第13話 騎士と妖魔と傭兵と 3
「コルドの群れを一瞬にして足止めするなんて、相当な実力の魔術師ですね」
屋敷のカーテンより外を覗く一人の男が、悦に浸った笑みを浮かべて庭園をみていた。
そこには圧巻と一言で表せるほどの光景が広がっていた。
一人の魔術師が五十は下らない妖魔の群れを、跪かせているのだ。
「何やってるの? さっさと調べるわよ! 昨日からずっと探し回っているのに、全然見つからないんだから!」
その後ろから一人の少女が険しい表情でやってくる。
見た目からして年齢は14、5歳といったところだろう。まだまだ発育途中な、ある意味では魅力的な体のラインを強調した服に身を包んでいる。
「待ってください、時間はまだあるんです。騎士隊が来ていないのを見ると、もう一日くらい時間はありますよ」
男は不敵に笑いながら、少女を見つめ返す。
「はぁ、今度は食堂を探してくるわ」
呑気に構える男に対して、少女は落胆の溜息をついていた。
「食堂には何もないと思いますよ。あるとするなら、この館の主の書斎でしょう」
男の言葉に少女はきっと彼を睨みつけていた。
「あんた、最初からわかってたでしょ?」
「君は僕に場所を聞いてきませんでしたから、特に教える必要はないと思いましてね」
男はそういうと、机にかけていたローブをまとう。
「ちょ、ちょっと、本当にわかってたの!?」
少女は驚嘆と怒りの篭った表情を、男に向けていた。
「この館の中心にある書斎からは、最初から妙な魔力の流動を感じていました。あらかた見当はついていたんです」
「きいい! 何よ! この性悪! 根っからの根暗!」
少女はそう言いつつ、男を睨みつける。だが、男はそれを意に介した様子も見せず、黒い羽根のついた帽子をかぶる。
「僕は根暗じゃありませんよ」
笑みを浮かべる男は、最後に机においていた赤い色の宝石のついたネックレスを首にかけていた。
「さて、書斎に向かいましょう。奴らを制御するのも結構疲れますからね」
男はそういって一室を後にしていた。それに続いて少女も不機嫌そうに男の後に続くのだった。
◆
「何が10匹だ!? 50匹以上いたじゃない!」
アストールは必死で男口調を抑えつつ、アレクサンドを怒鳴りつけていた。
「第一に! こんなことになったのに、なんで騎士隊も呼ばないの?」
アストールにそう言われて、アレクサンドも困り顔のまま唇をへの字にする。
「そうは言われてもな。今の領主リアムが、なぜかそれを嫌がっているのだ」
「なんで?」
「私に聞かれてもしるものか! あやつはどうしても口にしたくないらしい」
アレクサンドの答えに納得できないのは、何もアストールだけではなかった。
あの後、急いで三人はこの師匠の家まで逃げ帰ってきたが、なぜかアレクサンドは騎士隊を呼んでいなかった。
その理由として、アストールたちが軽く倒して帰ってくると踏んでいたからというのもあった。だが、アストール達から状況を聞いても、なお、騎士隊を呼ばないところを見ると、何か他に理由があると見ていい。
その理由を話してもらおうとしても、アレクサンド本人も知らないのだから、どうしようもない。
「チェ! これじゃ、骨折り損の草臥れ儲けじゃないか」
アストールはそう言うと大きく溜息をついていた。
「そう落ち込むでない。神は我々を見捨ててはおらぬ。あれを見よ」
ジュナルはそう言ってアレクサンド邸の入口を指さす。
いつもならば、開け放たれている門が、何か岩のような塊が前にあってふさがって見える。だが、入口を塞いでいるのは、石でも岩でもない。
「な、なんだあいつは?」
アストールの問いかけに対して、アレクサンドは目をパチくりとさせていた。
「どうやら、人らしいが、まさか妖魔ではあるまいな」
アレクサンドがそういうのも仕方がない。
身長はおおよそ2mを超えるほどの巨漢、ただ、背が高いだけならデグの棒といえただろうが、生憎、彼は横にも太い。大きくでたおなかに丸太のような太い腕と脚、手に持っているのは特注品なのだろう。今のアストールの身長と変わりない大きさの巨大な斧が握られている。
何より、全員の目が点になったのは、腰に下げている剣である。
アストールが普段使用していた肉厚な大剣を腰にぶら下げているのだ。巨体ゆえにその大剣でさえ、その大男からすれば片手剣に見える。
「あ、あれは、化け物か?」
アレクサンドは呆然と口を開けて大男を見て、呟いていた。
「ここに、エスティナ・アストールがいると聞いて、足を運んだ!」
地を鳴らすほどの大声が、四人の耳をつんざいていた。
「ね、ねえ。アストール。あれって酒場で見た男じゃない?」
いつの間にか横に来ていたメアリーが、彼の耳元で呟く。
「あ、そうだ……。絶対にそうだ」
熊の毛皮でできた鎧とも服ともいえないものを身に着けている大男を見て、二人はあの酒場での出来事を思い出していた。
腕をふるえば、4、5人の騎士が壁に吹き飛ばされ、片腕で投げられた騎士は天井に突き刺さり、踏まれた騎士は床にめり込む。
あの出鱈目な破壊力を持った大男を忘れるわけがない。
「な、何の用だ! それ以前に貴様は何者だ?」
アレクサンドが怯みながらも、大男に対して叫び返す。
「失礼した! 我が名はコズバーン・ベルンモンテ! 傭兵だ!」
その名を聞いた瞬間に、ジュナルはなぜかぷっと笑っていた。
「ジュ、ジュナル? なんで笑ってんの?」
「ん、いや、すまぬ。拙僧としたことが。あの出鱈目な武勇を思い出して、確かにあの男なら実際にやりかねぬと思うと、な、つい笑いが出てしまったのだ」
メアリーは怪訝な顔をしつつ、この男の笑いのツボが今一つ理解できないでいた。
コズバーンはその巨体をアレクサンドの敷地内へと入れていく。
そのさまはさながら、山が動いていると表現しても過言ではない。一歩踏み出せば、地鳴りがし、小さな木なら踏み倒してしまうだろうという巨体だ。
そして、アストールの前まで来ると、彼女の前で斧を地面に立てて、その巨体で座り込んでいた。それと同時に、アストール自身が地響きで、地面から足が離れたような気がしていた
「エスティナはどこにおるか!」
アストールの名を叫ぶコズバーンに一同が、彼女(かれ)に目を向ける。
コズバーンは全員から視線を向けられている女性が、アストールであることに気づいた。そして、一言だけ彼女(かれ)に言っていた。
「そうか、お前がエスティナか! 我を雇え!」
だが、アストールとて目的も何もわからないこの男をいきなり雇うわけにもいかない。
「あ、あんたの武勇は聞いているわ。で、でも、なんでいきなり私の所にきたわけ?」
コズバーンはアストールの問いかけに対して、しばし考え込む。そして、一言だけ告げていた。
「貴様の兄、エスティオと手合わせするためだ」
アストールはその言葉に、顔をひきつらせていた。なにせ、この大男が探しているエスティオこそが、目の前にいる女性、エスティナであるのだ。
「……あ、あら、そうなの」
引きつる表情を隠せずに、アストールは呟くように言っていた。
「もし、断ると言ったら?」
どこからともなくやってきたジュナルが、コズバーンに問う。すると、コズバーンは大斧を手に立ち上がり、アレクサンド邸の敷地に生えている大木の前まで行く。
樹齢100年は下らないだろうという大木は、アレクサンドの質素な小屋の横に生えている。その幹の太さはあの巨体をもったコズバーンよりも一回り大きい。
コズバーンは木の前まで来ると、その大斧を大きく振りかぶって、叩きつけていた。
コズバーンの一撃でとてつもない木が破裂するような炸裂音とともに、木が軋んで倒れていく。
そして、最終的に二つの小屋とも家屋とも言えない質素なアレクサンドの主屋を、押しつぶして倒れていた。
「ぎゃああああ! 私の家がああああ!!!」
絶叫するアレクサンドは、その場に項垂れる。彼とて元は一介の騎士、その実力差を認識できないほど愚かではない。ここでコズバーンに切りかかっても、結果は見えている。
絶望するしかないアレクサンドは、そのまま頭を抱えていた。
そんなアレクサンドをよそに、毅然とした態度でコズバーンは叫んでいた。
「今、実力は示した! 断る理由はないはずだ!」
そういう問題じゃないだろ。と言いそうになったが、アストールは喉奥でそれを止めていた。断わった時のことを考えると、命の危険を感じたのだ。
「アストールよ丁度良いではないか。力自慢の一人や二人が、従者にいたほうがよかろう」
ジュナルの言葉に対して、ありゃあ力自慢の領域を超えて、化け物クラスだろ。とも言えず、アストールは渋々コズバーンを雇い入れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます