第8話 傭兵と騎士代行 3


 アストールは王城を出て、一直線に歓楽街に向かっていた。

 メアリーとは何度となくこの王都ヴァイレルの歓楽街で、杯(さかずき)をかわしていた。彼女を連れて二人で酒の席を囲み、周囲からは恋人と間違えられることもしばしばあった。

 二人の行きつけの酒場は、王立騎士達が入り浸っている場所だ。


 だからこそ、アストールは心配でならなかった。

 騎士とはいえ、領地を継げない捻くれ者の二男、三男坊ばかりが集まるところだ。

 所詮は親の七光りで騎士になった者の集まりだ。騎士としての心得もない者が多い。

 そして、何より、メアリーはそれなりに美人であるのだ。

 そんな不逞な輩が集まる場所に、一人で行っていれば逆にアストールが彼女の身を案じなければならい。ましてや、もともと気の強い女性である彼女が、揉め事を起こさない保証はない。


「なんで、俺があいつを守らなきゃいけない!」


 などと口汚く言うが、アストールの胸の内は不安で一杯だった。

 歓楽街では王立騎士相手に、よく喧嘩を吹っかけられていた。当然、売られた喧嘩は買うのが、アストールなりの流儀であり、一人で複数の相手を返り討ちにすることも頻繁にあった。


 もしも、メアリーが自分の従者だと公言していれば、彼女の身がどうなるかわからない。

 自分の身から出た錆で、彼女が傷つくことだけはさせたくない。

 その思いがアストールの足を速めさせていた。

 そうして、ようやくいつもの酒場の前に来る。

 酒場は妙な雰囲気を出していて、覗き込めば奥の一角に王立騎士達の集団がいる。


「遅かったか!」


 アストールはそう毒づきながらも、急いで酒場の中へと駆けこんでいた。


「おい! これは何の騒ぎだ!?」


 凛とした女性の美声が酒場内に響き、一斉に男たちは入り口に目を向ける。

 そこにはメアリーの希望の光の人物が佇んでいた。


「なんだ? 女がここに来るもんじゃねえぜ!」


 長い金髪に凛々しくも優しい瞳、体の線に至っては攻撃的なグラマラスボディ。

 明らかに外見は女性でも、メアリーにはアストールの男らしい佇まいがはっきりと見えていた。


「アストール!」


 羽交い絞めされたメアリーは、彼女(かれ)の名前を叫んでいた。

 一斉に男たちは顔を見合わせる。


「アストール?」

「あの、エスティオの?」

「まさか、あいつは一人っ子だろ?」


 などと声をあげる騎士達、メアリーは不敵に笑って答えていた。


「エスティオは死んでない。今はどこにいるかわからないけど、あいつの妹のエスティナが、必ずエスティオを見つけてくれる!」


 そう言ってメアリーはアストールに顔を向ける。アストールは場の動揺に便乗するかのように、言い放っていた。


「近衛騎士代行エスティナ・アストール。お前たちのその卑劣なる行い、すぐに断罪してやる!」


 腰の細剣を抜こうとしたその時だった。

 彼女の手を重ねるようにして、何物かが細剣に手を添えていた。その手を見るなり、アストールはぎょっとする。

 自分の手の三倍はあろうかというごつごつとした大きな手が、自分の手に重ねられていたのだ。アストールは手を添えた人物に顔を向ける。

 髭を生やした大柄な男で、見上げなければその顔すら拝むことはできない。その巨漢の大男は静かに一言だけアストールに告げていた。


「面白いことをやっているな……」


 大男は入り口を潜るようにして入ると、酒場の全員が息を呑んでいた。巨漢というよりは、巨人といった方が体格的にしっくり来る。

 それに加え、髭の生えたむっすりとした顔付きに、鋭い目つきが周囲を圧倒していた。


「……だ、だれだよ? あれは?」


「し、知るか……。それよりも一体なんだ?」


 騎士達は恐る恐る口を動かしていた。丸太の様な大きな腕には、無数の古傷が刻み込まれ、中には服の中の方まで続く深い傷痕も見える。


「……来い」


 巨体の男はそう言うなり、騎士達の前で腕を構える。

 騎士達は唾を呑んでいた。

 男の構えに隙がなく、無闇に踏み込むことさえできない。それに加え、相手を睨み据えるその眼は、獣が獲物を狙う殺気さえ帯びていた。

 何より男のその巨体が威圧感を倍増させ、酒場そのものが息苦しくさえ感じる。


「……お、お前がいけよ」

「い、いや、お前がいけ」

「始めたのはそこの三人だろうが! お前ら三人がいけ!」


 威圧感だけで騎士たちは怖気づき、その場で顔を見合わせたりする。

 そして、誰もが擦り合う様にして、男の相手を決め始めた。

 明らかに実力差があるのだということが、威圧されるだけでわかったのだ。


「来ぬか……。ならば、こっちから行くぞ……」


 大男はそう言って一歩踏み出す。かと思えば、次の瞬間にはその巨体からは信じられない速さで走り、騎士達の方へと一気に距離を詰めていた。

 丸太ほどもあろうかという腕を横に薙ぎ払うと、次の瞬間には騎士たちが天井近くまで打ち上げられる。そのでたらめな破壊力に、アストールは息をのんでいた。


(お、おれが元の体であったとしても、こいつと戦って、勝てる気がしないな……)


 唖然として男を見ていたアストールだが、すぐにメアリーのことを思い出して駆け出していた。

 メアリーを羽交い絞めにしていた男が、その場から逃げ出していたため、彼女は無事にアストールの元に駆けてきていた。


「な、なんなのよ、あの男は?」


 アストールの元に来るなり、メアリーは彼に聞いていた。だが、そう聞き返したいのは、アストールも同じだった。


「知るわけないだろう! 急に出てきたんだから!」


 二人が目をやる頃には、十人以上いた騎士達全員が床に突っ伏していた。

 酒場の机は壁に刺さり、大男に踏まれたのか木の床にめり込んでいる騎士もいる。

 一言で言い表すなら、大惨事が起きた後、とでもいえばいいだろう。


「他愛もない奴らだ……」


 巨漢の男はそう言うなり、二人に顔をむけていた。

 思わず身構えそうになるのを、二人はどうにか押さえていた。意識するよりも先に体が構えそうになっていたのだ。

 男に顔を向けられるだけで、殺されるのではないかと体を勝手に反応させていた。それだけ男の威圧感は異常だった。


「ここは危ない。早めに帰れ……」


 男はそう言うなり、二人の前から立ち去って行く。

 残されたのはめちゃくちゃになった酒場の一角と、昏倒している騎士たちだけだ。

 二人はどう言葉を発していいのかわからず、立ち去って行く男の背中を呆然と見つめるのだった。

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