第24話 ゴルバルナ秘密の実験 4
「ゴ、ゴルバルナ宮廷魔術師殿!?」
エスティオが思わずそう叫んでしまったのも無理はなかった。
「な、なんと、魔法の障壁を突破してくるとは! ありえない!」
と驚嘆の声をあげるゴルバルナは、上半身半裸で何かをしようとしていたのだ。
ゴルバルナの前には、半裸のアリーヴァが服を抱えて床に腰をついて、変態宮廷魔術師長から逃れようとしていた。もちろん、こんな光景を見て、エスティオが黙っているわけもなく。
「て、てめえ!」
激高するエスティオは、ゴルバルナを睨みつけていた。
「ま、待て! これには深いわけが!」
慌ててゴルバルナは両手を振りながら、エスティオに対して理由を説明しようとする。
だが、エスティオの怒りは、既に頂点に達していた。なんと言っても、自分の獲物を横取りされようとしたのだ。
しかも、そのやり口は強引であり、エスティオでさえ許容できるモノではない。
「だまれ、この糞変態ジジイが! 俺の女に手をだすんじゃねえ!」
恋人ならこの言葉が、どれだけありがたく、そして、嬉しいものか。
だが、エスティオの真意は違う。ただ単なる体目的の、獲物を横取りされたことからくる怒りの発言である。
それをきいたアリーヴァは当然勘違いして、この状況でも頬を朱に染めていた。
「問答無用だ! 死ねや、ジジイ!!!」
怒りで我を忘れたエスティオは、大剣を振り上げてゴルバルナを追いかけ始める。
振り下ろされた剣を避けるゴルバルナ、その度に実験器具が吹き飛び、机が真っ二つになる。
「ヒイイィイ! 待て、待てと言っておろうが!」
「誰が待つか!」
人の獲物を横取りしようとした者に、エスティオは容赦しない。特に女関係では……。
正攻法で負けたのならともかく、このような反則、否、法律的に見て違法なことをしている人間を、見逃すほどお人好しではない。
形振り構わず大剣を振りまわすエスティオは、いつの間にか部屋中の物を破壊し尽くしていた。
怪しげな実験器具や、炎のついたランプ、ビーカーや試験官と、そこらじゅうに実験器具が床に転がっていた。
そして、それら実験器具より漏れでた怪しげな液体同士が混ざり合い、その場で急に発火する。それを見たゴルバルナは、顔を一気に青ざめさせていた。
「ま、まずい! 爆発する!」
ゴルバルナはここで実験していたので危機を察知して、液体が混ざり合うのを見て咄嗟に駆け出そうとする。しかし、エスティオが立ちはだかり、それを許さない。その間にも液体同士が混ざり合い、反応を引き起こしていた。
エスティオの破壊した机からは、もくもくと白い煙が立ち上がっていた。
だが、エスティオは構う様子を見せずに、追い詰めたゴルバルナに剣を降り下ろそうと上段に構える。
「ま、待て、爆発するんだ。本当にばくは」
「ああん? 関係ないな。とりあえず、死んで詫びろや!」
エスティオが剣を降り下ろそうとしたその時、彼の後ろで突然大きな爆発が起きる。
それと同時に爆風で、エスティオは壁に叩きつけられていた。
「なああ! 私の研究の成果がああ! ぐああ!」
ゴルバルナはそう涙目になって叫びつつ、爆風で壁に叩きつけられた。
轟音が響き、耳を劈く。目の前は閃光と爆風で真っ白となり、壁に叩きつけられた衝撃でエスティオは意識を失いかけた。
どうにか意識は保ったものの、辺りは破片と粉塵、砂埃と煙で何も見えなくなっていた。
頼れるのは天井からぶら下がる魔法の炎の灯りだけだ。薄暗い部屋の中、エスティオは頭を抑えつつ、その場で立ち上がる。傍らには気を失ったゴルバルナが気絶していた。
あれほど大きな爆発だ。自分は大丈夫だったが、果たしてアリーヴァは無事なのか。
エスティオはすぐに周囲を見回していた。
「おい! アリーヴァ! 大丈夫か!?」
「は、はい、どうにか」
部屋の隅から小さな彼女の声が聞こえ、エスティオは安堵する。
アリーヴァは服を着直していたらしく、埃を払いながら部屋の隅で立ち上がる。
「そうか、無事なら良かった。さっさと、こんなとこから出よう」
エスティオも服を払いながら、アリーヴァの元へと駆けていく。周囲は未だ爆発の影響で、煙と埃で真っ白な状態だ。
それでもエスティオはアリーヴァのいる位置を、大方検討がついていた。
彼女の元まで足を歩めると、アリーヴァはすっとその場に腰を下ろす。
「お、おい。大丈夫か?」
急な出来事にエスティオが心配そうに聞くと、彼女は苦笑していた。
「え、ええ。ちょっと、疲れただけです」
そんな健気な彼女を前に、エスティオは笑みを浮かべて手を差し出す。それをアリーヴァも笑みを浮かべて手をとって立ち上がる。
そうして、二人が部屋を出ようとした時だ。
「ん? なんだありゃあ?」
段々と晴れてくる砂埃と煙。
エスティオはアリーヴァの後ろのレンガの壁に、大穴が空いているのを見つけていた。
おかしなことに、そこには扉も何もなかった場所だ。疑問に思いつつ、エスティオは、アリーヴァの手を引いてその壁の大きな穴の中に入っていた。
「あ、あの、ちょっと、勝手に入って大丈夫なんでしょうか?」
アリーヴァが心配そうに、エスティオの手を握りしめる。それにエスティオは、真剣な面持ちのまま答えていた。
「安心しろ。何かあったら、俺が守る」
頼もしいのか、頼もしくないのか。先程のゴルバルナに対する行動を見ると、正直なところ判断しずらい。アリーヴァは苦笑して、エスティオの後に続いていた。
壁の向には広大な空間が広がっており、その中央には得体の知れない大掛かりな実験器具があった。
「な、なんだ? これは?」
何かしら大掛かりな実験をしていたのは間違いない。だが、何の実験をしていたのかは、検討もつかない。
エスティオは周囲を見回して、何か怪しいモノがないかを探し出す。
「こんな所に部屋があったなんて、私、聞いてません」
アリーヴァはそう言って、エスティオの隣に駆け寄ってきていた。
「え? そうなのか?」
エスティオは意外そうな表情を浮かべていた。
「は、はい。私たち王族付き侍女は、実験施設で何か異常があったら、すぐに知らせるように言われているんです。ですから、ここの実験施設の概要も全て把握しています」
アリーヴァがすらすらと解説する中、エスティオは更に実験器具の周囲を見回していた。
器具の周囲には鉄製の牢屋や三角木馬、鞭や拷問器具など、悪趣味なモノが多く乱雑に置かれている。
近づくにつれ、異臭が漂い始める。それにエスティオは嗅ぎ覚えがあった。
過去、妖魔の退治に行ったときのこと。
依頼のあった村では、妖魔に村人が拐われる事例があった。
妖魔を退治したのちに、洞窟で異臭を漂わせるその村人を見つけた。もちろん、それが変わり果てた姿であることは、言うまでもない。
その時嗅いだ臭いに、よく似ているのだ。
エスティオは嫌な予感を持ちつつ、悪趣味な器具の周囲にある木箱に近づいていく。
近寄った彼は、木箱を見て言葉を失った。なぜなら……。
「う、み、見るな! アリーヴァ」
エスティオは後ろに居たアリーヴァを、その木箱から視線を遮るように抱いていた。
大きな木の箱は腐臭を漂わせていて、それが肉が腐った臭いというのがわかる。そして、その中に入っているのは、紛れもない人のソレだった。
エスティオはアリーヴァを抱いたまま、そこから遠ざかる。
何があったのか分かっていないアリーヴァは、キョトンとしたまま彼に聞いていた。
「い、一体、ゴルバルナ導師はここで何を?」
「普通じゃないことを、人殺しをしていたのは確かだ」
この実験器具が何をどのようにして使われたのか、それはゴルバルナに聞かなければわからない。ただ、そのゴルバルナの実験で、人が犠牲になっていたのは明らかだった。
「う、くう、き、貴様らああ」
二人はすぐにその声の方へと顔を向ける。そこには穴の入口で、二人を睨みつけるゴルバルナが立っていた。
ゴルバルナはその実験器具を見られたことから、二人に殺意の篭った目を向ける。
「き、貴様ら、み、見たな! 見た以上は生きて出られると思うな!」
いつの間にか杖を拾ったゴルバルナが、二人に杖を向けた。
先程とは違い、明らかにゴルバルナは自分たちを殺そうとしている。そう感じたエスティオは即座に剣を構えて、ゴルバルナに突進していた。
「でやあああ」
肉薄するエスティオ、だが、その距離は詠唱を阻止できるほど近くはなかった。
「炎の精霊よ。我が命令に従い、我が秘密を知る二人を業火で清めよ! いでよ! サラマンドル!」
剣が降り下ろされる前に、エスティオの前には炎の壁が立ちはだかる。
熱風と炎の壁に阻まれ、エスティオはその場で立ち止まっていた。
「な、なんだ?」
目の前に立ちはだかった炎の壁は、徐々に一箇所に固まる。そして、トカゲの形を象っていた。
地を這う巨大な炎のトカゲを前に、エスティオは剣を構え直す。
「まずいな……。魔法を使われるとは」
エスティオは小さく舌打ちをすると、後ろに控えるアリーヴァに目をやった。
「アリーヴァ! 俺の後ろから離れるな!」
「は。はい!」
アリーヴァはエスティオの言葉に従い、彼の後ろについていた。
「ふん! 二人揃って焼き上げてくれる!」
ゴルバルナは杖を実験室の扉に向ける。そして、小声で何かを呟いた。それと同時に石造りの壁が、実験室の部屋の扉を押しつぶしていた。
「な!」
言葉を失うエスティオを前に、ゴルバルナは不敵に笑っていた。
「逃げ場はなくなったぞ。お楽しみはこれからだ。さあ、近衛騎士のエスティオ君、キミの実力、とくと見せてもらうぞ」
エスティオの前に立ちはだかる炎のトカゲは、ゴルバルナの声と共にエスティオに襲いかかってくる。彼は最初の一撃を辛うじて避けるものの、その表情に余裕はない。
「まずいことになった。精霊は剣じゃ斬れねえ……どうする……」
エスティオはサラマンドルと相対すると、剣を構えなおしていた。
王城の地下で、今、エスティオの死闘の火蓋が、切って落とされていた。
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