第12話 騎士と妖魔と傭兵と 2

 アレクサンドの理不尽な依頼を思い出しつつ、アストールは森の中に見えてきた薄暗い建物を見て呟くように言う。


「お、館が見えてきたな」


 アストールは細剣を抜いて襲撃に備える。

 もはや、ここは妖魔達のテリトリーといっても過言ではない。もしかすると、今正に妖魔が襲ってくる可能性すらある。


「仕方ない。付き合うよ」


 メアリーも腰にぶら下げていた弓をもち、背中にある矢を取り出す。そして、最も後方でジュナルが無言で杖を持って構える。

 アストールはそれを見ると、前を向いていた。


「さっさと終わらせて帰ろうぜ」

「コルドの群れっていっても、男の時みたいに楽勝じゃない気がするんだけど?」

「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」


 メアリーの疑問に対して、アストールは細剣を片手に警戒しながら進み出す。

 森の奥でひっそりと姿を潜める館の姿は、意外にも綺麗に保たれていた。

 周囲を囲う石造りの塀もそこまで汚れておらず、むしろ手入れが行き届いていて、まるで今まで人が住んでいたかのようだ。

 また、塀の周囲は綺麗に草が刈られていて、人の手が加わっている事がすぐにわかる。


「どうやら御子息は、この屋敷をとても大事にしているようですな」


 ジュナルは手入れの行き届いた屋敷の敷地を見て、そう呟くように言う。


「だとしたら、なおさら、コルド共をぶっ倒さないとな」


 アストールはそういうなり、その場を駆け始める。


「あ、ちょっと、待ちなさいよ! アストール!」


 メアリーもまたその後に続いて、走り出していた。


「若さには敵いませんな。拙僧はあとから行くとしますか」


 ジュナルは呆れながら、歩いて二人の後を追っていた。

 もっと強い妖魔ならばジュナルも警戒をしていただろう。だが、今回は最下級妖魔である。体が女性に変わろうとも、そこまで警戒する必要のない相手と判断していた。

 ジュナルはこの時、見落としていた。

 コルドは廃墟には住み着くが、手入れの行き届いた人の臭いのするところには近寄らないということを……。


 アストールとメアリーは屋敷の門をくぐる。それと同時に目に入ったのは、噴水の水を飲む浅黒い緑色の肌を持つ人型の妖魔コルドである。

 数匹が固まって噴水の水を美味しそうに飲んでいて、それ以外にも広い庭園を数匹のコルドたちが闊歩していた。


「メアリー頼むぜ!」

「任せて!」


 アストールの一言に、メアリーはとりあえず目についたコルドに矢を放っていた。

 一直線にコルドに向かって飛ぶ矢は、見事コルドの頭部を射抜く。

 叫びを上げるより先に、その場に倒れる音が庭園に響いた。


「よし、次々!」


 アストールの声にメアリーは次々と矢を放っていく。

 二頭目を狩り終わった時、ようやく噴水のコルドたちが二人に気づいた。


「おし! 俺の出番と!」


 いつもの調子でアストールは突っ込んでいく。

 真正面から細剣を手に、コルドたちと相対する。

 コルド達は武器をもっていないらしく,アストールに素手で殴りかかる。


「動きが鈍いんだよ。このどぐされ外道が!」


 アストールは軽い身のこなしで一撃を避けると、すぐに細剣を振るう。

 いつもの癖で妖魔の腕を切り落とそうと、思い切り細剣を叩きこんでいた。だが、肉を切り裂くものの、芯である骨に阻まれて切り落とすことができなかった。

 コルドの断末魔の叫び声が屋敷中に響き渡り、アストールはコルドの懐に入って細剣を喉に突き立てていた。叫び声はヒューヒューと言った音に変わる。


「ば、バカ! アストール! これじゃあ、どんどん湧き出てくるでしょ!」


 断末魔の叫び声を聞いたコルドが、他から湧き出てくるのは時間の問題だ。心配そうにするメアリーを他所に、アストールは更に攻撃を続けていた。


「んなこと知るか! 刺さなきゃこいつら死なねえんだからよ!」


 アストールはなかなか息の根を止めないコルドに、細剣を何度も何度も突き立てる。そのしぶとい生命力に、アストールは息を荒げていた。


「ち、なんで、一匹倒すのに、こんなに時間かかるんだよ……」


 アストールはようやく一頭のコルドを倒して、息を整えて細剣を構えていた。目の前には再びコルドが迫り、アストールも軽く身を避ける。

 コルドと交差する時に細剣で腹部を斬りつけるも、その傷は深からず、浅い傷をつけるに終わる。致命傷は与えられなかった。


「畜生、いつもなら、もう5、6匹はちょちょいと倒してんのに!」

 今のところ、戦果はアストールが一頭。メアリーがその間に既に四頭目を射抜いていた。全てとまではいかないが、庭園に出てきたコルド達の頭を正確に射抜いていた。

 アストールも慣れない細剣で苦労して二匹目を倒し終える。


 例え妖魔とはいえ、そのしぶとい生命力でも頭をやられれば死んでしまう。だからと言って、アストールの細剣で、何度も頭を貫いていれば、確実に剣は傷んで最悪折れてしまう。

 それ故にアストールはやむなく、何度もコルドの体の急所を狙って細剣の刃を突き立てていた。

 その様子はとても綺麗とは言い難い。


「アストール。とりあえず、庭園の敵は片づけたけど、一旦引いて戻ったほうがよくない?」


 メアリーは心配そうに言うと、アストールも息を整えて返事をする。


「そうだな。これはちょっと、ごり押ししすぎだ」


 男の体の時ならとうに館内に突入して、残ったコルド達をばっさばっさと斬り倒して、肉塊の山を作っていただろう。

 だが、今は女の体だ。二匹を倒すのにかなり疲労していて、息を整えなければならない。それでいて館内となると、自然と接近戦闘になる。

 いつもならば、メアリーとジュナルを背にして、戦うことができただろう。だが、今の状態では、館内で出会ったコルドを相手にするのは一匹がやっとだ。

 二人にサポートして貰っても、今のアストールでは前に進むことに不安しかない。


「拙僧もその提案には賛成だ」


 いつのまにか後ろに来ていたジュナルが、うなずいて見せる。


「ジュナル。遅いぞ」

「さっさと逃げましょう。あれを見てください」


 ジュナルはそう言って館を指さすと、館からは溢れんばかりのコルド達がぞろぞろと出てくる。あるものは窓を突き破り、ある者は扉を蹴破っていた。

 その数おおよそ、50は下らないだろう。


「おいおい、何が十匹いるんだ!? 大群すぎんだろ!」


 アストールはもはや、男口調であることを気にすることなく叫んでいた。


「さて、拙僧が時間を稼ぐので、お二人は先に行ってください」


 ジュナルはそういうと、杖を横に構えて小さな声で呪文を唱え始める。


「ちょ、ちょっと。ジュナル? 何するつもり?」


 一人残ろうとするジュナルに対して、心配そうにメアリーが問う。


「こういう時のために使う呪文です。巻き込みたくないのでお二人は早くお逃げください」


 その言葉にアストールは納得して、すぐに足を館の外へと向けていた。


「ああ。あれを使うのか」

「え? あれってなに?」

「メアリーは知らないんだったな。とにかく、今は逃げるのが先決だ。行くぞ!」


 訳も分からずにアストールに手を引かれるメアリーは、ジュナルの後姿を見据える。

 彼の眼前には多くのコルド達が殺到しているのだ。

 だが、それでもジュナルは何一つ動じる姿を見せない。


「万物の現象を司る力の根源の象徴よ。我が力をこの杖を通じて発現させよ。対象は目の前のコルドたちと屋敷一帯! レグブリーカー!」


 詠唱し終えると同時に、ジュナルを中心に大きな光が放たれていた。光の刃は彼を中心に全周に広がっていき、庭園にいたコルドたち全てを切り裂くように光っていた。

 コルドたちは光が当たると同時に、その全部がその場に跪く。まるで太ももを何かに折られたようにガックシと膝をついていた。


 彼の放った魔法は、一時的に攻撃対象を無差別に動けなくする魔法の一種である。

 単体の動きを止めるのは、さほど難しいことではないが、これほどの数の妖魔の動きを同時に止めるとなると、そう容易くできることではない。

 妖魔とは元々地下に住んでいた生き物が、地下にある魔力の結晶ともいえる鉱石、魔晶石の強い魔力を浴びて変化した生き物である。


 そのため、地上に住む生物と違って、魔法という攻撃にある程度耐性があるのだ。

 見習い魔術師程度では、自分の中にある魔力を最大限に引き出せないため、攻撃魔法はおろか、この拘束魔法さえも効かないだろう。

 それをジュナルは何事もなかったかのように、平然とやってのけているのだ。

 コルドたちがジュナルを前に跪いている様子は、正に圧巻と行ったところだろう。


「これで暫くは動けまい」


 ジュナルは一人呟くと、アストール達を追って、屋敷の庭の出口へとかけていくのであった。

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