第7話 傭兵と騎士代行 2

 部屋を駆け出した後、メアリーは王城から飛び出していた。


 既に日は暮れ始め、街中の街灯には火が灯りだしている。そんな中、涙を浮かべてメアリーは歩いていた。王城から真っ直ぐに続く目抜き通りは王城周りの一等地を抜けて、内城壁を隔てた二等地、三等地に続いている。その二等地、三等地を真っ直ぐに続くメインストリートから少し外れたところには、歓楽街が広がっていた。昼間よりも夜中の方が賑わう、淫猥な世界だ。

 この時間帯になると、酒場はその猥雑な世界の中にいかないと開いていない。


 メアリーはまっすぐにその歓楽街の中へと、足を踏み入れていた。

 彼女を見た男たちが、何やら笑みを浮かべて話しかけてくる。だが、例えどんなに容姿端麗な美男子が現れたとしても、彼女は足を止めないだろう。


 喧嘩をして気分が悪くとも、憂さを晴らすのに男は必要ない。

 メアリーは男の誘いの全てを無視して、普段王都に居る時に向かう酒場へと足を進めていた。

 アストールとよく飲みに来ていた酒場だが、最近は遠方の妖魔退治に加えてゴルバルナの事件の後処理と忙しく、数ヵ月は顔を出してはいなかった。


「何よ、アストールの馬鹿!」


 酒場の席に着いたメアリーは、そう言って度数の高いコオルテというこの国独自の酒を煽っていた。


「人が折角心配してやってんのに!」


 瓶からコップにコオルテを勢いよく移し、コップを煽って飲み干していく。


「おうおう、姉ちゃん自棄酒かい?」


 そう言って絡んできたのは、数名の体格がいい男たちだった。

 見た目からして屈強なという表現があうだろう。だが、その男たちの顔には下品な笑みが張り付いている。明らかに値踏みするような視線が、メアリーの全身に纏わりつく。


「何か?」


 メアリーは酔うに酔えないこの状況に、男三人を睨み付ける。


「こんな所で女の子が一人でいるなんて危ないぜ?」


 そう言う男は断りなしに、メアリーの丸テーブルの空いた席についていた。


「俺たちは王城付の騎士だ。ここじゃお嬢ちゃんは危ないから、俺たちが守ってやるよ」


 そう言ってもう一人の男が、メアリーの正面に座っていた。


「ああ、そう。それで?」


 ろくでなしの騎士に絡まれ、メアリーは心底落胆していた。

 本当に王城付騎士ならば、自分たちを近衛騎士と名乗るだろう。

 特に自分のステータスを武器に、女に迫ってくる輩はそうだ。であるのに、近衛騎士と言わないところからして、下級貴族の二男、三男坊の寄せ集めの王立騎士だろう。

 騎士と言ったものの、その言動には品はなく格式もない。

 長男が家系を継ぐため、行き場のない二男、三男坊は、大抵、親のコネで何かしらの職業に就く。その中で最も多いのが、王立騎士である。

 仕事内容は近衛騎士と違わないのだが、領地を継げない貴族の次男坊、三男坊の集まりと言うこともあってか多くの騎士がやさぐれている。


「つれないお嬢さんだね。俺たちみたいな騎士を目の前に、ここまで無関心な子は初めてだよ」


 男はそう言って苦笑して、首を振って見せていた。そんな男の前でメアリーは内心毒づいていた。


(そこらの娼婦と一緒にすんじゃないよ!)


 人がせっかく酒を手に酔おうとしている所で、邪魔に入ってくる。それだけでも鬱陶しいのに、それが更に下級騎士のナンパときている。また、その口説き方も尻軽女ぐらいしか聞き入れない様な品のないものだ。


「生憎、私は第一近衛騎士団の騎士の従者よ。あんた達にかまってあげられるほど暇じゃないの」


 メアリーは酒とコップを片手に席を立っていた。

 挑発をしているかのような発言に、流石の騎士たちも気分を害していた。


「じゃあ、俺たちは同じ釜の飯を食ってるってことだろう?」


 メアリーを追うようにして、一人の騎士が彼女の横に付いて歩いていた。

 彼女はあくまでそれを無視し、店主のいるカウンターへと向かう。


「なあ、いいじゃないか? 俺たちと一緒に飲もうぜ?」


 そんな誘いなど、メアリーにとっては願い下げだ。


「何回いえば気が済むの? 私はあんたらと飲むとかそう言う気分じゃないの。ほっといてくれる?」


 しつこく迫ってくる騎士に、いい加減飽き飽きしていたメアリーは、勘定をカウンターに置いていた。


「あ、大丈夫だって、俺が出すからさ」


 そう言って男は自分の財布からお金を取り出して、店主に差し出す。どちらのお金を取ればいいのか分からず、店主は戸惑いながらメアリーを見ていた。


「あんたに奢ってもらう義理はない。マスター私のお金を受け取ればいいから」


 メアリーは男を冷たくあしらうと、店を出ようと背中を向ける。そのときだった。男がメアリーの腕を掴んで引き止めていた。


「まあ、いいじゃないか。騎士の俺がおごるって言ってるんだぜ?」


 笑みを浮かべた男の手を振り解こうとする。だが、騎士というだけあってか、力は強く振りほどけなかった。


「ちょっと、離してよ!」

「いいだろう。こっちに来て飲もうぜ」


 男はそう言って彼女を手繰り寄せると、無理やりに抱え上げていた、


「ちょ、ちょっと何するのよ! おろせ、おろせったら!」


 そう言ってじたばたと暴れてみるものの、抱えあげられたメアリーは抵抗する間もなく、部屋の角隅の席に連れていかれ、その席に無理やり座らせれていた。


「さて、お嬢ちゃん。一緒に飲もうか」


 満面の笑みで言う騎士たち、だが、実際のところ男たちは彼女に腹を立てていた。

 あくまでも体面上は合意の上での飲酒としたいらしい。

 そんな思惑を見透かしたメアリーは、騎士達を見回して叫んでいた。


「あんたたち、そんなだから、下級騎士とか言われるのよ!」

「な、なんだと!?」

「間違ったこといった?」


 メアリーは毅然とした態度で言う。もちろん、騎士達は激昂していた。


「こっちが下手に出てりゃあ、やれ、近衛騎士の従者だ。下級騎士だ。全く以って腹が立つ女だぜ! てめえがただの小娘ってこと教えてやろうか?」


 一人の男が立ち上がって、メアリーの背後に立つ。彼女はそれを警戒しつつも、前に座る二人を牽制するように言った。


「あんたたちそれでも騎士なの? 女を相手に三人がかりで、無理やり犯そうって?」

「はん! 関係ないな! てめえはいっちゃならねえこと言ったんだ。そうなったって仕方ないだろう」


 前に座る男はそう言ってメアリーの背後に居る男に目配せする。背後の男が動くのと同時に、メアリーは素早く横に飛びのいていた。

 羽交い絞めにしようとした男は、すぐにメアリーの方へと駆け寄る。


「女だからってなめないでくれる?」


 素早く立ち上がったメアリーは、素手で構える。男は馬鹿にしたように笑うと、彼女に真正面から向かっていった。背の高さの差で言うならば、頭一つ分ほど相手の方が高い。

 だが、メアリーはその小ささと素早さを生かして、男の懐に入っていた。


「んな」


 そういった時には、その細い肘が男の腹下に食い込み、次に膝が股間に叩きこまれる。

 泡を吹き出しそうになりながら、膝をついた男の首に、メアリーは両手を組んで作った拳を叩き込む。

 早速一人の男が床に這い蹲り、余裕を見せていた残りの二人も真剣な表情となる。


「こうなりたくなかったら、次は二人同時で来てもいいのよ?」


 余裕を振りまくメアリーに、男は苦笑して見せる。


「ほほー。流石は近衛騎士の従者というだけある。だがな、ここがどこか分かっているのか?」


 そういった瞬間には、メアリーの後ろから一人の男が、彼女を羽交い絞めにしていた。


「な、なんなの!?」

「馬鹿だな。お前。ここの酒場、お前が言う下級騎士が集まる所って、忘れてたのか?」


 いつの間にか酒場内にいた男たちの殆どが、彼女の周囲に来ていた。店主はそれを見て見ぬふりをして、食器を洗い出す。


「卑怯者! 放せ! 私は近衛騎士エスティオ・アストールの従者よ!?」


 そう言った瞬間に騎士達は動きをとめ、互いに顔を見あわせる。

 流石は近衛騎士でありながら、歓楽街に入り浸っているだけあって、その名前の効果は絶大と、言ったところだろうか。

 メアリーは安堵しようとした。しかし、それも束の間だった。


「ああ、あの黒魔術師を追いかけて、死んだっていう間抜けか?」

「そういえば、あいつ、最近見ないと思ったら、そうだったのか。死んだんなら、何もおそれることねえや!」

「むしろ、好都合じゃねえか、積年の恨み、この女で晴らしてやろうぜ!」


 状況を好転させるどころか、一変して、更に状況を悪化させていた。普段、彼の名を聞けば、ここらでは有名な「近衛騎士の喧嘩馬鹿」というあだ名で通っている。

 喧嘩の強い彼を恐れて、誰も喧嘩をふっかけなくなったのが、つい最近だ。

 だからこそエスティオの名を出したのだが、それも逆効果だった。ここらではアストールが行方不明になっている話が、回りまわって死んだことになっていた。

 迂闊な発言にメアリーは嘆息ついていた。


「へへ、じゃあ、俺が一番最初だ」


 メアリーは自分の置かれている状況が、最悪の事態であることに気づく。それと同時に急に彼女の胸の内から恐怖心がでてきて全身を支配する。

 男達のいやらしい視線が、メアリーに絡みつき、彼女は嫌悪感を覚えていた。だが、助けは誰も来ない。もうここは諦めるしかない。メアリーはそう自分を押し殺そうとした。


 その時だった……。

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