第18話 館と領主と秘密 4

 森から出たアストール達は、疲れきった表情のアレクサンドの元に帰ってきていた。

 激闘の末に帰還したので、四人は心身共に疲れ切っていた。だが、彼らを迎え入れる家はない。

 なんといってもコズバーンによってアレクサンド邸(山小屋二つ)は、木に押しつぶされているのだ。そこでやむなくテントを張っていた。


「まったく。わしの家をどうしてくれる……」


 などと愚痴るアレクサンドをよそに、四人はその日のうちに就寝していた。

 そんな不安な一夜を越したアレクサンド邸に、早朝から一頭の馬車が現れる。そこからは貴族らしい高級な衣服を纏った一人の青年が駆け込んできていた。

 駆け込んできていたのは、あのリアムという貴族の青年だ。アストール達は、その貴族の青年を出迎える。


 アストールはリアムに対して、不信感を募らせていた。突然アレクサンドの元に現れ、そして、アストール達に妖魔の群れの退治をさせた。それだけならいい。

 だが、いざ妖魔退治に向かえば、最終的に出てきたのは、黒魔術師と魔導兵器と呼ばれる巨大ゴーレムだった。

 それに不信感を持つなという方が無理だろう。


「ご、ご無事でしたか!」


 これといった外傷も見当たらない四人を前に、リアムは大げさに駆け寄っていた。

 アストールはリアムを一瞥すると、慇懃に礼をしてみせる。


「ええ。どうにか。お陰様で散々な目に遭いましたわ」


 皮肉っぽく言うアストールに、リアムは狼狽していた。


「も、申し訳ありません。私の管理の不行き届きで」

「それよりも、私、あなたのお名前と役職を聞いてなかったんですけど、伺ってもよろしいでしょうか?」


 アストールはそう言ってリアムを見つめる。


「そういえば、そうでしたね。申し訳ない。遅れながら自己紹介を。私の名前はリアム・ギルマルド。このギルマルド領を代々治めている領主です」


 ここの領主ということが分かり、アストールは微笑んでいた。外から見れば、それは愛想笑いかもしれないが、内心はほくそ笑むといった方が正しい。


「私の名前はエスティナ・アストールです。非公式ですが、騎士代行をしています」


 アストールの顔を見たリアムは、少しだけ顔を赤らめる。


「何か?」


 アストールが怪訝な表情をして問い詰めると、リアムは視線を逸らしていた。


「いえ、その、あなたがお美しすぎて、こちらが気恥しいと言いましょうか」


 アストールはその言葉を聞いて、大きく嘆息するのを我慢していた。

 今の今まで、自分と対面していたはずなのだが、今になって初めてその様な態度をとっているのだ。裏を返せば、それだけ余裕がなかったと言うことだろう。


「あ、そう言えば、屋敷で何か変わったこととかありませんでしたか?」


 リアムはすぐに顔色を正して、アストールに聞いていた。おそらくはあの魔導兵器のことを、心配して聞いてきているのだろう。

 そう感づいたアストールはあえて、その事を隠して言っていた。


「コルドが出てきた時点で、変わっていることではありませんか。おかしなことを言うんですね」


 アストールは笑みを浮かべて、リアムを見ていた。

 彼女(かれ)の言葉を魔導兵器を見ていないという意味にとったリアムは、苦笑して答える。


「はは。全くもってそのとおりでした。これは失礼」


 アストールはリアムが安堵するのを見逃さなかった。鋭い視線でリアムを見据える。


「それよりも今回の事で、ちゃんと報酬は頂けるのでしょうね?」


 アストールはそう言って、リアムを試すように見た。


「もちろんです! ちゃんとコルド達を倒してもらえたなら、金貨であれ、なんであれ、ご用意させていただきます!」


 リアムは何も気に止めることなく、アストールに言っていた。


「なら、金貨100枚ほど、いただけませんかしら?」


 アストールから出た言葉に、リアムは彼女(かれ)を二度見する。


「き、金貨100枚!? いくらなんでも高すぎませんか!?」


 驚嘆するリアムは目を点にして、アストールに言い返していた。

 コルド50頭を狩ったとしても、金貨5枚でも多いくらいだ。それを更にその二十倍よこせと言ってきているのだ。リアムが驚くのも無理はない。


「私は別段、高い値段だと思いませんわ。あの館には強力な魔導兵器がありましたし、それらを葬る分を合わせると、安すぎるくらいだと思わなくて?」


 我ながら嫌味な言いように、アストールは内心苦笑していた。まさか、この様な口調で相手を詰問することなど想像もしなかったのだ。

 彼は心当たりがあるのか、表情をこわばらせる。


「な、何のことですか?」


 リアムは顔を青くしてアストールを見つめる。


「わたくしが駆け付けた時、屋敷で暴れまわる大きな石の巨人がいましたの」


 アストールは意地悪い笑みを浮かべて、リアムに言うと彼は口を戦慄かせていた。


「そんな、バカなあれは魔術師でなければ、起動はできません! もしかして、あなた方が起動したのですか!?」


 むざむざと自分のことを話し始めるリアムを見て、アストールはほくそ笑む。


「あら、リアム様。あなた魔導兵器があったことを知っていらしたの?」


 自分がつい魔導兵器について喋っていた事に、リアムはびくりと肩を震わせて後悔していた。暫く黙り込んでいたが、リアムは覚悟を決めて叫ぶように言っていた。


「え、ええい! もう隠し通すのもめんどうだ」


 アストールは鋭い目つきで彼を見つめる。


「どういうことか。ご説明願います」


 半自暴自棄になったリアムは、その場に座り込んでいた。


「あれは、あれは、父上が研究の末作り上げた最悪の遺産なんです」

「あれはあなたが作ったものではないと?」


 アストールはそう言って、睨みつけて詰問する。


「あんなもの、魔術の知識のない僕には作れません!」


 リアムは自分が疑われていることに、憤慨して怒鳴っていた。


「それよりも、一体誰があの兵器を起動したのですか?」


 リアムはそう言うと、一呼吸おいてからアストールを見つめる。


「さあ、誰かしら。あなたはご存じでないんですか?」


 アストールの疑いの視線に、リアムはまたしても気分を害していた。


「心当たりがあるわけないでしょう! この事がばれれば、このギルマルド領の領有権と爵位を剥奪されて、一族郎党この国から永久追放ですよ! 恐れ多くてそんなことできませんよ!」


 それもそうかと、アストールは納得する。そして、彼に対して更に質問を続けていた。


「それよりもその研究、どういった研究かご存知ですか?」


「よくは知りません。私も父の死後、残っていたメモを見てそのことを知ったんです。生前、父は書斎にこもりきりで、侍女さえも書斎に入れませんでしたから……」


 そう言って大きく溜息をついたリアムは、その場で頭を抱えていた。


「糞おやじ……。これでギルマルド家も終わりじゃないか」


 リアムはそう呟くと、涙をボロボロと流し出していた。

 それもそうだろう。アストールが首都に戻って報告すれば、彼の人生はそこで終わる。

 魔導兵器の存在を報告しなかった責務放棄と、隠蔽罪、魔術研究法違反で死罪になる可能性とてある。アストールはそんなリアムに同情しつつも、こう告げていた。


「一応、このことは報告させていただきます」


 無情といわれるかもしれないが、それが彼女(かれ)の務めであるのだ。アストールは責任を持って仕事をしている以上、報告しないわけにはいかない。


「師匠、あなたはどうなさいますか?」


 アストールはアレクサンドの下に歩み寄って、今後の事を聞いていた。


「うぬ……。リアム殿の身がどうなるか分かるまで、わしは傍に仕えるつもりだ。エスティナ、最後まで稽古を見てやれず、すまない。だが、分かってくれ」


 アレクサンドはそう言って、大木に押しつぶされた自分の家を見る。

 それに苦笑するアストールも、返す言葉が見つからなかった。

 なんと言っても、アストールもその件に関しては、多少なり関係しているのだ。

 彼女(かれ)の従者コズバーンは、今回の立役者である。だが、それと同時にアレクサンドの家を壊して、修行を邪魔したのも事実だった。


「そうですか。仕方ありませんね。私達も報告の為にヴァイレルに戻ることにします」

「うぬ。道中気を付けてな」

「ご心配なく」


 アストールはそう言うと、すぐに従者達を連れて歩み出していた。

 無残な姿を残したアレクサンド邸を背中に……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る