第19話 小さな神官戦士

 ヴェルムンティア王国の首都、ヴァイレル。「中央の獅子」という名を冠する大国というだけあって、ヴァイレルはかなり大規模な都市である。大陸全土から、一度は訪れてみたいと憧れの眼差しで見られている。大陸の各地から商人たちが隊商を組んで、他国からわざわざ訪れるほどだ。


 それほどまでに栄華を誇っているこの王都ヴァイレルの目抜き通りは、大勢の人でごった返していた。

 喧騒な喧嘩騒ぎや露店から商品を盗む家なき子、それを追う騎士や店主と、いつもとなんら変わりない。


 そんな中を一人の背の低い神官戦士が歩いていた。

 背丈からして12、3歳ほどの子どもであり、大人なら片手で持てるメイスを背中に背負っている。

 その白装束の異質な子どもに周囲が注目しないわけがなかった。


「おい、あの子、噂のあの子じゃないか」

「ああ、絶対にそうだ。大司祭様に才能を見いだされた史上最年少の神官戦士」


 などと周囲の人々は言う。その顔つきはなぜか朗らかである。

 それもそのはず、体に見合った白装束は、正に小さな神官戦士ではある。

 だが、顔つきはまだあどけなさを残していて、一言でいってしまえば可愛らしいのだ。


「あ、あの、すみません」


 その小さな神官戦士は、目についた大人を呼び止める。


「ん? なんだい?」


 中年の恰幅のいいおばさんがそれに答え、その小さな神官戦士は気恥ずかしそうにして聞いていた。


「あ、あの、近衛騎士代行のエスティナ・アストール様はどこにいますか?」


 急な質問におばさんは目を白黒させた。

 王都ヴァイレルで、今、一番話題になっている人物の名を聞いたのだ。

 兄である近衛騎士エスティオが行方をくらまして、早2週間以上が経っている。その騎士代行として、生き別れていた妹のエスティナが就くことは、このヴァイレルで知らない者はいない。

 今最も、タイムリーで注目されている話題だ。

 おばさんは少しだけ考えると、その小さな戦士に答えていた。


「そうだねえ。とりあえず、王城を目指してみなさい。そうすれば、わかるはずだよ」


 その言葉をきいた小さな戦士は満面の笑みを浮かべる。


「あ、ありがとうございます!」

「所で、なんであのジャジャ馬娘の所に行くんだい?」


 おばさんはそう言って、小さな神官戦士を見据える。

 巷ではエスティナが新人近衛騎士を叩きのめして、その地位を勝ち取った。と曲がりに曲がった話が広がっていた。そこで付けられた影のあだ名がジャジャ馬娘だ。

 男が女になったのであるから、あながち間違ってはいない。


 それに新人とはいえ、倒したと言われるのは仮にも近衛騎士だ。実力は折り紙つきで、そんじょそこらの捻くれ者集団の王立騎士とは話が違う。

 そんな実力者を倒すほど、強い女性だ。王都の住民の間では親しみを込めて、エスティナをジャジャ馬娘と呼んでいた。


「あ、はい! あの、僕は従者になるためにエスティナさんの所へ!」


 元気な声で返事をする小さな神官戦士に、おばさんも笑みを浮かべていた。


「そうかい。頑張るんだよ! しっかりね」

「は、はい! では、ありがとうございました!」


 小さな体の神官戦士は大きな返事をして、おばさんの前から駆け出していった。


「あ、ちょっと、まち。ああ、いっちゃった」


 おばさんはそう残念そうに言うと、その小さな後ろ姿を見送った。


「あまり、いい噂をきかないから、やめとけなんて、あの顔を見てたら。言えやしないか」


 腰に手を当てて呟くおばさんは、再び街の中へと繰り出していくのだった。



    ◆



 王都ヴァイレルに戻ったアストールだったが、彼女(かれ)は更に注目を集めることになっていた。なぜなら、それは……。


「やっぱりみんなの視線がやばいんだけど」


 メアリーが不満そうに、コズバーンに目を向ける。

 その横にいるアストールは苦笑して答えていた。


「仕方ありませんでしょ。一応彼も従者ですから」


 アストールは不慣れな口調でメアリーに言う。すると彼女は表情を、怪訝なモノへと変えていた。


「やっぱり、その喋り方、少し気持ち悪い」

「え? そうですか?」


 白々しく惚けたように言うアストールは、表面上笑みを浮かべる。だが、その内心はかなり苛立っていて、すぐにでも男口調で言い返したいのを我慢していた。


(好きでこんな喋り方してるんじゃないんだよ!)


 内心毒づくアストールを他所にジュナルが二人を咎める。


「お二人とも、一応いっておきますが、王都ヴァイレルに入ったのです。くれぐれもお気を付けください」


 王都ヴァイレルでは、どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。それ故にアストールも何があっても、自分が妹であることを事実として演じなければならないのだ。

 男であった事がばれれば、それこそリアムの二の舞になりかねない。

 そんな会話をしていた三人だが、コズバーンは三人とは突如方向を変えて歩き出す。


「あ、ちょっと、どこへ行きますの?」


 アストールはコズバーンを呼びとめると、彼はゆっくりと彼女に向いて答えていた。


「酒を飲む。歓楽街にいる」


 コズバーンは戦闘が終わると突如として人が変わったように無口になる。そのコズバーンの豹変のしように、アストールは苦笑しつつ答えていた。


「あ、あら、そ。わかったわ」


 表情は硬いままのコズバーンの気迫は、黙っているとそれだけで威圧されているように感じる。引き留めることなく、コズバーンをそのまま行かせていた。


「……まあ、どっかいってくれた方が気が楽だし、行こうか」


 アストールはそう言うと歩み出していた。実際の所、コズバーンが居ると男口調を使うことができないので、アストールとしても居ない方が気は楽だ。

 ただ、首都に入った以上は、居ても居なくても同じだ。


「いいのですかな。好き勝手にさせて……。また問題でも起こされますと厄介ですぞ」


 ジュナルの鋭い指摘に、アストールは眉根をひそめて指を当てる。しばし、考え込んでいたが、すぐに答えを出していた。


「その時はその時、あいつも悪い奴じゃないし、自分に否があることは絶対にしないさ」


 いつもの男口調に戻っていたことに気付いて、アストールは慌てて周囲を見る。

 だが、周囲の行きかう人々は別段、アストールを気にした様子はない。

 安堵の溜息をついた彼女(かれ)は、再び足を踏み出していた。


「あ、あの! エスティナさんですか?」


 突然呼び止められて、アストールは足を止める。そして、後ろを振り向いていた。

 そこには12、3歳ほどの少女らしき人物が、白い装束に身を包んで佇んでいる。それに三人は目を点にしていた。


 愛らしいぱっちりとした瞳に、女の子らしいぷっくりとした唇。そして、まっすぐ向けられる強い意思の籠った瞳。

 頭は顔を除いた部分を白い帽子と布で、隠していた。

 白装束とその容姿からして、神官戦士と判断していい。だが、何分、神官戦士にしては年が若すぎる。アストールは怪訝な目で、その小さな神官戦士を見つめる。対するその神官戦士も愛らしい瞳で見つめ返していた。


「あ、あの、どちらさまで?」


 アストールの問いかけに、小さな神官戦士はすぐに口を開いていた。


「レニ・フロワサールです! ケルディーニ神殿よりきた神官戦士(プリースト)です! あのエスティナさん!」


 大きな声で名前を呼ばれたアストールは、怪訝な顔をしてレニを見つめる。


「なにかしら?」

「ぼ、ぼ、ぼ、僕を従者にしてください!」


 アストールは何の冗談かと思い、レニを見据えた。

 神官戦士と名乗るには、明らかに年が若すぎる。

 もともと、神官戦士はその才を司祭から見込まれた者のみがなることを許されるものだ。

 神官戦士になるには多くの厳しい修行や戦闘訓練、治癒魔術の知識が必要となる。


 それらを身に付けた上で、初めて神官戦士として認められるのだ。だが、どんなに才があっても神官戦士になるのには15、6歳が限界なはずだ。

 アストールはからかわれていると思い、レニを冷たくあしらおうとする。


「お嬢さん。冗談は恰好だけにしてくれる? 私は忙しいの」


 アストールの言葉にレニはムッとした表情になる。


「ぼ、僕は! 女の子じゃありません! それに大司祭様のお墨付きを貰った列記とした神官戦士(プリースト)です!」


 そう言ってレニは懐より、チャルドと呼ばれる紋様の入った携行品を取り出していた。

 チャルドは神官戦士の任命時に、直接大司祭が加護をかけているお守りである。それが神官戦士としての証であり、一人前の神官戦士として認められた者しか手に入れることのできないモノであるのだ。

 ジュナルとメアリーはそれを見て、驚きの表情を見せる。


「こ、これは、本当に神官戦士(プリースト)でありますかな」

「こんなに可愛いのに、神官戦士(プリースト)なの?」

「これで信じてくれますか?」


 レニはそう言ってつぶらで愛らしい瞳を、アストールに向けていた。だが、アストールは……。


「ん~、でもその年で神官戦士(プリースト)って言われても、全く信用できないしなー」


 などと意地悪く顎に一差し指を当てていた。


「じゃあ、どうすれば信じてくれるんですか?」


「そうね。なら、こうしましょう。今私はちょっとした体の異常で悩んでいます。それを見抜いて、なおかつ治してくれたら、認めてあげるわ」


 意地の悪い笑みを浮かべるアストールに、従者の二人はじっとりとした呆れの視線を向けていた。だが、アストールからすれば、男の時より受け続けてきたもの、そんな事には慣れている。

 メアリーとジュナルはこの言葉から、アストールがレニを従者にする気など、毛頭ないことがわかった。なぜなら、アストールが本来男であり、なおかつそれに気づき、元の体に治せと言っているのだから……。


「わかりました! やってみます!」


 だが、レニもレニで並々ならぬ熱意をその瞳に宿らせてアストールに近寄る。


「では、失礼ですが、服の上からお腹を触らせてもらいます!」


 そう言ってレニはアストールの腹部に手を当てる。

 アストールはじっとその様子を見つめ続ける。腹部に当てられた手は、服の上からでもわかるほど暖かく感じられた。


「こ、これは……」


 何かを感じ取ったレニは、表情を一変させていた。

 難題を突きつけられたらしく、顔を顰めさせる。

 その様子を見たジュナルは、鋭い視線で二人を見つめる。もしかすると、レニは手を当てただけで、アストールが男であったことを見抜いたのではないか。と。

 あの年で神官戦士として認められているのだ。見抜かれてもおかしくはない。


「ねえ、ジュナル。まさか、あの子アストールのこと、見抜いたのかな」


 メアリーも同じことを考えていたらしく、ジュナルと同様に鋭い視線を向けていた。


「その可能性は充分にある」


 しばし、レニは動きを止めていたが、何かを決意したらしく、アストールに顔を向ける。そして、彼女(かれ)に対して、熱い瞳を向けて言っていた。


「難しそうですが、やってみます!」


 アストールはその言葉を聞き、大きく頷いて見せていた。


「じゃあ、治してみてくれる?」

「はい!」


 大きな返事をすると、レニはすぐに両手をお腹に添える。そして、その態勢のまま、魔法詠唱をしだしていた。


「全知全能の神、アルキウスよ。我に力をやどし、この者の体の異常を治す力を与えたまえ。我が力はこの者の体の内側を治癒せんとする」


 詠唱を終えると同時に、彼の手はほんのりと淡い光を放つ。

 アストールはその手をあてがわれて、腹部の暖かさに身をゆだねそうになる。

 手を当てているのは腹部だが、その優しい暖かさは全身を包み込むように体中に広がっていた。

 そして、アストールの腹部も同じ様に、淡く黄色い光を放っていた。


「ほ、本当に男に戻しているのか」


 ひそひそとメアリーの耳元で、ジュナルが呟くように言う。


「だといいけど、アストールの顔見て」


 メアリーはそう言って指をさす。

 アストールは当初こそ、心地よさから笑顔でいたが、今はどうだろう。

 額にはぎっしりと脂汗が滲み出てきて、表情も何かを無理に我慢しているような歪んだものへと変わっていた。


「も、もしや、本当に、あの呪いを解いているのではないか」


 ジュナルは目を輝かせて、アストールを見つめる。

 もしも、本当に彼女(かれ)を元に戻しているのなら、苦痛を伴っても可笑しくない。

 体の構造そのものを変えると言うのだから、それにも納得がいくのだ。

 しばしの時間が経過したのち、レニは手をアストールから離していた。


「はい、終わりました」


 アストールの腹部は何の異常もなく、容姿は女性のままである。だが、それでも相変わらず、アストールは苦悶の表情を浮かべていた。


「うぅ、ほ、本当によく分かったわね! ほ、褒めてあげる」


 アストールの言葉に、レニは目を輝かせていた。


「じゃ、じゃあ、僕を従者に」

「ちょっと、待て! その話はあとでする!」


 アストールはそう言い残すなり、近場の公衆広場へと駆けていた。そして、そこにあるトイレへと駆けこんでいく。


 ジュナルとメアリーは顔を見合わせたあと、すぐにアストールの後ろを追っていた。

 もしかすると、本当にレニはアストールを元の男に戻したのかもしれない。

 そんな期待が二人の胸の内から湧き出ていた。

 男に戻るという異変に気づいて、アストールは急いでトイレに駆け込んだなら、道理はとおっている。


 もしも、ここで男に戻れば、服は弾けるように破れ、あられもない姿となるだろう。

 そんなことを、人一倍女性にモテたいアストールが許すだろうか。答えは否。


 破れた女性物の服を着たみすぼらしい無様な格好を、彼は大衆に晒すことを絶対に嫌がるはずだ。

 トイレの前で待つ二人の従者と小さな神官戦士、その経緯を知っていなければ、さぞ、滑稽な光景かもしれない。三人は神妙な顔つきのまま、トイレの前でアストールを待っていた。


「ほ、本当に元に戻っているのかしら?」

「であると、拙僧も願いたい」


 二人の会話を聞いたレニは、自信たっぷりに言っていた。


「大丈夫です。僕の腕を信じてください! 絶対に元通りになってますから!」


 その言葉を聞いた二人は、それでも神妙な顔つきのままアストールが出てくるのを待っていた。そうして、いくらか時間が過ぎた時、ようやくトイレの扉が少しだけ開いていた。


「おお、アストール!」

「アストール!」


 と期待を胸に声を上げた二人、そして、扉が完全に開いたとき、そこには……。


「ふぃい~。すっきりしたあ」


 何かをやり遂げ、満足そうな表情を浮かべた“女性”のアストールがそこに佇んでいた。


「え? ちょっと、元に戻ってないじゃない」


 メアリーの呆気にとられた顔を見て、アストールは怪訝な顔をする。


「え? いやいや、元通りだぜ」


 満足そうな表情を浮かべたアストールは、その顔に笑みを浮かべていた。


「へ? どこが?」


 メアリーの言葉を聞いたアストールは、腹部をさすりながら答えていた。


「いや~、レニ助かったよ。実は三日ほどお通じがなかったんだ」


 ジュナルが右手で眉根を押さえてうつむく。


「拙僧が期待したのが馬鹿であった」

「そ、それって……」

「便秘だったんです」


 レニがメアリーに笑みを浮かべて言う。彼女も怒る気すら起こらないのか、大きく溜息をついていた。


「いや~、それにしても、よくお、ほん! 私が便秘だってわかったわね?」


 危うく俺と言いそうになり、アストールはわざとらしく咳をしてごまかす。


「僕はこう見えても、高位の神官戦士(プリースト)です! この位、朝飯前です!」


 胸を張って答えるレニはその勢いのまま、アストールに迫りよる。


「だから、僕を従者にしてください!」


 そう言われたアストールも断る理由がなく、笑顔で答えていた。


「よし! また、体の異常があったら頼むわ!」


 アストールが彼を従者にしたのは、他でもない。便秘を治したり、体の異常を診察できたりと、ただ同然で医者が手に入って、何かと便利になるからだ。

 別段騎士としての見解など持っていない。

 もちろん、レニはそれを知る由もなかった。

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