第20話 王の悩み


 王城ヴァイレル。白壁と煉瓦で作られた美しい城だ。

 本丸である城と、小高い丘の上に作られた高い城壁、そして、丘の角にある7つの塔が、世界で随一の美しさを作り出している。

 そんな大きな王城の中の一室。

 赤い絨毯が敷かれた一室の中央に、大きな机と椅子に座る威厳のある人物が座っていた。

 その人物の前にある長机の上には、夥(おびただ)しい数の資料や許可証、政治関連の書類が山積していた。

 彼はそれらの書類一つ一つに目を通し、手元にある判印を押していく。

 時には羽ペンを持って、自らの名前を記入していた。


 その名はトルア・ヴェルムンティア。

 このヴェルムンティア王国を統べる国王である。

 その光沢のある茶色い髪の毛と共に髭にも白髪が混じりはじめている。歳は半世紀を過ぎた頃、50代半ばだ。


 彼はそんな書類に追われつつ、色々なことで頭を悩ませていた。25といい年頃になっても正室を迎えることなく、自堕落な生活に耽っている後継者の一人息子や、成人である15を前にしても相変わらずお転婆な娘(ひめぎみ)と言った家族のことだ。

 トルアは大きく溜息をついて、その手を止めていた。


(まったく、あ奴らは本当に私の血族なのか……)


 そして、何よりこの国の行く先もトルアは心配していた。


(先代より行ってきた西方遠征……。資金的に見ても、もはや前進は望めぬ。それに東方からは蛮族が進出、南方では異教徒が巣食っている)


 一見平和そうに見えるこの大陸にある大国。だが、ヴェルムンティア王国はその絢爛(けんらん)なイメージとは裏腹に、かなり多くの問題を抱えていた。

 そして、何より、彼の頭を悩ませているのが……。


「トルア国王陛下! 近衛騎士団総司令官のレオニードです! 失礼いたします!」


 そう言って、レオニードと名乗った男は王の執務室に足を踏み入れていた。

 部屋の中央には、執務に追われて疲れきった国王の姿があった。

 その一因に執務の忙しさもあるのは、言うまでもない。

 威厳のある顔をしかめて、トルアは中年の騎士レオニードを見ていた。


「何か。さては例のゴルバルナの動向が知れたか?」


 そう、彼が最も気がかりになっているのは、逆賊ゴルバルナだ。

 国王トルアのお膝下で、平然と黒魔術の研究をしていた。しかも、人間の命を使った人体実験も含めた魔術の研究だ。

 灯台下暗しとはこのことかと、全ての報告を聞いたトルアは思った。と同時に、なぜ気がつかなかったと言う疑問と、王城での不祥事と言う事への憤り、何よりそのようなことをされた侮辱への憤怒が湧き出ていた。


 だからこそ、ゴルバルナを捕まえた者には、金一封を褒賞として与えると公言していた。

 しかし、その肝心なゴルバルナの動向については、近衛騎士エスティオ・アストールの行方不明事件を境に情報が途絶えている。

 トルアの言葉にレオニードは微妙な表情を浮かべる。

 答え辛そうにするのは、いまだにゴルバルナの動向が掴めていないという証拠だ。


「ゴルバルナの動向ではありませんが、魔術に関係する重大な事件には変わりありません」


 トルアはその報告に気分を害しながらも、羽ペンを置いてレオニードを睨み付ける。


「そうか、申せ」


 レオニードは慇懃に礼をしてみせると、真っ直ぐに国王を直視する。


「は、ギルマルド領の領主リアム子爵の父君が、禁断の魔導兵器を完成させていたという報告が入ったのです」


 レオニードはそこで言葉を区切ると、真剣な眼差しでトルアを見つめる。


「しかし、アストール家の娘のエスティナ・アストールが従者と共にその魔道兵器の破壊に成功し、難を逃れました」


 明るい表情を浮かべたレオニードに、トルアは鋭いまなざしを向け続けた。

 歴戦の勇士とて、この王の威厳と威圧の籠った視線の前では、縮こまりかねない。だが、レオニードは臆することなく、国王の次の言葉を待っていた。


「レオニードよ。そちはその魔導兵器を見たのか?」

「いえ。現在、調査の近衛隊を向かわせているので、いずれ詳細はわかるでしょう」


 トルアは大きく溜息をついたあと、レオニードに呆れの視線を向けていた。


「アストール家は由緒ある騎士の家柄だ。嘘はつくまい。だが、しかし、女であるエスティナが魔導兵器を倒すことなど、可能だと思うのか?」


 トルアの疑いは当然だった。

 正式ではないにしろ、エスティナは近衛騎士代行の身となっている。その地位を確たるものにするには、時間がかかるだろう。


 そこで最も手っ取り早く確実に手に入れるには、偽った報告をすることである。

 現在この王国では、騎士達の権力の横暴に加え、買収などが普通に行われているという。

 表だってこの様な話を聞くのは、大抵が王立騎士団の話である。だが、表面に浮かばないだけで、近衛騎士でも裏で行なっている可能性は十分ある。

 要は近衛騎士とて、確実に信を置けないのだ。


「は、私も疑問に思いましたが、彼女には優秀な従者もいます。倒すことも不可能でないと思いました。それに我らは調査隊を」

「そのような報告、証拠を確認してからにしろ!」


 トルアが望む報告、それは確たる証拠の上にある報告だ。調査中のことなど、今は聞いている暇はない。

 執務を邪魔するほどの報告でないことに、トルアは酷く機嫌を損ねた。彼はレオニードを前に、再び羽ペンを手に執務に戻ろうとする。


「陛下、まだ、報告は終わってはおりません」


 レオニードの真剣な声音に、トルアは筆を止めていた。


「なんだ。まだ、あるのか」


 トルアは眉間に皺を寄せて、レオニードを睨み付けていた。それでも彼は怯むことなく、むしろそれが自分の責務だと言わんばかりに、胸を張っていた。


「は、今回の件、どうやら黒魔術師団が関わっている可能性があるようなのです」


 レオードの声にトルアは動きを止めていた。

 黒魔術師団。黒魔術を研究し、皮肉を込めて黒魔術師団と自称している集団だ。

 その秘密結社の名が挙がった以上、トルアも気が気ではなかった。


 ゴルバルナの事件の数か月前にも、男女数名の見習い魔術師が黒魔術師団によって拉致、誘拐されて行方不明になる事件が発生していた。

 魔術師見習いは見つかったものの、その全員が死亡していた。その凄惨な死に方に近衛騎士も目を背けたという。

 そんなろくでもない集団が、今回の事件に関わっているというのだ。


「どういうことだ?」


 暗く喉をならすような声で、激しい怒気の籠った顔でレオニードに問うていた。


「は、まだ、調査中ではありますが、黒魔術師団とも関係のあるケニーという黒魔術師が今回の事件を引き起こした犯人と断定しています」


 トルアはしばし黙り込んでいたが、喉を鳴らしてから再び口を開いていた。


「ゴルバルナとの関係は?」


 凄味のある剣幕で、レオニードを睨み付ける。

 ゴルバルナが黒魔術師団と繋がっているのは、隠しようのない事実である。


「調査中であります。しかし、何らかの繋がりはあったとみてよいかと」


 レオニードのその言葉に、トルアは黙り込んでいた。

 黒魔術師達とゴルバルナは深い関係があるということは、これまでの調査で分かっている。


「ゴルバルナめ、王城に飽き足らず、次はどこで何をするつもりだ?」


 トルアは忌々しいゴルバルナの実験を思い出し、苦虫を潰したような顔をする。

 それは今から一月前のこと、アストールが女性になる一週前のことだ……。

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