第15話 館と領主と秘密 


 蹴破られた屋敷の扉を前に、アストールは細剣を片手に警戒しながら突入していた。


「見た感じ、全部出てきたって感じだが、油断はできねーな」


 アストールはいつもの口調のまま、館の廊下を見渡していた。

 コルドたちが住み着いたせいか、ひどく荒らされている。

 ベニヤの壁は剥がされ、階段や廊下の手すりは破壊され、床には至るところに穴があいている。また、豪勢なシャンデリアもエントランス中央に、無残に落ちていた。


「あ~あ。もったいない」


 見た目だけでも高価そうな骨董品が、そこかしこで割られ地面に転がっている。それを見てメアリーが溜息をついていた。


「清々しいほど、破壊しつくされておりますな」


 ジュナルはそう言うと、この酷い館の状況を見て呟いていた。


「ああ。全くもって、さて、進むとすっか」


 アストールはそう言うと、そのスタイルのいい足で踏み出していた。


「ねえ、別れて調査しないの?」


 後に続くメアリーがそう提案するものの。


「だめだ。念には念を入れて、三人で行動するのが一番だ」


 アストールはそう言うと、足を止めることなく館の中を散策しだしていた。

 食堂に客室、応接室に主人の部屋、その他侍従の部屋などを順々と巡って行くが、一向にコルドの残りがいる気配はない。

 どこの部屋も荒らされてはいるものの、部屋の隅々まで確認してもコルドはいない。

 屋敷を回っているうちにも、段々と日が暮れていく。そうして、最後になったのが、この館の主人の書斎である。


「さて、多分、何もないとは思うが、一応、見るだけみとかないとな」


 アストールはそう言って書斎へと足を踏み入れていた。

 書斎に足を踏み入れた時、三人がまずある印象を抱いた。

 何か違和感があると。

 館の一般的な書斎とは、大きければ一階と二階を吹き抜けにして、階段をつけて書斎内を自由に行き来できるようにしている。それがこの国での伝統的な書斎の造りである。


 しかし、奇妙なことに、この書斎は一階から穴を掘って地下に吹き抜けを作っている。

 確かに日の光を与えずに、適度に本を補完するにはいいが、地下では光が足らず、本を読むのに苦労するだろう。

 何より奇妙なのは、書斎の主人の机が地下の中央の広場におかれていることだ。

 これでは、日の光など望めないし、本を読む時は暗いロウソクの火の明かりで読まなければならない。日中から好んでロウソクの火を使って読書など、相当な変わり者だろう。


「なんか、ここもひどく荒らされてるわね……」


 周囲を見渡したメアリーが呟くように言っていた。

 本棚からは本が散らばるようにして、床に散乱している。相当数な本がここに保管されているらしく、散乱した本も種類は様々だった。


「よほど、熱心な読書家であったのであろう」


 ジュナルは感心しながら、足元に落ちていた本を拾い上げる。

 そこでジュナルは眉根をひそめていた。


「どうした?」


 ジュナルの変化に気付いたアストールは彼に聞く。


「いえ、これを見てくだされ」


 そう言って差し出してきた本を、アストールも見る。その本を見て、アストールも眉根をひそめていた。


「体と魔術のバランス研究?」


 本の題名を読み上げるアストールは、怪訝な表情を浮かべて周囲を見回しながら他の本も手にとっていた。


「禁断の魔術書?」


 ただの貴族が読むにしては、不自然な魔術書である。それ以外にも散乱している本を拾い上げてみると、魔術関係の書物が多くあった。

 ジュナルのように魔術師を雇入れていれば、この魔術書も違和感はない。しかし、この書斎はあくまでも屋敷の主人の書斎なのだ。

 全ては主人の目が通されてきた本である。

 何よりも、魔術書の中には黒魔術に関する書物も多くあった。


「貴族でいながら、魔術の研究をしていましたのかな」


 貴族は騎士あがりの者や、領地を収めるにあたって武術を心得ている者が多い。というよりは、貴族の嗜みの一つとして武術が重視されているのだ。

 それは単に民衆に対して、強い領主ということをアピールするだけに留まらず、いざ戦争が始まれば領地を、命を張って守るという決意の表れでもあるのだ。


 そんな貴族が魔術の研究をするなど、これまた奇妙な話である。確かに予備知識として知っておいて、損はないだろう。だが、ここに置いてある膨大な本の中には、実戦に用いることができる魔術書までもが入っている。

 知識として蓄えておくには、大袈裟な書物も多くあるのだ。これではまるで、この書斎で何かを研究していたかのようだ。


「何か臭うな」


 アストールはそう呟くと、書斎の階段を駆け下りていた。


「アストール! 気を付けて! 何があるかわからないわよ」


 メアリーが心配そうに叫んでくるが、今の彼女(かれ)の耳には届いていない。

 何より、アストールを突き動かしていたのは、この館に対する不信感である。

 だだっ広い庭は常に綺麗に保たれていて、あたかもそこに人が住んでいるかのような美しさだった。

 だが、この館の主はとうの昔に死んでいて、その息子が庭園や館の手入れをするのも、月に一度といったところだ。それでは、あの綺麗さはとてもではないが、維持できない。

 何よりも、この館で魔術の研究をしていたとなると、わざわざ人気のない森に館を建てたことも納得が行くというものである。


「絶対に何かある」


 アストールはそう言って地下の書斎の本棚を見渡していた。

 散乱した本たち、だが、奇妙なことに本棚は倒されていても、それ以上の傷は見当たらない。妖魔ならば無意味に本棚を破壊していてもおかしくないはずである。


「おかしいな……」


 アストールは本棚を片っ端から見ていく。どこの本棚も同じように綺麗なまま、本だけが床に散乱していた。


「ん? あれは?」


 アストールの目に留まったモノ、それは本の散乱していない本棚であった。

 地下の壁を隠すように配置された本棚、本が整然と並んでいれば不審にも思わなかっただろう。だが、その一角の一つの本棚の本だけが散乱していないのだ。


「まさか!」


 アストールはある一つの考えに至って、その本棚に駆け寄っていた。

 そして、本棚の本の一列を上から順々に、押したり引いたりとしていく。普通の本が並んでいて、一冊一冊動かせるようになっていた。


 そうして、最後に一番足元に近い本の列を押したときだった。

 一冊の本を押したはずなのに、その列の本すべてが奥に進むようになっている。

 その奇妙な現象に、アストールは力いっぱいにその本の列を押していた。

 本棚の奥でガチャリという音がし、突然、本棚が音を立てて床に向かってに下がり始めていた。


「やっぱりか」


 アストールは自分の考えが正しかったことを、これで確信していた。


「ほほ、どうやら、また、見つけたみたいですな」


 いつの間にか後ろに来ていたジュナルが、笑みを浮かべてアストールに言っていた。


「みたいだな。まあ、こんな辺鄙な森に住んでるんだ。隠し部屋の一つや二つあってもおかしくないだろ」

「それだけではあるまい?」


 ジュナルの意地悪い笑みが向けられ、アストールは嘆息していた。


「ああ。予想だと、多分、魔法の研究でもしてたんじゃないかってな。だったら、どこかに秘密の研究室みたいなものの入口がないかとも思ったんだ」


 アストールはそう答えると、開ききった秘密の扉を見つめる。薄暗い階段には火が灯り、地下へと続く階段が見えていた。


「やっぱり、灯りがともっていやがるか」

「先客が居るのが、わかってたの?」


 不思議そうに聞いてくるメアリーに対して、アストールは平然と答えていた。


「大方、誰かが居るってのは、すぐに分かったさ。他とは荒らされようが違うからな」

「え?」

「見てみろ。本棚なんか形を残してるし、本は散らばってても破れかぶれになってない。妖魔なら本棚ごと破壊しててもおかしくないのにな」


 そう言われて見ると、メアリーも納得が行った。

 ほかの場所では給仕の服はビリビリに破られていたり、執拗に細かく陶器が割られていたり、食器棚は棚ごと破壊されていたりと、散々な荒らされようだった。

 だが、この書斎は彼女(かれ)の言うとおり、荒らされた形跡はあるが、あそこまでひどく陰惨に破壊し尽くされてはいない。


 それがなぜなのか。すぐに分かることだろう。

 誰かがここにきて、この館の秘密を探っていた。

 何者かは判らないが、とにかくこのまま進めばわかることだ。


「皆、気を付けていくぞ」


 アストールはそう言うと腰の細剣を抜き、地下へと足を踏み出していた。

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