第21話 ゴルバルナ秘密の実験
小鳥が城内の中庭でさえずり、朝を知らせていた。
その中庭の横には屋根のついた長い外廊下がある。そこを侍女や近衛騎士、貴族や官僚、侍従、神官などが忙しなく歩き回っていた。
王城ヴァイレルの朝は、そのような人々が朝の業務に追われることから始まる。
そんな中、大きなあくびと伸びをしながら、一人の体格のいい青年が歩いていた。
金髪の短髪に、野性味あるがそれなりに整った女受けのいい顔の青年だ。
彼こそ女体化する前のエスティオ・アストールである。
近衛騎士を示す普段着の紫の服に身を包み、腰には剣を帯びている。
「ふぁあ~。ねむてえな」
などと王城内で伸びと大きなあくびをしながら、エスティオは呑気に周囲の人々に目を向ける。
(朝くらいゆっくりしろよな~、見てるこっちがイライラするぜ)
もちろん、周囲を行きかう人々は、エスティオに対して逆の感情を持っているだろう。
だが、そんな事を口にする時間さえ勿体いないのだろう。誰一人として、彼に声をかける者はいない。
何より、昨日もエスティオは一人で妖魔狩りに出かけて、見事コルドの群れを撃退してきた。その様な野蛮な実力者に、一言提言できる者など、この王城には彼の従者くらいしかいない。
一人のんびりとした朝を過ごすエスティオは、すぐに目だけを動かして周囲を観察する。
(さ~て、さて、仕事も終わったしな。綺麗な侍女でもいねえかな……)
などと不埒な思いを抱きながら、仕事の疲れを癒してくれる相手を探す。そして、その標的をすぐに見つけていた。
(おお、あれはなかなか上玉だ。今日はあの子で癒してもらおうか)
彼の目に留まったのは、16か7歳のあどけなさが残る一人の侍女だった。
エスティオとは違い、長くなびく髪の毛は、黒くて艶やかであり、この国では珍しい。
その侍女は重そうな荷箱を何段も重ねて持っており、歩くのに苦労していた。
(よ~し決めた、あの子にしよう)
エスティオは決心するなり、すぐにその侍女に近づいていた。
「おはよう。朝から重そうな荷をもってるな」
いきなり声をかけられた侍女は驚いて、足を止めていた。
「は、はい。い、急いでいるんで、それでは」
などと釣れない返事をする侍女。だが、エスティオがこれで諦めるわけもない。彼はすぐに彼女の横に付いて声をかけていた。
「俺でよかったら、持つの手伝うぜ」
活快な笑みを浮かべたエスティオに、侍女は尚も困った顔を見せていた。
「い、いえ、いいんです。これは私の仕事ですから。それよりも、あなたにも仕事があるのではなくて?」
侍女のその釣れない言葉に、エスティオはそれでも食い下がる。
「いや、大丈夫、大丈夫。俺の仕事は昨日で終わってるから。このくらい手伝ってやるよ」
そう言って無理矢理に荷物の半分以上をエスティオは手に持っていた。
「こ、こんな。騎士様にこのようなことを手伝わせては、侍女の名折れです! 困ります!」
半分怒ったように侍女は語気を荒げる。だが、彼もここまで来た以上、引き下がるわけにもいかない。
「そんなことないさ。それを言うなら、困っている女性を見て見ぬふりして、通り過ぎていくことこそ、騎士の名折れじゃないか」
などと正論らしきことを言う。だが、その下にある感情は、とにかく、彼女と一発やることだけだ。だが、それを表面にださないあたりが、猛者と言ったところだろう。
侍女は言い返せなくなり、大きくため息をついていた。
「では、すみませんが、お願いします」
侍女は諦めると、エスティオと共に再び歩み始めていた。
「そういえば、お名前をお伺いしていませんでしたね」
侍女に尋ねられて、エスティオは笑みを浮かべて答えていた。
「ああ、そうだった。俺の名前はエスティオ・アストールだ」
その名前を聞いた瞬間に、侍女はすぐに答えていた。
「え? あの話題のエスティオ様ですか?」
「え? そんなに俺は有名なのか?」
意外そうに顔を一変させたエスティオは、侍女に聞いていた。
「え、ええ。なんでも一人で妖魔の軍団と戦って勝ったりしているとか。とにかく凄腕で人間離れしているって噂になってますよ」
もともと、忙しくて王城にはあまりいないエスティオは、その名誉か不名誉かわからない噂を耳にして苦笑する。
「そ、そうなのか」
「え、ええ……。でも、想像していたより、ずっと優しい方なんですね」
侍女はそう言って、魅力的な笑みを浮かべていた。
それに対して、エスティオは複雑な心境になる。
(俺はそんな風にみられるほど、野蛮なのか)
確かに人よりは多少筋肉質で、扱っている大剣も普通のものではない。だからと言って、あの可憐な近衛騎士である身分の自分が、そう見られていようとは思いもしなかったのだ。
とはいえ、そう野蛮に見られるにもそれなりに原因があった。それが、彼の女癖の悪さだ。この事に関しては、表だった噂にこそなっていないが、陰では有名なことであった。
幸か不幸か、そのことを目の前の侍女は知らないらしく、無邪気に微笑んでいた。
「あ、それより、君の名前は?」
侍女はそう問われると、少しだけ言葉にすることを躊躇する。だが、すぐに思い直したのか、彼に顔を向けていっていた。
「アリーヴァです」
この王国ではあまり聞かない名前。エスティオはその名前を聞いて、とある花を思い浮かべていた。遥か西方にある赤い花、深紅に染まる花弁は丸く、何重にも重なっていてその美しさは世界でも指折りものだ。
その花の名前こそ、アリーヴァである。
ベルムンティア王国も西方遠征時に、アリーヴァの花を持ち帰って栽培している。
エスティオは人の心を魅了する花を思い浮かべて、言っていた。
「アリーヴァか。綺麗な名前じゃないか」
エスティオの褒めにアリーヴァは、少しだけ頬を赤らめてから答えていた。
「え、いえ。そんな」
動揺と恥ずかしさの二つを、表情に出している彼女は、初心で可愛らしい。
「もしかして、西方出身かい?」
「は、はい。でも、なんでお分かりになったので?」
アリーヴァの質問にエスティオは答えていた。
「ああ、俺もちょっと前に西方に行くことがあってな。そこで君と同じ綺麗な花を知ったんだ」
「そうなんですね。私の地元はアリーヴァの出荷が盛んで! あの花にも種類があって、種類ごとに色も違うんですよ?」
「そうなのか? それは知らなかった。君は博識だな」
「いえ、私の名前の由来の花だったからですよ」
屈託のない笑みで答えるアリーヴァに対して、エスティオは更に質問をする。
「それにしても、遠いところからよく来たもんだな。君はどうして、ここに来たんだい?」
「実は私、子どもの頃からこのヴァイレル城に憧れていたんです」
ヴァイレル城は白壁でできた城壁と、城本体によって美しい外観をしている。そのヴァイレル城の外観は、世界からも認められるほどだ。
本や言い伝え、絵画によって、世界中にその栄誉ある姿を伝えている。
そこで働きたいと憧れを持つものも多く、毎年、王城付侍女などの試験を受けに、全国から人々が訪れていた。そこには属領地から志願する者も多くいた。
ヴェルムンティア王国は優秀であれば、その身分に関わらず侍女、衛兵、召使いなど、公務に携わる人員は登用しているのだ。
勿論、要職に就くには身分が高い者しかなれないが、こう言った雑務を熟す者には身分は関係なかった。
「小さい頃からの憧れか……。君は凄いな。その夢を叶えてるんだからな」
「そんな。まだ私は入ったばかりですし、まだまだ夢半ばですよ」
そこからエスティオは会話の糸口を見つけると、アリーヴァと話を発展させ、いい雰囲気を作り出す。
流石は熟練の技と言うところか、最後にはアリーヴァとの夕食の約束までも取り付けるのだった。
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