第26話 ゴルバルナ秘密の実験 6
「く、あと、少し! あと少しで! 私の研究は完成していたのに!」
ゴルバルナはエスティオ達の足止めを行い、慌てて細い階段を駆けあがっていた。
このまま駆け上がれば、この王城の北側部分にある廊下に出られる。
ゴルバルナは悔しさを隠しきれず、再び毒づいていた。
「くそ! くそ! 私の研究さえ完全に完成していれば! 騎士なんぞ!」
階段を登り切ったところで、ゴルバルナは目の前に立ちふさがる扉に手をかける。
そして、重たい扉をあけ放つ。
赤絨毯のしかれた廊下に出て、ゴルバルナは平静を装いつつ扉を閉めていた。
扉を閉めるとそこにあるのは、ただの壁。綺麗な隠し扉となっていた。
「まだ、まだ、混乱で気付かれていないはずだ」
ゴルバルナはそのまま、王城の出口へと向かっていた。
彼が十字路に差し掛かった時だった。
「おい! あのゴルバルナ導師が今回の騒ぎの中心だそうだ! すぐに探し出せ!」
「地下にまだ潜んでいるはずとの報告が来ている!」
廊下の先では近衛騎士たちの会話が聞こえてきたのだ。
ゴルバルナはその場で狼狽えていたが、近くにあった壺を飾っている柱の陰に隠れる。
多くの騎士達やその従者、王城付の兵士たちが次々と十字路を走り抜けていく。
そして、ある程度時間が経つと、そこに人がいた気配はなくなっていた。
安堵のため息を吐きながら、ゴルバルナはその陰から出ていく。
「これはこれは、噂の導師に会えるとは、運がいいな」
後ろから声をかけられ、ゴルバルナは慌てて振り向いて杖を構える。
そこに佇んでいたのは、スタイルが良く美男子と呼べる一人の男が佇んでいる。そのなりは、紫を基調とした服で身を固め、一目でそれが近衛騎士であるとわかる。
「な、なんとな。近衛騎士のエストル殿か!」
第一近衛騎士団長のエストルは、剣を抜いてゴルバルナに向けると、不敵な笑みを浮かべていた。
「さて、導師ゴルバルナ。この間合いで魔法を唱えられるかな?」
エストルはいつでも斬りかかれる態勢のまま、ゴルバルナを見据える。ゴルバルナも彼の実力が分かっている以上、それ以上身動きがとれなかった。
ここで魔法を詠唱しようとも、エストルはゴルバルナが詠唱し終えるよりも早く動き、確実に喉をかき切れる。
空気が張り詰め、二人の間に妙な緊張感が生まれていた。
「この私が騎士なんぞに!」
「ここで観念するのだな。この間合いなら、逃がすことはない」
剣を構えるとエストルは、ゴルバルナに向けて最後通告を言い渡した。
「杖を捨てて、投降しろ!」
エストルはゴルバルナを睨みつけたまま、怒鳴りつけていた。
「ふ! 私の命もここまでか」
ゴルバルナは諦めつつも、一か八かで詠唱を始めようとする。
エストルはそれを見て、素早く動こうとする。その時だ。
突然エストルの後ろから物音がしていた。大きな石と石がこすれあうような音だ。ゴルバルナも彼の後ろを見て、目を点にしていた。
エストルはゴルバルナを前に、音が気になって仕方なく、後ろを振り向いていた。
そこで目にしたのは、壁の一部が音を立てて、ぽっかりと開いていく奇妙な光景だった。
「ふぃ~。こんなトコに繋がってたのか」
壁の穴が開ききると同時に、穴からは大剣を背中に背負ったエスティオが、呑気にそう言って出てきていた。
「な! エスティオ!」
エストルは完全にゴルバルナを失念して、因縁の男を前に叫んでいた。
「あ! エストル!」
エスティオも廊下で鉢合わせたエストルを見て言葉を発する。二人がそう叫ぶのはほぼ同時だった。だが、すぐにエスティオは鋭い目で、エストルの後ろを見据えていた。
「おい! 何やってる! ゴルバが逃げるぞ!」
「何!?」
エスティオの叫びにエストルはすぐに前に向き直る。背中を向けて無様に走るゴルバルナが視界に入り、エストルは歯噛みする。既にかなりの距離を稼がれていて、とても、走って切り込める距離ではない。
「ええい! 衛兵! そこのゴルバを逃がすな!」
エストルの叫び声を聞いた廊下出口の兵士が、槍を持ってゴルバルナの前に立ちはだかる。そこでやむなくゴルバルナはルートを階段の方へと変えて、足を進めていた。
エスティオとエストルもその後を追って、階段の前まで来る。
「ふ、馬鹿め! この先は塔への階段だ。袋小路へ逃げ追って!」
エストルは不敵に笑いながら、ゴルバルナの逃げて行った階段を見上げる。
「あれは俺の獲物だ! てめえの好きにはさせねえよ!」
「ふん、勝手に意言ってろ! 私は先に行く!」
そう言うなり、エストルはその場から階段を駆け上がっていく。
「あ、待ちやがれ!」
エスティオもすぐに彼の後に続いて、走って階段を駆け上がっていた。その後ろに衛兵二人もついていく。だが、塔とはいえ、それなりに広く、多くの階層に分かれている。
敵の侵攻に備えた作りで、最上階が弩や弓兵が敵に矢を射かける全方位のトーチカとなっている。また、備砲や石火矢などの火器も備え付けられている。
その下の階は武器庫であり、大量の火薬と弾丸、砲丸、矢が蓄えられている。その下には炊事場、更にその下には消火用の水を蓄えている貯水区となっていたりと、塔一つがまるまる要塞となっているのだ。
だからこそ、ゴルバルナがどこに逃げたのか、手分けをして探さなければならなかった。
「衛兵は貯水区と炊事場を! エスティオ、お前は武器庫だ。私は最上階に向かう!」
その言葉に従わざるをえず、全員が担当の捜索場所へと向かう。
エスティオは大剣を構えて、武器庫の中に突入する。中には所狭しと火薬の入った樽が並べられ、弾や砲弾、矢、弩、弓、剣に盾、槍と、様々な武器が整然と並べられている。
「ち! こんなとこで炎の魔法なんて使われたら、この塔が吹っ飛ぶぜ」
大剣を構えたアストールは、そう愚痴りながらも捜索を開始する。
樽の隙間や空になった樽の中、木箱の陰やその中まで、入念に調べ上げていく。
だが、ゴルバルナが見つかる事はなく、それどころか、人の気配さえしない。
「全く、どこに隠れやがったんだ?」
アストールが捜索を続けていると、衛兵の二人が武器庫の中に来ていた。
「エスティオ殿、貯水区と炊事場には見当たりませんでした!」
「そうか。なら、探すのを手伝ってくれ」
エスティオの言葉に二人の衛兵は、彼と同じように武器庫を探しだす。
「こっちだ! 最上階にいたぞおお!」
それと頃合いを同じくして、階段からエストルの叫び声が聞こえてきていた。
三人は急いで最上階まで、足を運んでいた。
最上階の階段を登りきると、そこにはエストルに追い詰められたゴルバルナがいる。
エスティオと衛兵もそれぞれが、武器を構えてゴルバルナを包囲する。
「さあ、観念しろ! ゴルバ!」
エスティオはゴルバルナを追い詰めたことから、不敵に笑いながらにじり寄る。
ゴルバルナは壁際までくると、木製の狭間窓を開けていた。
「ふふ! ふははは! このワシがなぜ塔に逃げたのか、貴様たちはまだわかっていないようだな!」
突然高笑いするゴルバルナを前に、四人は怪訝な表情を浮かべる。
「かまうな! まやかしの術を使われる前に捕えろ!」
エストルの言葉に従って、三人はゴルバルナに飛び掛かる。だが、ゴルバルナは一言だけ呟いて、不敵な笑みを浮かべていた。
「もう、遅い……」
ゴルバルナは狭間窓からあの赤い宝石を投げ捨てる。それと同時に外で大きな発光現象が起こる。窓から強烈な光が放たれ、四人は動きを止めていた。
瞼をも突き刺すような強烈な光は、四人の足を止めるのには十分だった。目も開けられず、また逃してしまうのかという焦りが、エスティオを襲う。
そうして、ようやく光が収まり始める。当然のごとく目を開ける頃には、既にゴルバルナはそこにいなかった。
「な、ど、どこに消えた?」
エスティオは周囲を見回すが、衛兵とエストル以外に誰もいない。
だが、すぐに彼はあることに気付いて、開け放たれた窓の方へと駆け寄っていた。
そして、外を見たエスティオは自分の目を疑った。
「な! ド、ドラゴンだとおお!?」
「どうだ。我が研究のたまもの! 貴様ら騎士なぞ、私の足元にも及ばぬわ」
エスティオの叫びに呼応したゴルバルナは、自らの跨る巨大な翼の生えたトカゲを撫でる。真っ黒な鱗に覆われた巨大な翼の生えたトカゲは、その大きな翼を上下に動かしながら宙を舞っていた。
ドラゴンは地下にある魔晶石の影響によって、妖魔化したトカゲと言われている。
中には知能が高く、人間に従うのを良しとしない者もいるという。だが、何より、魔術師がドラゴンを制御することは、その気性の荒さからまず、不可能と言われているのだ。
そんなドラゴンをゴルバルナは、意のままに操っていた。
「ぬはははは! どうやら、我が実験は成功したらしい! その暁にこの塔を破壊してやろう!」
ドラゴンの背中から聞こえてくる声に、エスティオは目を向ける。その背中にゴルバルナがいるのを確認した。それも束の間、ドラゴンはゴルバルナを載せたまま塔の上の方へと上昇していく。
その一連の動作を見ていたエスティオは思わず叫んでいた。
「ま、まさか! まずい! みんな一階まで降りるぞ!」
エスティオの一言に、四人は一気に塔を駆け下りる。
それと同時に、頑丈な石造りの塔の天井が、上からの強烈な圧力によって破壊される。そして、ドラゴンはエスティオ達が降りて行った階段に顔を突っ込んでいた。
エスティオ達が弾薬庫の前を駆け下り、厨房まで降りたとき、後方で空気を震わせる轟音が響きわたる。
「まずい、あいつ、炎を吐いたんじゃないのか!?」
エスティオの言葉に、全員が息を飲んで更に足を早める。
もしも、炎が弾薬庫の扉を破壊すれば、火薬に引火して誘爆しかねない。
エスティオ達が最下層まで降りきった時、突然大きな爆発音が、頭上で響き渡る。
「ま、まさか」
何度となく大きな爆発音が響き渡り、王城の塔の上部が吹き飛んでいた。
そう、ドラゴンの吐いた火が弾薬庫まで到達し、火薬が引火して誘爆していたのだ。
とてつもない轟音と共に、塔は中ごろから原型を留めることなく吹き飛んでいた。
急いでエスティオ達は塔の外に出る。目の前には塔の瓦礫が落ちてきており、爆発のすさまじさを物語っていた。
「まじかよ」
エスティオが空を見上げれば、そこには一頭の竜が悠悠自適に夜空を舞っていた。
唖然としながら、四人はドラゴンを眺めていた。そんな四人の元に数名の兵士が弩を持って駆けつける。しかし、弩の一つや二つで、仕留められる相手ではない。
長居は無用とゴルバルナは竜と共に、夜空の中へと消えていく。
しばし呆然としていた四人だが、エストルは歯噛みして叫んでいた。
「く、こ、これは、近衛騎士団の恥辱! 許せん!」
エストルは逃げ去っていくゴルバルナを見て、悔しそうに拳を握りしめる。
あそこまで追い詰めておきながら、いいように逃げられたのだ。その悔しさはエスティオからしても一緒だった。
「畜生! あいつ、絶対に俺がとっちめてやる!」
エスティオもなすすべなく、エストルと共に毒づくのだった。
こうして、王城を騒がせたゴルバルナは、夜空の彼方へと消えていく。もちろん、何を研究していたのかは、ゴルバルナしかしらない。夜の闇は、ゴルバルナの研究さえも、その闇の中に飲み込んでいた。
◆
王城を騒がせた事件は、表向きは宮廷魔術師のゴルバルナの謀反として公表されていた。そうして、ゴルバルナは王国中を騒がした謀反者として、国中から手配されるのである。
もちろん、王城の中に秘密の研究室があったことは、公にはされていない。もしも、公にすれば、王の権威そのものが揺らぎかねないのだ。
自分の足元で黒魔術の研究を許していたなどと、触れれば王権そのものが失墜しかねない。だからこその秘匿である。
謀反という大義名分のもと、ゴルバルナを捕まえるのはそのためである。
国王はこの事実を悔やみながら、王国にある全騎士隊に命令を出していた。
「ゴルバルナを捕まえよ」
この後、信賞必罰の近衛騎士隊の中で、エスティオは勲章を授与される。
表向きはゴルバルナの謀反をいち早くに発見したこと。真実は、ゴルバルナの黒魔術研究を発見したことだ。
エスティオに休暇が出されたのは、国王に勲章を授与されてから、次の日の事だった。
エスティオはその休暇を利用して、故郷へ一旦帰ることにしていた。
その途中だった。彼がゴルバルナを見つけ、今の忌々しい体になってしまったのは。
「全く憂鬱だぜ」
アストールは一人、王城のバルコニーに出て、過去のことを思い出して呟いていた。
空には真っ赤に燃えるような色をした月が上がっている。綺麗というよりは、不気味で気色悪いといった方がいいだろう。
アストールはその満月を見て、大きく溜息をついていた。
「本当にもとの体にもどれるのかな……」
そんな大きな不安は、彼女(かれ)の美しい唇から弱音として、小さい声音で出ていた。
アストールの弱音は誰にも聞かれることなく、夜の闇に呑まれていくのだった。
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