第25話 ゴルバルナ秘密の実験 5

 エスティオの従者、ジュナル・レストニア。彼は近衛騎士の従者でありながら、魔術師という異例の存在である。レストニア家は代々魔術師で、昔からアストール家に仕えてきている家柄だ。

 それゆえ、成り行きとはいえ、ジュナルはエスティオの面倒を見るのが仕事だ。とは言っても、エスティオはもはや成人を迎えた身だ。


 最近では特に何も助言を与えずとも、大方自分で問題を解決するようになってきていた。

 妖魔の討伐でさえ、一人で行って帰るほどに成長していた。そのことは、ジュナルとしても嬉しい限りだ。

 なぜなら、ジュナルは普段、王城内の図書室に篭って、魔術の知識を蓄えるのに本を読んでいるのだ。一人で自由な時間が増えるということは、それだけ本を読む時間が増えるということ。


 それがジュナルの何よりの至福の時であるのだ。

 今日もまた、いつものように夕暮れ時まで図書館に篭もり、日が落ちたので何冊かの本を持って、自分の部屋へと帰る。

 夕日が沈みきり、夜空には星空が広がっている。そんな夜の王城の廊下を歩いているとき、突如地面を軽く揺らすような地鳴りがした。

 それと同時に小さく篭った爆発音が響く。


「ん? なんであろうか」


 疑問に思ったジュナルは周囲を見回した。

 別段、普段と変わりない王城がそこにあり、肝心の守衛も疑問を持って周囲を見回すだけだった。その様子を見て、ジュナルは再び自室へと戻ろうと足を踏み出す。

 だが、ジュナルは兵士たちの会話を聞いて、足を止めていた。


「なんだ? さっきの爆発音は?」

「分からんな。地下から聞こえてきたようだが……」

「とりあえず、兵を集めろ。すぐに地下に向かうぞ」


 目の前で二人の近衛騎士が、その様な会話をしながら通り過ぎていく。


「はて、そういえば、エスティオが地下の警備に行くとか言ってましたな」


 などと呟きながら、ジュナルは足を早めていた。

 ジュナルがいつもの様に図書室で本を読んでいるとき、何やら侍女を連れたエスティオが表れた。そして、彼女と一緒に地下に行くと言っていたのを思い出したのだ。

 なんでも地下の警備のついでに、彼女の護衛をするとか。


(まさか。何かあったのではあるまいな……)


 妙な胸騒ぎがおき、ジュナルは歩くスピードを上げていた。

 そんなジュナルの後ろから。


「ジュナル! さっきの聞いた?」


 メアリーが元気よく駆けてきていた。

 ジュナルは表情を変えることなく、メアリーに言っていた。


「ふむ。聞きましたぞ。エスティオ殿が地下警備に行っておりますから、拙僧らも行っておいた方がよいかと」


 メアリーはその言葉を聞いて、ジュナルと一緒の方向に足を進める。二人が向かう先には、近衛騎士の従者の部屋があるのだ。


「ふ~ん。アストールが地下警備にね」

「また、厄介ごとを起こしていなければよいのですが」


 ジュナルはそう不安そうに言う。


「まあ、あいつのことだし、厄介事を起こさない方が無理だと思うけどねー」


 いつものことかと言わんばかりに、メアリーは笑みを浮かべていた。


「さて、すぐに準備をすませましょうぞ」


 ジュナルとメアリーは自分たちの部屋に着くと、それぞれの部屋に入っていく。

 エスティオは仕事に関しては、文句なしの働きをする。だが、彼が何か仕事をする度に、何かと大きなことが起こっている。

 以前もコルドを狩る仕事を受けて行ってみると、一つ目の巨人妖魔、トロイコプスを倒すことになった。


 流石は歴戦の騎士と言うだけあって、エスティオはトロイコプスを難なく倒していた。だが、そのようなサプライズが毎回ついてくると、流石のジュナルも心配でならなかった。

 支度を済ませたジュナルは部屋から出ると、メアリーとすぐに合流する。


「さて、少し急ぎましょうぞ」


 そう急かすように足を踏み出したジュナルに、メアリーは笑みを返していた。


「ま、あの筋肉馬鹿なら、大丈夫でしょ」


 メアリーは気軽にそう言うが、ジュナルはどうにも胸騒ぎを覚えてならなかった。


「確かにエスティオならば、大丈夫かもしれない。だが……」


(相手が魔術師となると、そうもいかない)


 爆発が起こるということは、魔術関連の所業と見てまず間違いない。

 そうなると、自然とエスティオが魔術師と戦っていると見当を付けてもいい。

 何より、魔術師と戦うとなると、接近する以外に倒す方法はなくなる。

 もしも、エスティオが魔法詠唱の前の一撃を与え損ねれば、それは死を意味する。

 ジュナルは主人の心配をしながら、足を速めるのだった。



    ◆



「ははは。噂の近衛騎士殿の実力はその程度のものか」


 高笑いするゴルバルナを前に、エスティオは唇をかんでいた。

 攻撃を避けるものの、飛び散った炎はエスティオの肌を焼き、髪の毛を焦がしていた。だが、彼はそれでも戦うことをやめずに、大剣をしっかりと構えていた。

 炎のトカゲがエスティオに襲い掛かり、彼は即座に身をひるがえす。そして、大剣をトカゲの胴体に叩き込むのだが……。


「ち! やっぱり炎は炎かよ!」


 刃はトカゲの胴体をすり抜けるだけだ。

 本物の大トカゲなら、何十回と倒しているはず。しかし、エスティオの相手しているトカゲは、炎の聖霊が姿を変えた火のトカゲ、サラマンドルである。

 魔法の付与効果を得ていない武器で攻撃しても、全くダメージは与えられない。

 この世の一部を構成する精霊は、目に見えない超自然的な存在である。彼らと戦うのは、自然を相手にして戦うのも同義である。

 そして、物理的な攻撃を与えようと思うならば、同じように超自然的な力を付与しなければならない。


「ふふ。哀れなものよ。そろそろ遊びを終わりにしようではないか」

 ゴルバルナは不気味に笑いながら、右手をエスティオの方へと向ける。

 エスティオは剣を構え直し、まっすぐにサラマンドルを見据えていた。


「くそ! ここまでかよ!」


 戦う前よりこの大剣による打撃が効かないことが分かっていた。だが、アリーヴァを守りたいと思うその気持ちの一心で、大剣を振るっていた。

 ダメージがない事を分かっていても、そうせずには居られなかったのだ。

 エスティオはサラマンドルに向けて、剣の切っ先を向ける。


「打開策もなし! かくなる上は、こうだ!」


 エスティオは大剣を両手で構え直すと、横振りで大剣をサラマンドルに振るう。のかと思きや、エスティオの手から大剣は放たれ、そのままサラマンドルを通過して勢いよくゴルバルナめがけて飛んでいく。


「な、なんとおお!」


 その光景を見たゴルバルナは驚嘆して、反射的にその場でしゃがみこむ。投げられた大剣は、ゴルバルナの頭上で空を切り、虚しく壁に突き刺さる。


「だああ!! 畜生!! なんでしゃがみやがんだ!」

「ふい、危なかったわい! さて、続きだ! やれええい! サラマンドル!」


 ゴルバルナの命令に従い、サラマンドルは地をかけ始める。

 そして、エスティオに向かって飛び掛かっていた。

 このままサラマンドルが体に絡み付けば、体の内側が焦げてしまうまで離れないだろう。それは正に業火に焼かれる地獄と言っていい。

 口を開けて飛び掛かるサラマンドルを前に、エスティオは覚悟を決めて目をつぶる。


(ここまでかよ!)


 熱風が肌を伝わり、サラマンドルが近づいたのが分かる。だが、数瞬の時間が経ってもエスティオに、それ以上の熱が伝わらない。

 恐る恐る目を開けてみると、目の前には口を開けたサラマンドルが膠着している。


「う、うっわあ!」


 情けない声を上げて、エスティオはその場に腰を落としていた。


「な、なんだ!? なんだというんだ?」


 ゴルバルナはその異常を感じとり、サラマンドルを見やる。

 サラマンドルの背中には一本の矢が刺さり、その矢からは青い光の線がピンと張られていた。

 エスティオはその青い光の線を、目で辿って行く。その先には杖を持ったジュナルが立っている。その傍らには、弓を構え直すメアリーもいた。


「どうやら、間に合ったようですな」


 あの青い光の線は、ジュナルが持つ杖につながっていた。

 付与魔法を使い、矢が突き刺さるようにしたのだろう。エスティオは安堵の溜息をついていた。信頼する凄腕の従者二人が、この場に駆け付けたのだ。これでアリーヴァを守りきることができる。


「ジュナル! メアリー! すまない!」


 叫ぶエスティオに対して、ジュナルは真剣な表情のまま答える。


「エスティオ殿! まだ戦いは終わってはおりませんぞ!」


 ジュナルはメアリーの矢に水の魔法を付与し、自らの魔力を矢に送りつつサラマンドルに矢を突き立てさせていた。

 そうすることによって自らの魔力を、矢を伝わせてサラマンドルに送り込むことができるのだ。そこで一時的ではあるが、サラマンドルの動きを抑制していた。


「全く、本当に死にぞこないね!」


 メアリーが素早く駆けて、ゴルバルナに近寄っていく。


「なんと! もう、ここに応援がついたというのか!」


 ゴルバルナは驚嘆して、悲鳴にも近い声を上げていた。それと同時にメアリーに追われて、部屋の隅の方へと駆けていく。

 メアリーは壁に突き刺さった大剣を抜くと、大剣を引きずりながらエスティオの方へと駆けていた。


「全く、来るのが遅すぎるぜ」


 エスティオは照れ隠しにそう言っていた。合流したメアリーは笑みを浮かべてエスティオに大剣を手渡していた。


「ごめんごめん。これでも急いだんだから」


 大剣を受け取ったエスティオは、後ろに控えていたアリーヴァに言う。


「ここからは近衛騎士の仕事だ。アリーヴァ、さっさとここから逃げろ!」


 妙な頼もしさをエスティオから感じたアリーヴァは、彼の身を案じて声をかける。


「は、はい。お気をつけて」


 エスティオの頼もしい背中を見ながら、アリーヴァは駆けて部屋から出ていった。


「そろそろ、制御も限界ですぞ! 一気にケリを付けましょうぞ! 万物の現象を司る力の根源の象徴よ。我が力をこの杖を通じて発現させよ。我が主アストールに炎を切り裂く水の力を、従者メアリーに全てを貫く水の力を!」


 ジュナルはサラマンドルの制御をしながら、付与呪文詠唱をしていた。相当な精神力と体力を削る行為に、並みの魔術師ならば気絶していてもおかしくないほど無茶な行為だ。

 だが、ジュナルはそんじょそこらの魔術師とは、格が違う。その程度のことなど、朝飯前だ。

 ジュナルの付与魔法の効果によって、エスティオの大剣が青く光り、メアリーの弓も同時に青い光を放つ。


 と同時に、ジュナルの杖から放たれていた光が切れ、空中で静止していたサラマンドルは地面に着地する。メアリーはそれを見計らって、弓を放った。

 サラマンドルの胴体に、矢が突き刺さる。だが、サラマンドルは怯んだ様子はなく、突き刺さった矢を口で掴むと、そのまま噛み砕くようにして飲み込む。


「さすがは炎の精霊って所ね!」


 構わずメアリーは次の矢を放つ。

 青い光の筋を引きながら飛ぶ矢、サラマンドルはそれを見たのかその場でジャンプしてよけていた。だが、メアリーは気にすることなく、第三、第四と矢を放っていく。

 その間にエスティオが肉薄し、サラマンドルの前まで迫っていた。


「次はさっきとは違うぜ! 覚悟しろよ」


 サラマンドルに対してエスティオは剣を振るう。

 サラマンドルも彼を見て、飛び掛っていた。だが、エスティオは身を少しよじるだけで、その突進を避ける。そして、青く光る大剣を、すれ違いざまに切り上げていた。

 胴体を真っ二つに切断されるサラマンドル。空中に舞った二つの炎の塊は、急激に燃える勢いを失って、地面に着く前に燃え尽きて空中で消えていた。


「ふふふ、ふふ、ふはははは!」


 部屋の奥で高笑いするゴルバルナ、三人は笑い声の方へと顔を向ける。


「さあ、観念しろ! ゴルバ!」


 エスティオが叫ぶと部屋の入り口から次々と、銀色の甲冑に身を包んだ近衛騎士が突入してくる。剣と盾を構えた屈強な騎士たちが、エスティオを中心にゴルバルナを包囲する。


「面白い! 面白いぞ! ワシの手がこの程度の騎士の数で止められると思うてか!」


 ゴルバルナは懐から、小さな赤い宝石を取り出す。


「今こそ、実験の成果、試させてもらう!」


「まずい! 全員、奴を取り押さえろ!」


 一人の騎士が慌ててそう叫んでいた。

 何か得体のしれないことをしようとしていることが分かり、近衛騎士達は慌てて駆け寄ろうとする。だが、騎士たちが飛び掛かるよりも早く、ゴルバルナは赤い宝石を投げ放っていた。

 空中で赤い宝石は砕け散り、その瞬間にとてつもない光が放たれる。目を突き刺すような強烈な光を前に、全員が動きを止めていた。宝石の破片が騎士たちの盾や鎧にあたり音を立てる。

「な、何が起きたんだ!?」

 しばし光を放ち続けていたが、数瞬も経てば元の薄暗い部屋へと戻る。

 騎士たちはおそるおそる目を開けて、宝石の投げられた正面を見た。そこで一同は言葉を失っていた。


「な、なぜ、こんな所に妖魔が……」


 一人の騎士がそう呟いて、唖然として正面を見据える。そこには一つ目の巨人が7体佇んでいた。その名はトロイコプス。

 トロイコプス達は大斧を持ち、ゴルバルナを守るかのように円を描いて佇んでいた。

 耳まで裂けた口の両端からは、大きな牙が二本生えている。筋肉質な体の肌は、浅黒い灰色の肌だ。体躯は騎士たちの二倍は優に超えている。


「ほほう。これは、実験の成果があったな」


 ゴルバルナはそう呟くと、右手を振って命令していた。


「さあ、我が僕(しもべ)たちよ。この障壁を取っ払うのだ!」


 ゴルバルナの声と共にトロイコプス達は大きな雄叫びを上げていた。

 耳を劈くその大声に、騎士達は盾を構える。


「な、なんで、妖魔がこの王城に!」


「総員密集隊形! 部屋の入口まで引くぞ!」


 近衛騎士隊の部隊長がそう言うと、騎士隊は素早く彼を中心に集まって壊れた壁の穴まで引いていく。

 その中にエスティオ達三人が居たのは言うまでもない。

 ゴルバルナは頃合いよしと、穴とは相対する扉から逃げていく。

 それを見たエスティオは、居ても立ってもおられずに騎士たちの盾の壁を乗り越えていた。


「ゴルバアアア! 逃がすか!」


「おい! エスティオ下がれ! トロイコプスが七体もいるんだぞ!」


 騎士隊の中心で命令を下していた男が叫ぶ。だが、エスティオはそれで立ち止まる男ではない。


「関係ねえ! ジュナル! メアリー! 近衛騎士の援護に回ってやれ!」


 エスティオはそう叫ぶとそのままゴルバルナを追って駈け出していた。一人大剣を両手に持って、トロイコプスの群れに単身突っ込んでいく。

 一頭のトロイコプスが大斧を、エスティオに振り下ろす。だが、エスティオはそれを見透かしていたのか、そのまま大斧を持ったトロイコプスの足元に転がり込む。

 かと思えば、大剣を振るって足を思い切り叩き斬る。

 だが、さすがは妖魔の巨人、一太刀では切断することはできない。肉を切り裂き、刃は骨で止められる。

 脹脛を傷つけられたトロイコプスは、悲鳴を上げる。エスティオは素早く大剣を引き抜くと構うことなく、ゴルバルナの逃げ込んだ扉に向かっていた。

 数体のトロイコプスがエスティオの後を追う。


「いまだ! 近衛騎士隊の意地と実力を見せつけろ!」


 男の声と同時に近衛騎士隊が、トロイコプスに向かって突撃していく。この時、ジュナルとメアリーも近衛騎士達の援護に加わっていた。

 一瞬の隙をついて軍勢を雪崩込ませる辺り、おやっさんと呼ばれたグラナが歴戦の勇士であることがすぐにわかる。

 エスティオは後方で始まった乱戦に、構うことなくゴルバルナの逃げ込んだ扉を開けて駆け込んでいた。

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