第16話 館と領主と秘密 2

 アストール達は武装を整えて、地下に続く階段を下りていた。しばらく行くと長い直通の廊下に出る。その先には開け放たれた石造りの扉があった。

 とても大きく、人力ではとても開けられそうもない分厚く重そうな両開きの扉だ。それが人力で開けられるとするならば、あのコズバーンくらいであろう。


「魔術師がいるか……」


 そのことに気付いた三人は、この先に魔術師がいることを暗に感じ取っていた。

 コズバーンの様な化け物が、そうそういるわけがない。というよりも、いてはたまらない。

 ここの主人が魔術の研究をしていたということは、この扉も何らかの魔術で閉まっていたことに間違いはない。とすれば、必然的に魔術師がこの先にいても、おかしくはない。


「皆、警戒して行くぞ!」


 アストールは後ろの二人を見ると、戦闘態勢を整えて、扉の向こうへと駆けこんでいた。

 三人は無言のまま駆けこむ。その先にはかなり広い空間が広がっていて、足音だけが部屋中に響き渡る。


「思ったよりも、到着が早かったようですね」


 ロウソクの灯された薄暗い部屋の奥から、若い男の声が聞こえてくる。まるで、三人がここに来ることが分かっていたかのような態度で、その暗闇より姿をあらわにしていた。

 顔半分を黒い布で覆い、騎士が普段つける様なつばの広い帽子をかぶっている。また、その帽子も黒で、帽子の上部には黒い鳥の羽がついていた。

 全身を隠すように身に着けているマントも黒であり、とにかく全身を黒で統一した怪しい装束の青年だ。


「その恰好……。貴様、黒魔術師団か」


 ジュナルが険しい表情のまま、青年を見つめる。その青年が目元だけでも、かなりの美青年というのが分かる。

 黒魔術師団といえば、巷を震わせる禁断魔法を研究する秘密結社である。

 非人道的な研究、たとえば、人体実験などを平然とやってのける。騎士隊がいる街中でも平気で黒魔術の実験を行い、多くの人々を犠牲にした事件さえあった。

 そんな魔術師がここにきているのだ。この館の主が、なんらかの禁断魔法を研究していたのは間違いないだろう。


「ほほう。やはりお知りでしたかね。ですが、僕はそんな結社には属していませんよ」


 青年は目元に愉快そうな笑みを受かべて言っていた。


「禁断魔法を研究するなど、言語道断である。この近衛騎士付魔術師が貴様を成敗してくれる!」


 そう言ってジュナルは容赦なく杖を構えて、呪文を詠唱しようとする。だが……。


「ま、まま、待ってください。僕たちはあなた方と争うつもりなど、毛頭ありません!」


 青年は大げさに両手をぶんぶんと振っていた。


「第一に僕は無駄に人を殺したりすることが嫌いなんですから!」


 青年はそう言うと、身構える三人の前に足を踏み出す。


「それに、ぼくは自分の手を汚したくありませんからね」


 三人はそれでも警戒を解くことなく、身構えたまま青年を見つめていた。

 油断ならないのは、その物腰の柔らかい独特の雰囲気を感じ取ればわかる。


「そう固くならなくてもいいですよ。僕は、何もしませんから」


 青年はそう言って更に一歩前に踏み出していた。


「ジュナル、どうする?」


 アストールは青年の態度に戸惑いつつも、警戒を緩めることなくジュナルに聞く。


「油断するでない。奴は黒魔術師だ。何をしてくるか分かったものではない」


 そう答えられ、アストールは握る細剣に力を込める。

 その時であった。


 背筋を撫でるようなぞっとした殺気を感じ、アストールはすぐにその殺気の放たれた方へと顔を向ける。

 そこから何かが光ってみえ、アストールは反射的に剣を構えていた。そして、その迫り来る何かをたたき落としていた。

 カラカラと音を立てて、床にナイフが転がる。それがすぐに投擲専用のナイフであることを確認したアストールは、ナイフが投擲されてきた方向を睨みつけていた。


「ちぇ! 勘のいい女ね!」


 その声の主は、ゆっくりと暗闇から出てくる。


「な、子ども?」


 メアリーがそう言って、暗闇から出てきた少女を見て呟いていた。


「ふふ。私の外見に騙されない方がよくってよ。ナイフを叩き落としたのは褒めるけど、次はないと思ってね」


 笑みを浮かべる少女は、どこからともなく取り出した投擲用ナイフを指の間に挟む。


「全く、しくじってしまいましたか」


 黒ずくめの青年は、半ば呆れた様子で少女に言う。


「るっさいわね! あんたこそ、さっさと仕事を終わらせたら?」


 少女のその声音に、青年は目元に意地悪い笑みを浮かべたまま言う。


「そうですね。では、あとは頼みますよ」

「え? 一人で三人相手にしろっての?」

「そんなわけないでしょう。ちゃんと助っ人はつけますよ。大地の力を司りし力の根源よ。我が力を通じて、ここに召喚せん! いでよゴーレム!」


 青年が短く叫ぶ間に、その場に二体の人型を象った石が床を突き破って現れる。まさかの展開にジュナルも眉根を潜めていた。


「これは先手を打たれましたな」


 ジュナルは苦笑するしかなく、すぐに魔法を詠唱しだす。


「万物の現象を司る力の根源の象徴よ。我が力をこの杖を通じて発現させよ。全ての物を傷付け、我が意にそぐわぬ物を破壊せよ。ブラストストーム」


 そう発言すると同時に、ジュナルの前方より突風が発生して、少女とゴーレムに吹きつける。

 少女はその場で危機を感じ取って、即座に身を翻して横に飛びのいていた。

 突風がゴーレムに当たった瞬間に、突風と共にその場で細かな小石や砂がゴーレム達を襲う。

 何も見えなくなる砂嵐のような現象に、少女は唖然としていた。

 数瞬のうちに風は吹き終え、2体のゴーレムはそれでもその場に佇んでいる。

 だが、よくよく見れば、ゴーレムの表面は傷まみれで、自重を支えきれなかった腕がもげて地面に落ちていた。


「あ、あぶな! あんなのに巻き込まれたら、怪我だけじゃすまないじゃない!」


 少女はそういうと、腰から短刀を引き抜く。


「てか、なんで、ゴーレム三体ださないのよ! これじゃあ、私が戦うの決定済みじゃない!」


 などと叫び声をあげる少女、それにアストールは容赦なく細剣で襲いかかっていた。

 少女はそれに対応して、短刀で振りおろされた一撃を受け止める。


「仕方ありませんよ。僕の魔力も無限大というわけではありませんからね。余力くらいは残さないと、あとがどうにもなりません」

「性悪! 悪魔! 根暗!」


 アストールの剣劇を、少女は片手の短刀で全て受け流す。男に対してそう毒づいていた。アストールはそれが自分を侮った行動とみて腹を立てる。


「おい、てめえ! 俺を舐めてんのか! よそ見してんじゃねええ!」


 そう叫んでアストールは、隙をついて細剣を繰り出す。しかし、それを少女はいとも簡単に、短刀で弾いていた。


「だって、たいしたことないじゃん」


 笑みを浮かべる少女は、次に守勢から一気に攻勢に出ていた。

 アストールの一撃を短刀ではじき返すと、即座に短刀を前方に突き出していたのだ。

 その一撃を軽く弾いたアストールだったが、少女はいつの間にか反対の手にナイフを持っていて、そのナイフがアストールを襲う。


 辛うじてナイフを避けるも、次には短刀の一撃が迫ってきていた、

 右に左にと飛び交うナイフと短刀の一閃に、アストールは防戦一方の戦いに引き込まれていた。完全に相手ペースの戦い。

 どうにか攻撃は防いでいるものの、防ぎきれなかった攻撃もあった。

 少女の襲い来る牙が服を切り皮膚にまで刃が達し、腕や足に浅い切り傷を作り始める。

 そんな状況に嫌気がさしたアストールは、ナイフが繰り出された一瞬の隙をついて細剣を横から凪いでいた。だが、そのアストールの大振りの隙をつき、少女はその小柄を生かして彼女(かれ)の懐に迫る。

 対応できない速さではないにしろ、懐に入られたことに変わりはない。


 少女の繰り出したナイフが胸に迫っていた。

 助けてもらおうにもジュナルとメアリーは、ゴーレムを倒すことに必死で、助けに行くことはできない。

 ここは自力でどうにかするしかない。アストールは全身の筋肉を使い、無理矢理に細剣を少女に向ける。相打ち覚悟の一撃に気づいた少女は、即座に身を翻す。


「へー。攻撃は三流でも、意地だけは一流なんだ」


 少女の愉悦に浸る笑みを見たアストールは、それでも何も言い返せなかった。

 細剣という慣れない武器で訓練したとはいえ、一週間そこそこではその実力もしれている。何より大剣を使っているときの癖が、未だに抜けきっていない。

 それは本人が最も自覚しているところで、何を言われても仕方がないのだ。


「るせええ! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 だが、言われっぱなしで黙っている性格でもない。アストールは叫ぶと同時に、少女に向かって細剣を振るっていた。


「あーこわいこわい。年増の女の嫉妬って怖いわ! 実力差に嫉妬かしら?」


 笑みを浮かべる少女は、軽々とした身のこなしで全ての攻撃を避けていく。


「さて、そろそろですよ。マリーナ、そっちに行きますから逃げてください」


 青年の声が室内に響きわたり、少女ことマリーナは不服そうに言い返していた。


「もうちょっと、遊ばせてくれてもいいじゃない」


 青年はマリーナを見て、溜息をついていた。何を言っても、青年の言葉に従うつもりがないらしく、未だにアストールの剣戟を避けては、時には受け流しているのだ。

 それを嬉々とした表情で行なっているのだから、青年も呆れる以外にない。


「ふぅ! こっちは終わったわよ! アストール!」


 メアリーがそう叫び、ゴーレムの一体を矢で蜂の巣にして倒したことを報告する。


「こちらも終わりましたな!」


 ジュナルも魔術によって、ゴーレムを粉々に粉砕し終えて報告する。


「あらら! もう倒しちゃったの!? ケニー! どうにかしてよ!」


 マリーナがそう叫ぶと、青年ことケニーは溜息をついていた。


「だったら、早くこっちに来てくださいって」


 ケニーがそう言うと同時に地面が大きく揺れ出す。


「騎士隊が来るのも、時間の問題です。ここはさっさと退散したほうがいいですよ。それに……」


 青年の後ろからは、大きな塊が地を揺らしながら迫ってくる。そして、彼の横を通り過ぎると、薄暗いロウソクの光に照らし出されてその塊の全貌が明らかになった。

 コズバーンよりも一回り大きな体躯の、人型魔道兵器。通常のゴーレムよりもかなり大きい人型のゴーレムが彼らの前に現れていた。

 全身を石で作られた巨体には、なにやら古代文字らしいミミズのような文字が、全身に刻まれている。

 鎧を着たような兵隊を型取っていて、そのしなやかな動きには目を見張るものがある。


「な、なんなの、あいつは……」


 メアリーが呆気にとられていると、その鎧を来た石の巨人はアストールと。マリーナと呼ばれた少女のすぐ後ろに迫っていた。

 そして、二人に向かってその太い腕を振り下ろしていた。

 即座にその場から飛びのいて避ける二人。たまたまアストールはその巨人よりも遠くに逃げることができ、マリーナの飛び退いた位置は丁度巨人の足元当たりだった。

 石の巨人は自分の近場にいたマリーナに標準を合わせたらしく、彼女に向かって更に追撃をかけていた。

 マリーナは軽やかな身のこなしで避けると、ケニーに叫んでいた。


「なんで、なんで私を攻撃するのよ!」


「いや~。すみません。コルドの制御に、ゴーレム二体の召喚と、このギガントスの起動で、こいつの制御に必要な魔力を使いきっちゃったんですよ。だから、起動はしたんですけど、制御はできないんです」


 情けないケニーの声に、マリーナは大きな声で罵倒していた。


「この愚図! 愚鈍! 役立たず! 馬鹿! 鬼! 悪魔!」


 そう叫ぶ間にも次々と、その巨体からは信じられない速さの攻撃がマリーナを襲う。

 どうにか攻撃を避けるマリーナを見て、ケニーはまるで他人事のように叫んでいた。


「どうにか、自分で切り抜けてくださーい」


「ふざけるなあああああ!」


 マリーナの悲痛な叫びが、部屋中に響く。

 それを見たアストールは大声を上げて、指をさして笑っていた。


「あはは! 間抜けだろ! バカだろ! お前ら!」


 大声で笑い声をあげるアストール。それに呆れるジュナルとメアリー。

 だが、世の中。野次馬がそう傍観し続けられるほど甘くない。

 アストールの笑い声に気付いた制御不能の巨大ゴーレム、ギガントスは、その体躯をゆっくりとアストール達に向けていた。

 その隙にマリーナは部屋の奥、青年のいる場所へと駆けていく。


「馬鹿はあんたでしょ! 自分で気を引いてどうするの!?」


 大声で叫んでくるマリーナに、再びギガントスは青年の方へと体を向けていた。


「ではでは、目的も達成したので、僕達はこれで失礼しますよ。後はそのギガントスと存分に戯れてください」


 青年はそう言うと、少女を抱きかかえる。ギガントスは逃げたマリーナの後を追って、走っていた。そして、二人の頭上からその拳を振り下ろしていた。

 だが、真上から襲い来る拳に、二人は全く動じる様子もない。

 次の瞬間にはギガントスの拳が、土埃を上げて、地を割って叩きつけられる。だが、そこに二人のペシャンコになった肉塊は見当たらなかった。


「ふむ。どうやら、転送魔法を使用したようですな」


 ジュナルが呑気にそう言う。


「ここは逃げたほうがいいか」


 アストールは苦笑しつつ、足を踏み出していた。

 だが、そうそう簡単に見逃してくれるほど、ギガントスも容易な相手ではない。標的を見失ったギガントスは、すぐにアストール達に標的を変えていたのだ。

 巨体がゆっくりとアストール達に向くと、三人は引きつった笑みを浮かべる。


「ア、アストール。あんたのせいで、こっちに気が向いたじゃない!」


 メアリーが横にいるアストールを睨みつける。


「ばかやろう! 俺だって好きで呼んだわけじゃねえ!」


「二人とも言い争っている場合ではありませぬぞ! ここは一旦、地上まで引きますぞ!」


 ジュナルの声に二人はすぐに口論をやめる。そして、迫り来るギガントスを背に、地下の出口へとまっしぐらに走っていくのだった。

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