第11話 騎士と妖魔と傭兵と


 ガベルの森、そこは深い森林に阻まれた未開の地。以前は変わり者の領主が、この未開の地に館を作って住んでいたが、彼が死んでからその館は空き家となっている。

 そのガベルの森の中の館に向かって、アストール、ジュナル、メアリーの三人は足を進めていた。

 進めど進めど、森は濃くなるばかりで、整備されていた道もいつしか、獣道のような細い道へと姿を変えていた。

 木々によって遮られた光によって、足元の植物たちはろくに成長できないらしく、高くても腰あたりまでの草しか生えていない。

 とはいえ、三人の体力を奪うには十分な濃さの草が、生い茂っている。


「アストール。本当にこの道であってるの?」

「ああ。以前、師匠に連れられて俺も行ったことがある。この道で間違いないはずだ」


 元気よく返事をするアストールに、メアリーは大きく溜息をついていた。


「はてはて、どこまで正確なことか」


 ジュナルはそう呟く。 


「なんだよ。文句あるのか?」

「いえ、滅相もない。主人の言うことを信じられないわけがありませんからな」


 ジュナルは皮肉とも言える言葉を、アストールに向けて答えていた。


「どうせ、師匠に連れられても、何をしたかまで覚えてないんでしょ?」


 それを言われたアストールは、言葉に詰まっていた。

 なぜなら、師匠に連れられて来たときも、大剣の素振り以外には何もやっていなかった。そこの領主の名前さえも、覚えていない始末だ。


「図星~?」


 意地悪い笑みを浮かべたメアリーに、アストールは即座に答えていた。


「う、うるせえ! あの時は、剣術覚えるので必死だったんだよ!」


 アストールのその言葉を聞いて、メアリーも納得していた。彼らしいと……。


「それにしても、なんで、私たちだけなの?」

「さあ、な。師匠がそう言った以上は、そうするしかないだろ」


 アストールはメアリーに答えて、事の次第を思い出していた。

 それはアストールが剣の指南を受けに来て、一週間経過した昨日のことだ。



     ◆



 剣術の基礎も出来ていることもあってか、アレクサンドの下で指南を受けると、一週間ほどでアストールは細剣をそれなりに使いこなすようになっていた。


「では、次の段階に進むぞ。次は細剣を使った技の伝授だ」


 細剣の形をした木剣をもったアレクサンドは、同じ木剣をもったアストールの前に立っていた。そして、彼に剣を向ける。


「では、エスティナよ。好きにかかってくるがよい。遠慮はいらんぞ」


「なら、さっさと行かせてもらう!」


 アストールも剣を構えてアレクサンドに切りかかる。

 上段から振り下ろされた細剣を、アレクサンドはいとも簡単に受け流す。だが、アストールはそれに対して、すぐに対応してみせる。

 刃を滑り落ちた細剣を、そのままアレクサンドに突き立てようとしたのだ。

 だが、アレクサンドも一筋縄で行かない。

 アレクサンドは手首をひねって、細剣を下方に向ける。そして、すぐに左方向にアストールの剣を弾いていた。

 それと同時にアストールの細剣を持つ手に、刃先を当てていた。


「今のでお前は剣を落とし、命までもを落としていた。この一連の動きがツバメ返しと呼ばれる私の技だ」

「地味な技だな」


 アストールはかろうじて相変わらずという言葉を押さえた。


「技とはそんなものだ」


 アストールの言葉に落ち込むことなく、アレクサンドはむしろ毅然と言っていた。


「さて、エスティナよ。そなたなら見様見真似でできる技のはずだ。やってみるがよい」


 そう言ってアレクサンドは、笑みを浮かべていた。


「無茶ばかりいう」


 そう言いつつも、アストールもなぜか笑みを浮かべていた。アレクサンドと共に訓練に励む日々を思い出していたのだ。

 来る日も来る日も、剣を打ちあっては悪いところを指摘され、改善して上達していく。基礎を習得して、ようやく技を教えてくれるのかと思いきや、さきほど言った言葉どおり、技を見せて真似をしろというのだ。


 そのやり方が、全く変わっていないことに、アストールは懐かしささえ覚えていた。

 時間はかかるが、確実に身についてくる。

 とはいえ、このツバメ返し、大剣を扱うときにも習得させられた技である。

 剣が変わればやり方も変わってくるが、おおかた先ほどのやり方を見てアストールはできることを確信していた。


「では、行くぞアストールよ」


 アレクサンドがその場で木剣を構え、対するアストールも彼を見据えつつ構える。

 そうして、二人が動こうとしたその時だった。

 遠くから聞こえてくる馬の蹄が地を駆ける音、それが二人の動きを止める。

 暫く待っていれば、入り口付近に馬に跨った男がやってきていた。


「アレクサンド様!」


 その男の身なりは、けしてわるくはない。シルクの服を着ていて、豪華に着飾っているところからすると、どこかの貴族といったところだろう。


「リアムか」


 名前を呼ばれた男性は、馬から降りると慌てた様子でアレクサンドの元へと駆けてくる。


「アレクサンド様! 父上の屋敷が!」

「どうした?」

「コルドの群れに占拠されました!」


 その言葉を聞いた瞬間に、アレクサンドの表情が険しいものとなる。

 コルドというのは、人の形をした妖魔の一種である。浅黒い緑色の肌に筋肉質な体型、身長は人間とほぼ変わらない。主に十頭以上の群れで行動する。

 また、知能は高くないものの、武器を使用して攻撃してくる最下級の妖魔である。アストールもコルド討伐任務を請け負って、何度も手合わせをしている。しかし、彼の振るう大剣の前では、その醜悪な姿を他愛もない肉塊へと形を変えていった。


 手ごたえのない相手であったことを、アストールは覚えている。

 とはいえ、戦闘の訓練を受けていない一般人からすれば、十分危険にかわりない。


「それで、群れの数は?」

「慌てて従者を連れて逃げ帰ったもので、よくはわかりません。ですが、少なくとも10頭はいたはずです」


 群れの数を聞いたアレクサンドは、腕を組んで考え込む。

 アストールはそれに嫌な予感を感じ取っていた。

 しばし考えていたアレクサンドであったが、すぐに表情を柔和なものへと変えていた。


「ふむ。これは丁度いい。エスティナよ。そなたが行ってくるがよい」


 何をいいだすのかと思えば、アレクサンドはアストールに対してコルドを倒してこいといっていた。昔のアストールならば、面倒と思いつつも受けていただろう。

 しかし、今は女の体である。はたして、以前のようにコルド達をばっさばっさと斬り倒すことができるのか。それが一番のアストールの懸念だ。


「し、しかし、いきなりすぎませんか?」


 不安そうにするアストールを見て、アレクサンドは腕を組んでから小屋を見つめる。


「あそこにお前の優秀な従者がいるだろう。彼らを連れて行けばいい」


 メアリーは狩りをやっていたこともあって、弓の名手に相応しい腕前を持っている。また、ジュナルはアストール家という貴族に仕える魔術師とあって、王国でも五本の指に入る相当な実力者である。

 その二人を従者として従えるアストールも、かつては近衛騎士随一の大剣使いと言われていた。

 まるで過去を懐かしむかのように、アストールは思い返す。


「で、でも、私と従者二人では……」

「10匹程度なら、あの二人だけでも余裕を持って倒せよう。大丈夫だ」


 アストールはアレクサンドの言葉に対して、何も言い返せなかった。結局、彼女(かれ)らはコルドの群れを討伐しに行くことになるのだった。

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