第23話 ゴルバルナ秘密の実験 3

 アストールは足取り重く、侍女の一室、アリーヴァの部屋まで来ていた。

 というのも、けして下心丸出しで、不埒な行いをするためではない。


 今日食事に行けなくなったことを伝えるために、足を運んでいたのだ。

 事情を話すと彼女もなぜか安堵の表情を浮かべる。

 エスティオがその理由を聞くと、彼女は答えていた。


「宮廷魔術師長のゴルバルナ様に、この箱を地下の実験室に運ぶように言われたんです」


 そう言って彼女はベッドの近くにある小さな箱を手に持っていた。


「そうか」


 どっちにしろ食事に行けなかった事に、心底安堵していたのはエスティオも一緒だった。むしろ、地下に行くというならば、警備のついでに彼女の護衛もできる。


「で、でも、やっぱりあの噂があるので、あまり行きたくはないんですけどね……」


 アリーヴァはそういうと表情を暗くしていた。

 日が沈んでから地下に行く人は、この王城でも限られている。王城付の警備の兵士か、魔術師かの二種類だ。

 王城付侍女でも地下には、このような特別な用事がない限り、まず足を運ばない。

 それは幽霊がいるだとかの噂の影響が大きい。

 少しおびえた表情のアリーヴァに、エスティオはぶっきらぼうに言っていた。


「なら、俺もついて行こうか?」


 その言葉にアリーヴァはきょとんとした表情を見せる。


「え? いいんですか?」


 エスティオは満面の笑みで彼女に答えていた。


「警備のついでだ。いいってことよ」


 もちろん、エスティオは彼女の話を聞いた当初から、こう考えていたのは言うまでもない。ということで、二人は日が暮れてから、城の地下廊下を歩いていたのだが……。


「寒いな。それに薄暗い」


 エスティオは近衛騎士の正装のまま、その背中に自分の身長ほどもある肉厚な大剣を背負っている。その体は寒さから震え出していた。そんなエスティオの横で、アリーヴァは平然としている。

 二人の前には長い廊下が続き、魔法の炎で灯された何個ものランプが、その長い廊下を明るく照らしていた。

 


「そうですね。この地下は天然の地下洞窟を利用して作られているらしくて、寒いのも仕方がないんです。それにこうやってまっすぐに続く道は、この入り口だけなんですよ」


 丁寧に説明するアリーヴァに、エスティオは感心していた。


「よく知ってるんだな」


「王城にいる方なら、誰でも存じているかと……」


 アリーヴァの言葉にエスティオは笑いながら答えていた。


「はは、わりぃわりぃ。外に出ることが多くて、地下なんて来たことないんだ」


 エスティオは近衛騎士に任官されて以来、この方ヴァイレル城にろくに留まったことがなかった。

 何かとつけて、外で妖魔を倒せ、化け物を倒してこい。などとエストルに言われて、王都の外に出かけることの方が多いのだ。


 そのせいか、この堅苦しい雰囲気の王城ヴァイレルが、エスティオはあまり好きではなかった。王城での彼の唯一の楽しみといえば、観光や公務のお供で訪れた貴族の娘や侍女をあさるくらいだった。

 休暇の際も、下町に出ては歓楽街で酒を飲んで、騒いで、喧嘩をして、女を抱く。いわば、ろくでなしの近衛騎士である。


「そうだったんですか。それは私こそ失礼なことを……」


 畏まるアリーヴァに、エスティオは再び笑みを浮かべていた。


「いいって、いいって。気にすんな」


 エスティオの言葉にアリーヴァも笑みを浮かべる。

 二人はしばらく進み続けると、整備はされているものの、入り組んだ迷路のような地下廊下に出てきていた。


「さて、悲鳴の原因とやら、突き止めるとしますか」


 笑みを浮かべたエスティオは、アリーヴァと共に魔術師の実験室に続く道へと進んでいく。だが、噂のようなことはなく、なんら変哲のない静かで薄暗い廊下が続くだけだった。

 二人もそれに慣れたらしく、足取り軽く早々と実験室の前へと来ていた。


「それでは、私は実験室へ入るので、ここで待っていてもらえますか?」


 アリーヴァは笑みを浮かべると、エスティオもつられて微笑む。


「ああ、わかった」


 魔術師とは閉鎖的な人種であり、宮廷魔術師も例外ではない。この王城でもこの実験室に入れるのは、王族と一部の侍女と一部の近衛騎士、そして、宮廷魔術師のみだ。

 ここに入るには王から特別な許可がいるらしく、いつからそのようになったのかはエスティオ自身も知らない。


 宮廷魔術師という制度が出来る時に、一緒に作った決まりであることには違いなかった。

 エスティオは腕を組んで、しばしの間、アリーヴァが出てくるのを待つ。

 静寂が支配する廊下で、ただ、物思いに耽っていた。


(ああ~、はやく、アリーヴァとやりてえ)


 などと、もちろん、頭の中にはそんな不埒な考えしかない。

 エスティオは彼女のことを色々なことで考えていた。だが、いくら待っても、彼女が出てくる気配はない。物を置きに行っただけにしては、帰ってくるのが遅すぎる。


「まさか、例の幽霊にでもであったのか」


 はっとしたエスティオは、すぐに実験室の扉に手を伸ばす。

 しかし、取手を掴んで引いてもびくともしない。


「お、あれ、おかしいな。女があんなに軽く開けられたのに」


 エスティオは押してもみるが、扉は全くびくともしない。


「ま、まさか。こいつは本当にやばいことになってんじゃねえのか」


 扉には内側からかけられる鍵があるが、その鍵がかけられた音はしなかった。

 そして、何より、扉はまるで壁と一体化しているかのように、びくともしないのだ。


「こいつは、まずいな……。夜のお供を幽霊に奪われるのはごめんだぜ!」


 エスティオはそう言うなり、背中に背負っていた大剣を構えていた。そして……。

 大きく振りかぶり、その扉を大剣でぶち破っていた。

 大きな穴の開く扉に、エスティオはそのまま穴の中へと体を突進させる。木端微塵に吹き飛ぶ扉、そして、実験室の中に入ったエスティオの目に入ったモノそれは……。


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