第4話 苦痛の真剣試合 2
エストルとの面会から数日が経った。そんなある日、アストールの元にエストルの遣いがやってきていた。王城の一室をあてがわれていたアストールに敬意を払いつつ、エストルの従者は慇懃に礼をして見せていた。
「それで、いつ私を試す試合をする?」
アストールは慣れない口調で、従者に聞いていた。
「は、三日後に新人騎士のウェイン・ハミルトンと真剣試合をしてもらいます」
その言葉を聞いたアストールは、しばし言葉に詰まっていた。
ウェイン・ハミルトン。アストールと同い年の騎士で、質実剛健という言葉がぴったりの騎士である。体格はがっしりとしているが、適度な筋肉量でアストールほどの筋肉質な男ではない。それゆえに素早く動き、なおかつ力技の使える手ごわい相手である。
アストールは何度か稽古で手を合わせたが、ちょこまかと動き回られ、苦戦したのを覚えていた。それでも隙が全くないわけではなく、一瞬の隙をついてウェインを打ち負かした。
今のところは負けることはないが、こちらが努力を怠れば、すぐにでも追い越される相手であることに間違いはなかった。
それはあくまで男であった時の話であるため、今のアストールからすれば勝機のある相手とは思えない。
「ウェインをあてつけるか……。エストルめ」
そう呟いたアストールに、従者は怪訝な表情を浮かべていた。
「ウェイン殿をお知りで?」
問い詰められたアストールは、すぐに笑ってごまかしていた。
「ああ、いえ、兄上から聞いたことのある名前で。話には聞いているのですわ」
自分の言葉使いを気持ち悪いと思いつつ、アストールはすらすらと答えていた。
「そうですか。それでは油断なきよう心して挑んで下さい」
そう言うなり従者は部屋から出ていく。
後ろにいたジュナルは、アストールを見てから苦笑していた。
「どうやら、拙僧の提案は逆にお主の首を絞めてしまったようだな」
「え? いや、何にしろ一緒だ。どうせ相手は男、今の俺では結局不利なことに変わりねえ」
アストールはそう言って立ち上がり、部屋にかけてある鏡の前まで行く。
女性物のレギンスにブーツが、その綺麗なヒップラインを強調している。それに加えて上半身の豊満な胸と腰の括れが、憎らしいほどのエロチズムを感じさせる。
それだけではなく、凛々しい目つきにほっそりとした顎のライン、透き通るように綺麗なプラチナブロンドのロングヘアーの美女が、鏡越しに立っている。
「だあああ! 畜生! 見れば見るほどにいい女じゃねえか! くそおお! なんで俺はこんないい女になっちまってるんだあああ! できるなら、今すぐこの女を抱きたいぜ!」
半分やけくその本音をこぼしながら、アストールは自分の頭を掻き毟る。
メアリーは呆れながら、首を左右に振っていた。
「女遊びを自重しろという神のお告げかもしれぬな」
ジュナルがその様子を苦笑して見ていると、アストールは表情を歪める。
「そんなお告げなんてクソくらえだ! 畜生、この世で一番いい女と思ったのが、なんで自分なんだよ!」
けしてナルシストな発言ではない。アストール自身が男であれば、こんな女性を目の前に通り過ぎたりはしないだろう。
だからこそ、この発言なのである。
「まったくいい薬よ。せっかくのいい女なんだし、いっそのこと喜んだら?」
皮肉以外の何物でもないメアリーの発言に、アストールは大きくため息をついていた。
「そうかもな。いや、そうじゃない! これは全部ゴルバが悪い!」
アストールは一人納得してから、自分の腰にある細剣に手をかけていた。
「絶対にあいつを捕まえて、元の体に戻ってやる! その後で酒池肉林の宴だ!」
などと不純なことを口に呟く始末、メアリーとジュナルは顔を見合わせて首を振って呆れるしかなかった。
◆
「うーイライラする。なんでこんなにイライラすんだ」
その日のアストールは妙に落ち着きがなく、机の上に肘をついて指をトントンと叩いていた。メアリーは何気なしに彼に言う。
「やっぱり、急に体が変わったからじゃない?」
「そうか? まあ、それならいいんだが、なんとなく腹が立つというか」
戦いの日が前日に迫っていたその日、アストールは妙に落ち着きをなくしていた。
女性である体に慣れない。そう言われるとアストールも納得がいきそうなものだ。だが、それでもこのイライラは何かが違う気がする。
アストールは居ても立ってもおられず、椅子から立ち上がっていた。
「あー!! 畜生! 気が晴れねえ! 明日が試合だってのに! なんでこんなにイライラすんだ! ちくしょおお! メアリーちょっと、肩慣らしでもしてくるわ!」
「なら、私もついていく~」
調子よく言うメアリーは、アストールと共に王城の武術場へと向かっていた。
王城にある武術場は、文字通り自らの武を研鑽する場所である。近衛騎士以外にも、その従者や貴族といった武芸を嗜む人が多く集まり、日々自らを鍛錬している。
武術場につくと、騎士や貴族、そしてその従者と多くの男性が稽古をしていた。
騒がしさこそないものの、その真剣な雰囲気にメアリーは気圧されそうになる。
「さて、やるとするか!」
アストールは細剣を腰から抜く。そして、すぐに素振りを始めていた。
武術場に女性が居るだけでも異質であるのに、それが美人であるとなると目を惹かないわけながない。
素振りをするたびに、揺れるアストールの胸に周囲の男性たちは様々な表情を見せる。
アストールを注視する者や、厭らしい目で彼女(かれ)を見る者、また、目のやり場に困る者など、人それぞれの表情を見せて、個人の性格が如実に表れる。
とはいえ、男ゆえに揺れる豊満な胸に目が行くのは仕方がない。
それでもアストールは周囲の視線を気にする素振りを見せない。
いくらか素振りをするが、アストールは首をかしげる。
「どうにも型が定まらないな……」
そう言ったアストールは細剣を上段から振るうと、振り下ろした細剣を下ろしきった位置から再び振り上げた。かと思えば、今度は柄を両手に持ち、横に薙いでいた。そして、すぐに反対方向に細剣を薙ぐ。
それはあくまでも、両手剣を扱う時の型が混じった異様な型とでも言える。
細剣であるならば、片手で剣の切っ先を前に構えて突く動作が基本となるからだ。
周囲の騎士達からすれば、女如きが武術の基礎を知らずに剣を振っていると、噴飯ものであったりするのだが……。
アストールのその動きのキレの良さには目を見張るものがあった。
それが余計にアストールに注目を集める。
「う、美しいな」
「ああ、全くもって。剣術こそ半端だが、動きはなぜか素人を感じさせんな」
そう呟いた騎士二人が、アストールの近くで腕を組んで彼女(かれ)の剣術を見ていた。
アストールは右に左にと剣を振り、そして、相手がいるかのごとく身を動かしていく。
長く伸びた髪が靡(なび)き、美しい体と相まって、それはさながら音楽に合わせて綺麗に踊っているようにさえ見える。周囲の目が集まり、人垣ができるのも時間の問題だった。
アストールは当初こそ視線を気にしていなかったが、いつの間にか自分に多くの視線が注がれていることに気付いて剣を腰の鞘にしまっていた。
「ちょ、ちょっと、何なんだよ! あんたたちは?」
気分が乗って体が温まってきたところで、急に人が集まりだした。今までこの武術場で何度となく練習をしてきたが、こんなに人だかりができたのは初めての経験だった。
いつもならば、憎たらしい言わんばかりに年上の騎士が睨み付けてきたり、新人からは嫉みの視線を浴びてと、敵だらけだった。
それがどうだろう。美少女の体になった途端、周囲は騎士やその従者、貴族に取り囲まれていた。
今まで経験したことのない異様な雰囲気と男の猛る性(サガ)を前に、アストールは後ろに一歩下がる。
そんなアストールにお構いなしに、一人の貴族が彼女(かれ)の前に歩み出ていた。
「私の名前はマルクス・ゲオル子爵。あなたはお美しいうえに、剣術まで心得ている。よければ、私にあなたのお名前をお教えください」
「あ、この野郎! 抜け駆けさせるか!」
ゲオルと名乗った貴族の前に、また違う男がアストールの前に現れる。
だが、彼は名乗ることなく、次の男に殴られて床に突っ伏す。
「脅えてるだろうが! さあ、お嬢さん。こんな所は危ないですから、私と共にでましょ」
その男の言葉は最後まで続かず、また、別の男が殴り倒していた、
「おい! お前といる方が危ないだろ!」
「どっちが危ないことか!」
「なんだと!」
男たちは勝手に争いごとを始め、武術場はいつの間にか乱闘場となっていた。
呆れかえるアストールに、メアリーは何故か不服そうな表情を浮かべる。本来男であったアストールが、女である自分よりも男を引き付けていることに、納得がいかないのだ。
アストールは大きく息を吐いた後、メアリーに言う。
「面倒なことになったな……。場所を移そう」
乱闘に加わりたい衝動を抑えたアストールは、メアリーを連れて王城の中庭へと向かっていた。
二人の背中では尚も、乱闘騒ぎが続いていた。
「だあ、ちっくしょう! 全く、男にもてたってうれしくないんだよ! くそ!」
二人して王城の中庭に出て、アストールは細剣を抜いて再び素振りを始める。いつもよりも荒々しく剣をふるう姿は、正に何かに憑りつかれた様な我武者羅さ。
少し上手くいかないだけで、叫び声を上げる。尋常ではない苛立ちようだ。
先ほど武術場で見せた華麗な剣術も、今は見る影もない。
「だあ! もう! ちっとも型が定まらねえ! やめたやめた!」
そう言うなり細剣を鞘にしまう。
まだ、素振りを初めて数分も経っていないにも関わらず、すぐに剣舞をやめていた。
「このクソ虫! 鬱陶しい!」
アストールは近くを飛ぶ綺麗な蝶を見て、更に苛立っていた。
この異様な苛立ちは、先ほど武術場で剣舞の邪魔された事から来るものではない。
尋常ではない苛立ち、メアリーはその苛立ちが何から来るのか、心当たりがあった。
「まさか、まさかね……」
そう言いつつも、メアリーは半分確信していた。この苛立ちの原因が、“あの日”の前兆であることを……。
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