第9話 修行と言う名の……


「ってことが起きたんだが、ジュナル、その男に心当たりはないか?」


 数日前に起きた酒場での出来事を、アストールは馬車の中で、事細かにジュナルに伝えていた。

 巨人を思わせる体躯に、でたらめな腕力、そして、口数のすくなさ。それだけの特徴を言うだけで、ジュナルは大方の見当がついたらしく、馬車に揺られながら答えていた。


「その人物、拙僧の予想ですと、コズバーン・ベルモンテという傭兵でしょう」


「コズバーン? どこかで聞いたことある名前だな」


 アストールはそう言って首を捻る。


「それはそうでしょう。この王国の西方遠征で名を馳せた有名な傭兵でありますから」


 ジュナルは苦笑して見せていた。


「え? そうなの?」


 そう勢いよく聞いたのはメアリーで、アストールと同じくピンとこない様子だった。


「ええ。なんでも噂では、両手に大剣を持って片手剣の如く自由に振り回したり、自前の大斧で一度に二十人の胴体を真っ二つにしたりと、物騒な話題にかけることのない武勇の持ち主です。あ、そういえば、城門を体当たりで破壊したとか、そんな噂も耳にしましたな」


 ジュナルは噂を信じていないのか、半ば楽しそうに言っていた。


「実物を見ると、正直、噂が本当って思えてくるけどな」


 アストールはそう言って苦笑する。大の男十数人を虫けら同然に吹き飛ばすコズバーンは、正に化け物というに相応しい。


「それにしても、その喋り方、どうにかならぬか?」


 ジュナルは半ば呆れた表情で、アストールに目を向ける。


「どうにかならなぬか? って言われても急に変えれるものじゃねえし、人前では女口調で居れば問題ないだろ?」


 アストールの言葉を聞いたジュナルは、大きく溜息をついていた。


「普段からその口調で喋っていると、女性のかけらも感じられぬ……。それにボロが絶対にでるであろう」


 ジュナルの言葉に、アストールはしばし黙り込んでいた。


「そうよね。私が女の子らしくしてあげようか?」


 メアリーが横から楽しそうに言う。


「いやー、男勝りの女にいわれてもな……」


 メアリーの提案を苦笑してアストールはやんわりと断る。


「少なくとも、あんたよりは女らしいと思うけど?」

「うむ。全くもってその通り」


 ジュナルもメアリーに同意して、アストールは再び黙り込むのだった。

 そうして、時間は過ぎていき、日の落ちかかった頃に、三人を乗せた馬車はある山岳地帯の麓で止まっていた。


「着きましたよ」


 馬車の仰者がそう言って、三人の乗っている馬車の扉を開ける。


「ようやくか……」


 アストールは背を伸ばしながら、馬車から降りて行く。女物のドレスを着ずに、動きやすいレギンスやボディラインを強調する服を着ている事が幸いしてか、さほどはしたなさを感じない。

 それでも仰者はいい顔をしなかった。

 メアリーとジュナルはその様子を見て、呆れながらアストールの後に続いた。


 馬車を降りるとただ広い平坦な敷地が広がり、その周囲を森林地帯が囲っていた。その奥に屋敷にある小屋のような家が二棟と小屋が一棟建っている。小屋の横には樹齢百年は優に越えるような大木もあってか、質素な小屋にも妙な神々しさがあった。


 三人はその家に向かって歩き出していた。

 家主も馬車に気づいたらしく、家から出てきて三人の方へと向かってくる。

 家主は白髪交じりの壮年の男性で、体格のよさは男だった頃のアストールにも勝るとも劣らない。小屋のような家とは対照的な体格の壮年の男は、口の周りに髭を生やしている。

 その顔で豪快に笑みを浮かべて、三人に向かって対面していた。


「ジュナル殿、メアリー殿、久しいな。良くぞこられた。話は聞き及んでおるぞ!」


 豪快な喋りは騎士とはとても思えない。だが、それでもこの男はアストールに騎士道を叩き込んだ張本人、アレクサンド・ストーナーである。

 つい十年前まで、現役の騎士であり、貴族院の議員もしていた。だが、今は現役を退いてこの辺境の山奥で静かに隠居生活を送っている。


「アレクサンド卿も変わりなくお元気そうで何より」

「はは。そうでもない。年を取ったと感じることがおおい。それでこの小娘がエスティオの妹という」

「エスティナ・アストールです。以後お見知りおきを」


 左手を右肩まで上げて、膝を折って深々と頭を下げる騎士特有の挨拶をしてみせる。


「ふむ。エスティオと違って流麗だな」


 アストールはムッとするのを抑えて、すぐにアレクサンドに向き直る。


「話はカルマン殿の文(ふみ)で伺っているぞ。まさかアストール家に隠し子がいたとは、私もしらなかった……」


 アストールは師匠にまで自分を偽らなければならないことに、内心歯噛みする。


『どこから情報が漏れるか、わかりませぬからな。知っている者が少ないに越したことはありませぬ』


 とジュナルが言っていた事からも、他人と同じように師匠を欺いているのだ。

 それでもアストールはどうにか平静を保ち、アレクサンドを見て言う。


「はい。以前より兄上とは接しておりましたが、まさか、兄妹だったことなど、つい最近まで知りませんでした。本当にどうしていいのかわかりません」


 アストールは嘘偽りない気持ちで答えていた。実際今後どうしていいのか、彼女(かれ)自身分からないのだ。ゴルバを見つけるにしても、まだ、そのスタート位置にすら立てていないのが現状だ。


「立ち話も難だろう。さあ、豚小屋みたいな家だが、入ってくつろぐがいい」


 アレクサンドはそう言うと三人を、自分の家へと案内していた。

 王都から西に一日も馬車に揺られていれば、この王都郊外につく。そこから更に西に向かおうとするなら、長い距離の山道と深い森を抜けなくてはならない。

 その山道の入口付近に、このアレクサンドの家がある。

 アレクサンドが隠居生活にここを選んだのは、人があまり来ないから。ただそれだけだ。


 家に入るとテーブルに案内され、三人は席に着く。

 一応、元騎士らしく、客人用の椅子とテーブルは用意していた。


「さて、話の本題に移ろう。そこの生娘が私に指導してもらいたいとか」


 そう言ってアレクサンドはアストールを見つめる。その視線は厳しくも、どことなく温もりも感じられた。


「はい。ぜひご教授頂けたら、私としても幸いです」


 アストールは普段の師匠の前では、絶対に出さない態度で願い出ていた。


「ふむ。まあ、それはいいとして、扱う武器はなんだ?」

「本人は両手剣を望んでおりましたが、拙僧が細剣を使うように進めました」


 そう言ってジュナルはアレクサンドに向き直る。


「ふむ。華奢な体では、精々片手剣を両手で振り回すのがやっとであろう」


 納得したアレクサンドはアストールを見る。彼女(かれ)は少し落ち込んでいるのか、表情が暗いものの、アレクサンドは微笑を浮かべて優しく声を掛けていた。


「そう気にする事はない。体に合った武器を十分に扱えてこそ、その人の強さが最も引き出される。エスティナ殿はそれが細剣だったということだ」


 アストールはそう言われても、今一つ納得できなかった。

 今の今まで重い大剣を振り回してきた分、今更になって細剣を使いなおすことなど、アストールには屈辱以外のなにものでもない。

 もちろん、アレクサンドの言っている事が正しいことに変わりない。


「少し、お手合わせ願おう。稽古をつけるのはそのあとでいい」


 アレクサンドは笑みを浮かべると立ち上がって、玄関横の立てかけていた長剣を持っていた。アストールもそれにならって、立ち上がっていた。

 そうして、全員が外に出ると、二人は向かい合っていた。


「いつでも好きな時にくるがいい」


 アレクサンドは剣を構えることなく佇んでいる。いつもと変わらない師匠のやり口に苦笑しつつ、アストールは細剣を抜いていた。


「では行きます!」


 アストールはそう言うと真正面から、迷いなくアレクサンドに突っ込んでいく。

 そして、彼の目の前まで来ると、上段から細剣を振り下ろす。しかし、それをアレクサンドは、剣を鞘から抜いていとも簡単に打ち返す。


「細剣は振り下ろして斬るものではない。突くものだ」


 そう言ってアレクサンドは、アストールに迫りよっていた。

 じりじりと距離を詰めるのではなく、ずかずかとその巨体をアストールに詰めていく。

 そのあまりにも無防備な距離の詰め方に、アストールは流石に焦りを覚えた。

 他人を試すための一手段であるが、持っている剣は刺されば死ぬ真剣だ。それを恐れない点は、流石は師匠といったところだろう。


 アストールは改めて細剣を構えなおし、アレクサンドに向かって突きを放っていた。

 アレクサンドは待ってましたとばかりに、その細剣を剣で大きくはじいていた。

 宙を舞った細剣はアストールの手を離れ、彼女(かれ)の後ろへと宙を舞い、地面に音を立てて刃が突き刺さる。


「正確ではあるが、単調な突き。弾かれればいとも簡単に剣が手を離れる。この程度では話にならん。途中構えを変えたようだが、全く持って動きは素人に等しい」


 アレクサンドはそう言うと剣をしまっていた。

 散々な言われように、アストールはすっかり気分を害していた。

 慣れない体に加えて、細剣という今まで扱ったことのない武器、そして、いつものような力が発揮できない苛立ち、全てが重なって、アストールを自棄にさせていた。


「まずは構えの練習からだな」


 アレクサンドはそういうとアストールの前まで歩み寄っていた。


「明日からみっちりとこの私が稽古をつけてやる。覚悟をしておけ!」


 そうして、その日はアレクサンド卿の邸宅で、一晩を過ごすのだった。



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