第17話 館と領主と秘密 3
(ふん、全くもって手応えないわい)
コズバーンは内心そう毒づきながら、自分の作り出した惨劇の中、大斧を毛皮で磨き続けていた。
生まれもってきたその大きな体を生かし、南方の森の中で一人樵をして暮らしていた。
時には王立魔術師からの依頼で、魔術の材料となる御神木とも呼ばれている大木を切りに行ったこともある。
樹齢百年を超える純度の高い魔晶石の取れる山に生えた、人が十人輪になっても囲いきれないような大木を、魔術師たちは御神木と呼んでいる。
その御神木でなければ、魔術を発現させるための媒体の杖は作られないのだという。
そういう巨大な木は、大抵は普通の木よりも数段も丈夫であり、普通の樵が使う斧では切り倒すのに2、3日はかかる。
そこでコズバーンは、街一番の腕利き鍛冶屋にこの特注の大斧を作らせていた。
ただ単にどんな巨大な大木でも、切り倒せる大斧が欲しかったのだ。
そんなある日、彼にも転機が訪れていた。
それが西方遠征に来た王国軍のガイドという、単なるアルバイトである。
樵で生活に困らない程度の金額のお金は儲けていたが、来る日も来る日も木を切り続ける毎日だ。いい加減コズバーンは木を切ることに飽きていたのだ。
だが、街で見かけたガイド募集の広告を見て、刺激を求めるためにコズバーンは早速王国軍に仕官していた。
そうして護身用に大斧を持って、戦場に出たのが運のつきだった。
敵方はまっ先にガイドたるコズバーンに、攻撃を集中してきたのだ。
それもそのはず、騎士達よりも数段は大きい体躯のコズバーンと相対すれば、誰であってもそれが敵の猛者であると勘違いするだろう。
腹を立てたコズバーンは、かかってきた敵をいとも簡単に大斧でねじ伏せていた。
そこで彼は思ったのだ。
(我が力がどこまで通用するのか。一度試してみるか……)
コズバーンはガイドでありながら、戦場の第一線で常にその戦斧を振るい、ある時にはその巨体で簡素な砦を破壊したりと、次々と武勇を打ち立てていた。
そうして気が付けば西方同盟からは東方の大巨人(オステンギガント)として恐れられていた。
だが、彼はそれでも満足していなかった。戦場に出てくる兵隊で、対等に彼と渡り合えるような猛者はどこにもいなかったのだ。
結局、戦場に飽きたコズバーンは、自分よりも強い猛者を探して、ヴェルムンティア王国で流浪の旅に出ていたのだった。
そして、最初にターゲットにされたのが、エスティオ・アストールである。
王族付第一近衛騎士団にて、どんな騎士にも負けなしの武勇を誇っていて、歓楽街でもその喧嘩の腕っ節は有名で、時には拳闘大会にまで出場するほどの喧嘩好きという。
それでいて、妖魔退治などの評判もよく、王国内で今最も強い男の一人であるという根も葉もない噂が流れていたのだ。
「ふふ。儂が必ず見つけ出し、この腕を試させてもらおうぞ!」
大斧を拭き終えたコズバーンは、そう呟くと立ち上がっていた。
ふと屋敷に目を向けると、屋敷の入り口からエスティナ達三人がコズバーンの方へと駆けてきていた。三人の慌てた様子で、表情もどことなく焦っているようにも見える。
ヒゲと揉み上げで毛むくじゃらな顔を、更に顰めさせるコズバーンは、なぜか胸の高鳴りを覚えていた。
こういう状況に限って、彼を期待させる何かがあるのだ。
戦斧を構えるコズバーンは無表情になって、三人を待ち構える。
「コズバーン! 逃げろ! やばいぞ!」
エスティナの叫び声を聞いたコズバーンは、不敵な笑みを浮かべる。そう、やはり、彼を期待させる何かがあるのだ。
三人が彼の元に来たときだった。突然屋敷の正面玄関が吹き飛び、一階から二階の壁に大きな穴を空けて巨大な人型の物体が出てきていた。
コズバーンよりも一回りも二回りも大きな物体、それは鎧を着込んだ兵隊の様な格好をしている。
「は、早く! 逃げるわよ!」
メアリーがそう言ってコズバーンの手を取って引っ張ろうとする。だが……。
彼はそこから動こうとはしない。
「な。何やってんのよ! 行きましょうよ!」
あまりに巨大な敵を前に、コズバーンは恐怖しているのか。動くことができないのかと思って、メアリーは彼の顔を見上げる。
だが、それは彼女の見当違いだった。怯えるどころか、コズバーンはニヤニヤとしながら、全身を身震いさせていた。
「グワハハハ! これだ! これを待っておったのだ! さあ、覚悟しろ!」
嬉々として活快な笑い声を上げると、コズバーンはそのままギガントスに向かって駆け出していた。
さながら、自分の獲物を見つけた獰猛な猛獣が、一直線に駆け出すように。
ギガントスの前まで来ると、早速その大斧を奮っていた。真横から振り回して胴体をまっぷたつにするつもりで振り込んで行く。
大きな音と共にギガントスは少しだけ宙に浮きあがり、再び地面に足をつく。ギガントスの胴体の三分の一まで、大斧の刃が食い込んでいた。
「ヌハハハハハハ! この一撃を耐えたのは貴様が初めてだああ!!!」
コズバーンは豪快に笑いながらギガントスを見つめる。
「……ば、馬鹿な。あれは魔導兵器で、そう簡単に、普通の武器では傷つけられないものなのに、そんな出鱈目な」
ジュナルは呆然とその光景をみたあと、再び自分の目を疑う。
突き刺さった斧を抜こうとするコズバーン。だが、刺さった斧を気に介した様子を見せないギガントスは、即座に拳をコズバーンに振るう。
顔面をギガントスの腕で強打され、コズバーンは堪らずその場に膝を落としていた。それでも、吹き飛ばない所が、彼のずば抜けた天性の才能というものを感じさせる。
何より、その手が斧から離れることはなかったのだ。
もう一度、今度は両手でコズバーンに対して攻撃が振るわれる。その直後、カッと目を見開いたコズバーンは、両手を斧から放して真上にあるギガントスの両手を合わせるように握っていた。
そして、あろうことか、魔導兵器たるギガントスと力比べをしだしたのだ。
「な、なんだよ。あいつ、本当に人間なのか!?」
アストールは空いた口が塞がらず、その信じられない光景を呆然と見つめる。
見る限り、ギガントスとコズバーンの力比べは、ほぼ互角だ。
「ムオオオオオオオオオオオオオオ!」
地を震わせる大男の叫び声が、庭園に響きわたる。
顔を真っ赤にしたコズバーンは、徐々にだがギガントスを押していく。
「あれじゃあ、どっちが魔導兵器か分かんないわ」
呆れ果てたメアリーが、大きく嘆息する。
「手出し無用おおおおおおおお!!」
訳の分からない奇声を発するコズバーンは、そのままギガントスを力でねじ伏せていた。
ギガントスが体重を掛けている足を、コズバーンは片足で器用に払ってみせる。
すると、ギガントスがバランスを崩して、その場に倒れ込んでいた。
倒れるのを確認する間もなく、コズバーンは素早く大斧を胴体から引き抜く。そして、ギガントスが立ち上がるよりも先に、大斧を真正面から振り落としていた。
地震が起きたかのごとく、大きな地鳴りと共に庭園が、屋敷全体が揺れていた。
それから、幾度も幾度も、その行為が繰り返される。
バスンとも、ドスンとも、ズドンともつかない鈍い音が、何度も響く。
そして、ようやく、大斧を振り下ろすのを止めたときには、地面に原型をとどめていないギガントスが横たわっていた。
辛うじて人型なのは認識できたが、それ以外に確認できるものと言えば、体を構成している材質の石というくらいだ。
「ムハハッハハッハ! これほどまでに強い敵にであえたのは初めてだわい!」
満足そうに笑うコズバーンは、斧を大地に立てて大声で笑い始めていた。
魔導兵器からの攻撃を受けても、唇を切る程度の負傷で済んでいる。唇の端から垂れる血をコズバーンは舌で舐めとると、そのまま、踵を返していた。
「我が雇い主。エスティナよ! このような敵に合わせてくれるのであらば、そなたを我が主として認めようではないか!」
にんまりとする巨人を前に、アストールは引きつった笑みを浮かべていた。
「し、仕方ないわね。あなたを従者として認めるわ。でも……」
アストールはそう言うと、コズバーンの後ろを指さして更に顔をひきつらせる。
「あいつ、まだ倒せてないみたいよ」
アストールの言葉にコズバーンは振り返る。そこには先ほど原型を留めないまでに、破壊し尽くしたはずのギガントスが立ち上がり始めていた。
ボロボロだった表面が、砕けちった破片を吸い上げて修復していっている。そして、元の姿へと戻るのに時間は掛からなかった。
流石のコズバーンもそれを見て喉を唸らせる。
「ぬぅ……。殺したりなかったか」
アストールはそういう問題じゃないだろうという言葉を、喉の奥で止める、
コズバーンは再び斧を持って、ギガントスに対峙する。
「おい、ジュナル! どうなってんだよ!?」
アストールが慌てた様子で聞くと、ジュナルは顔を険しくして答えていた。
「魔導兵器は純度の高い魔晶石を原動力として動いています。そして、その原動力たる魔晶石を破壊、もしくは、本体から取り除かないかぎり、破壊しても何度でも蘇ります」
ジュナルの言ったことに、アストールとメアリーは大きく溜息をついていた。
「じゃあ、あいつの起動源の魔晶石をどうにかしないと」
メアリーは心配そうに、コズバーンに目をやる。とはいえ、当のコズバーン本人はあからさま戦闘を楽しんでおり、善戦している。
繰り出された石の腕を大斧で受けると、力で押し返す。かと思えば、そのまま大斧を振り下ろしてギガントスの頭上に突き立てる。
だが、斧を抜けば、たちまち、破損箇所は修復されていく。
コズバーンは戦いの面では圧勝しているが、ギガントスの破損修復能力もそれに引けをとらない。
「ええ、コズバーンはいずれあの兵器に倒されるでしょう」
魔導兵器ギガントスは、当初コズバーンの攻撃を受け続けていた。だが、少しずつ学習していっているのか、その攻撃を時折、防ごうとするようになっていた。
振りおろされた大斧を、腕で受ける。だが、その腕はいとも簡単にボロりとまっぷたつになり、本体まで大斧の刃が突き刺さる。
「て、言っても、あいつが負ける気がしないのは、俺だけかな?」
アストールはその出鱈目な強さを見て、苦笑していた。
「私もそう思うんだけど、実際はどうなの?」
メアリーに聞かれてジュナルは、苦笑して答える。
「あれほどの巨体を動かす純度の高い魔晶石です。動かすだけでも相当な魔力を使っているはずです。それが、修復にまで回っているとするならば、勝敗が少しわからなくなってきましたな」
コズバーンの攻撃が受けるたびに、大きな傷の損傷を修復していく。いくら純度の高い魔晶石といえど、兵器を動かしつつ修復することは相当な魔力の消費だ。
コズバーンの体力がつきるのが先か、それとも、魔晶石の魔力が尽きるのが先かの根気比べ。
両者一歩も譲らない一方的な破壊と、一方的な修復行為の繰り返しだ。
「あれじゃあ、不毛だ」
攻撃を緩めないコズバーンに呆れながら、アストールは細剣を抜いていた。
「……でも。助太刀したほうがいいかな」
メアリーも遂には弓を構える。
「いつ倒せるかもわかりませぬからな。拙僧もやるとしますかな」
ジュナルはその場で杖を構えていた。
「じゃあ、頼むぜ」
アストールの声に答えてジュナルは詠唱を始める。
「万物の現象を司る力の根源の象徴よ。我が力をこの杖を通じて発現させよ。我が主アストールに全てを削る水の力を、従者メアリーに全てを貫く水の力を!」
詠唱し終えるとジュナルの杖は光をはなっていた。放たれた光は、アストールの剣の白刃に宿り淡い水色の光を発する。同じようにメアリーの弓も水色の光に包まれていた。
ジュナルの魔法は二人の武器に、魔法の効果を付与するものだ。
ギガントスが地面の属性であるのは、その体を構成している物質から判断できる。
魔法にも相性があり、必ず弱点となる属性があるのだ。
地面を削ることができる水が、相性としては最高にいい。
「おし! 行くぞ!」
アストールは魔法を付与された細剣を片手に、コズバーンの元へとかけていた。
メアリーは矢を取り出して、弓を引き絞る。そして、コズバーンが襲うギガントスへと照準を合わせていた。
「ぬう! 手助けは無用と言ったはずだ!」
コズバーンは駆け寄ってきたアストールを怒鳴りつける。だが、アストールも負けじと大声で叫び返していた。
「こいつはいつまで経っても倒せない! どこかに組み込まれているはずの魔晶石を破壊しない限りな!」
そう言ってアストールはギガントスの足元で細剣を振るっていた。
水の魔法が付与された細剣の刃は、いとも簡単に足のど真ん中をすべるように切り裂いていく。
足を切断されたギガントスは、バランスを崩してそのまま後ろに倒れる。
「ほほう! おもしろいではないか!」
コズバーンはアストールのその腕前に、笑みを浮かべる。だが、攻撃していた手を緩めたわけではない。
倒れたギガントスに大斧を、何度も繰り返し、繰り返し叩き付け始めたのだ。
「ああ、おい! ちょっと、待て」
「隙を見せたら負けということを、教えてやらねばなるまい!」
アストールの静止を無視して、斧を次々と繰り出していく。
再び繰り返される地鳴りと、えぐられて削られていくギガントス。
無暗に近寄ることができないアストールは、よこでその様子をみるしかない。
何度も繰り返し、執拗に破壊し、大斧はギガントスの胴体を削っていく。
「あ、あれは!」
そしてついには、その胴体の中心部まで削っていた。
ふと見れば、中心部で茶色に光り輝く宝石のようなものがみえた。アストールはそれがすぐに魔晶石であることを確信する。
「あれか! コズバーン! あの茶色いの壊して!」
アストールが言うまでもなく、コズバーンは大斧を振り下ろす。
刃が茶色い魔晶石に迫った時だった。
とてつもない光が魔晶石から放たれ、二人を包み込んでいた。
目も眩むほどの怪光に対して、コズバーンもたまらず目をつぶる。だが、振り下ろされた大斧は止まることなく、魔晶石を砕いた。はずだった。
耳鳴りのするような音が、辺りに響き渡る。ギガントスは片腕で大斧を受け止め、同時に体の修復にかかっていた。
深く傷ついた場所よりも、すぐに修復可能な部分を優先的に修復する。
最初にアストールが綺麗に切り落とした足を、修復して立ち上がる。
ようようと二人が目を開けた時、そこには胸の魔晶石が向きだしのギガントスが佇んでいた。
「メアリー!」
「わかってる!」
引き絞った矢に全神経を集中させ、メアリーは魔晶石に狙いを定める。
魔晶石の周囲はすぐに破片を吸い寄せて、修復にかかろうとする。そして、彼女が矢を放つより前に、魔晶石をその体の破片の修復で覆い隠してしまった。
メアリーはそれでも、引き絞った矢を放っていた。
青白い光の尾を引いた矢は、まっすぐとギガントスの魔晶石のあった部分へと飛んでいく。
次の瞬間には矢が吸い込まれるように、ギガントスの胴体の中心部分に突き刺さる。
流石に魔法を付与していたとはいえ、貫通することはなかった。
だが、矢が突き刺さったギガントスは、瞬時に動きを止めていた。そして、細かい傷の修復もその場で止まる。
「や、やったのか?」
ギガントスは暫く動きを止めていたが、その形を維持できなくなったらしく、ボロボロと崩れだしていた。矢じりが魔晶石に突き刺ささり、破壊したのだろう。
「そのようであるな」
コズバーンは警戒を解いて、崩れ落ちていく巨人を見据える。
存外にあっさりと決着がついたことに、アストールは大きく息を吐いていた。
「これは一度帰って、リアムとかいうのに事情をきかねえとな」
腰に手を当てたアストールは、崩れ落ちた巨人を見てそう呟くのだった。
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