


「残念ながら、エスティナはもう王城を出ているころかと」


 彼の言葉に合わせるように、窓の外を眺めていたレニが慌てて叫ぶ。


「あ、あれ! エスティナ様が馬で城から出ていきました!」

「ま、まずい。すぐに後を追いましょう! あんな馬鹿げたこと、絶対にやらせてはいけません!」


 ウェインは焦りを見せつつ、すぐにその場から駆け出していた。

 ジュナル達従者一同もウェインの後に続き、すぐに彼女(かれ)の後を追うのだった。

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