第27話 尖れた牙は丸く削られました

 アストールがヴァイレル城に戻ってからも尚、王城はとても騒がしかった。

 なんと言っても話題の人物が、二人も王城にいるのだ。

 その一人は史上最年少の天才神官戦士レニ・フロワサールで、もう一人が話題にかけないアストール家の嫡子の妹、エスティナ・アストールである。

 何よりも、王城が騒がしい原因は二人の関係にある。

 それが……。


「なんで、いつも一緒に付いてくるわけ?」


 アストールは不機嫌そうに、金魚のフンのごとく後ろにいるレニに叫ぶ。


「だ、だって、僕はあなたの従者ですから!」


 だが、負けじとレニもアストールに言い返していた。

 そう、王城内が騒がしいのは、その話題の二人が主従関係であることが一番の原因だった。その一風変わった組み合わせの、女騎士代行と最年少神官戦士が人目に止まらない訳がない。

 そして、何よりも、この変わった組み合わせによって、アストールに妙な噂が立っていた。それが。


「まあ、見て。エスティナ様ったら、いくら好きだからって、王城にまで一緒に連れますなんて、そうとうレニ様にぞっこんらしいわ」


 などと、あえて聞こえてくるように言ってくる年配の貴族の奥方たち。

 そう、アストールが美男子好きの女性で、夜な夜な善からぬ関係を持っていると噂立てられているのだ。

 それもそのはず、レニは女の子と見間違われるほど、美しくまた可愛らしい。そんな従者が四六時中、夜中のお風呂の時間まで着替えを持たせて一緒に居るとなると、もはや、そう噂だてる方が普通といったところだ。

 実際のところは、アストールが風呂に入ると聞いて、着替えを持って勝手に付いてきただけだ。律儀にもアストールが風呂から出るまで外で待っている始末だ。


「ああ! もう! なんで、一緒についてまわるの!?」

「ぼ、僕は従者です! あなたについてまわるのが仕事です!」


 などと、言って一歩も引き下がらない。いざ、レニの前からこっそり姿をくらまそうものなら、彼は涙目でアストールの部屋の前で帰りを待っているのだ。


「お、じゃなくて! 私はお前が従者になることは認めたが、四六時中一緒にいろなんて言った覚えはない!」


 何より、俺は男に興味なんてない! とも叫ぶことができないアストールは、レニを睨みつけていた。だが、彼も彼で引き下がろうとしない。


「な、なんでですか! 騎士の従者の仕事は、主人たる騎士の身の回りの世話が最も基本的なことです! それをなんで僕にさせてもらえないんですか!」


 アストールは自分でできる範囲のことは、今の今まで自分でやってきていた。

 最近では洗濯物や食事をメアリーに任せたりすることもたまにあったが、基本的に自分の生活は自分で世話をしている。要は他人に尻を拭わせたくないのだ。

 そこがまた周囲の騎士達や貴族達から不思議がられていた。だが、それが女となった今は功を奏して、家事のできる女騎士代行として、妙に注目も浴びていた。

 だからこそ、四六時中従者を従わせるのに、疑問を持つ者が多い。


「だから、自分のことは自分でするの! 私の従者になった以上、レニ、あなたも自分の世話は自分でしなさい! というか、私の世話はしなくていい!」

「そう言うわけにはいきません! 僕は従者なんです!」


 睨みつけても一向にひかないレニは、アストールに純真で真っ直ぐな瞳を向ける。

 レニの頑固さに負けたアストールは大きく息を吐いていた。


「わかったわ。じゃあ、もう、好きにして。私、従者に対しては基本放任主義だし、もう、勝手にしなさい」


 アストールがそう言って諦めると、レニは満足げな表情を浮かべる。


「やったああ! じゃあ、お次は何をしましょう! エスティナ様!」


 目を輝かせて次の指示を待つレニ。あまりにもその目が眩しいので、アストールは顔をそむける。


「どうでもいいから、一人にしてくれない?」

「はい! じゃなくて、それはできません。僕は好きにやらせてもらいます!」


 レニの言葉にアストールは、大きくため息を吐いて歩き出していた。


「ああ、そう。なら、しばらく付いて来れば、特にやることないし」


 浮足立ったレニに、大きく疲れ切った表情のアストール。

 今更になって、アストールは中途半端な気持ちで彼を従者にしたことを後悔していた。

 この様なことになると知っていれば、確実にレニを従者にしたりはしなかっただろう。


 アストールはやることなく足を進めていると、ふと、一人の侍女が目に留まった。

 黒い髪を綺麗に手入れしていて、その体を綺麗な王城付侍女の服装に身を包んでいる。

 庭の中央で花の手入れをしているその姿がまた、愛くるしい。

 そう、一度は床を共にしようと思ったアリーヴァである。


 結局、彼女とはあの事件以来、事件の処理で忙しくて会う機会もなかった。王城内の現場検証に報告書のまとめ、挙句の果てに勲章授与式と、色々と行事や仕事が重なっていた。


(いい雰囲気にまで持って行ったのに、もったいない。もう、何もできないだろうな)


 などという後悔が、更にアストールの気を滅入らせていた。

 そんなアリーヴァと目があい、アストールは慌てて目をそらしていた。

 今は女性であり、なおかつ、自分自身の妹である。アリーヴァとは初対面であり、なおかつ、名前さえも言ってはならない。

 だからこそ、関わらないように目をそらしたのだ。だが、それが逆効果だった。

 アリーヴァはそんなアストールを見て、小走りで近寄ってきていたのだ。


「あ、あの、あなたはエスティオ様の妹君であられますよね?」


 その場を立ち去ろうとしたアストールの後ろから、アリーヴァが声をかけてきた。

 それでも無視して行こうと決め込み、アストールは足を進めようとする。

 だが……。


「エスティナ様! お呼びになっておられますよ」


 レニがそんなアストールを引き留める。思わずレニを殴り飛ばしたくなる衝動を抑え、アストールはアリーヴァに向き直っていた。


「え、ああ。そ、そうだけど? 何か御用?」


 不機嫌そうなアストールの顔を見たアリーヴァは、慌てて頭を下げていた。


「あ、呼び止めて申し訳ありません! わたくし、王城付侍女のアリーヴァと言います! 呼び止めて本当に申し訳ありません」


 逆にそこまで謝られると、アリーヴァが粗相を働いた。とまた変な噂を立てられかねない。それはそれでアストールも困る。そこでやむなく答えていた。


「いや、そんなに謝らなくていいから!」

「え?」


 きょとんとした表情を見せるアリーヴァに、アストールは思わず胸がきゅんとなる。

 だが、今は女の身だ。中身が男でも、彼女と肌を合わせることなど叶わない。


「いや、いいから。何もしてないし、それより、何か用?」


 意外に優しく接してくれたことに、アリーヴァは安堵しながら答える。


「あ、その、あなたのお兄さんに、一言お礼を言いたくて」


 アリーヴァはそう言うと、急に顔を朱に染めて顔を背けていた。そこでアストールは怪訝な表情を浮かべる。


「え? 何かしたの?」


 アストールの問いかけに、アリーヴァは表情を暗くしてから答える。


「あの、わたくし、エスティオ様に命を救われていまして、できるなら、直接お礼を言いたかったのですが、お会いする機会がなくて……」


 切なそうに表情を暗くするアリーヴァは、胸の前で手を握りしめて続ける。


「私みたいな、ただの王城付き侍女が、だいそれたことなど言えません。ですけど、どうにかお礼を言いたくて、あなたを呼び止めたんです」


 アストールはそこで納得する。


(なるほどな。あの時のこと、まだ覚えてたのか。てことは、まだチャンスはあるってことか。早く男に戻らないと!)


 アリーヴァはあの変態黒魔術師から、アストールが守ったことを覚えていたのだ。

 一人よからぬことを考えるアストール。そんなアストールとは対照的に、アリーヴァは急に彼女(かれ)の手を取っていた。


「あの、私が言うのも難ですが、絶対にエスティオ様を見つけてください!」


 そのエスティオたる当の自分が、目の前にいることなど言いたくても言えない。

 そんな歯がゆい状況の中、アストールはアリーヴァの手を握り返していた。


「ええ! 絶対に戻ってきますから! 心配しないでください!」


 微妙に食い違った答えを出すが、それでもアリーヴァは気にした様子をみせなかった。


「もし、見つけた時は、こうお伝えください! わたくし、アリーヴァはいつまでも、あなたの帰りを待っています! と」


 意外にもストレートな告白に、アストールは微妙に胸を高鳴らせる。できるなら、このまま唇を重ねてもいいと思ってしまう。

 だが、しかし、彼女(かれ)は女だ。どうしようもない事実と状況に歯噛みして、アストールは答えていた。


「わかりました! 絶対に伝えます」


 こうして、アストールは男に戻る決心を改めて固めるのだった。

 もちろん、その動機が不純であることは、言うまでもない。

 その妙な光景を、レニは不思議そうに見つめるのだった。

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