第2話 俺が女の子!? 2
宿の一室には蠟燭(ろうそく)の灯(あか)りがともり、温かい光を放っている。だが、その火を囲む三人の表情は暗い。
丸テーブルを囲む三人は、茶色い髪の毛に白髪交じりのジュナルに、栗色ショートヘアーのメアリー、そして、背中まで伸びた美しい金髪の “ 女性 ” のアストールの三人である。
机の上に酒はなく、質素なコップには水が入っているだけだ。
「にわかには信じがたいが、これまでの話を聞く限り、エスティオが女性になったのは間違いないようであるな」
ジュナルは渋い顔をして、アストールを見つめていた。
街の宿に戻ってから、メアリーとジュナルは女体化したアストールを、改めて尋問していた。
事細かに最近有ったことから、本人しか知りえないことを次々と質問する。
当然、アストールは全て答えていた。
「……やっぱりあんたは本当にアストールなのね」
メアリーはとても残念そうにうつむく。
「ああ。そうだ」
アストールは少し服がきついのか、胸元ばかりを気にかける。
「にしても、少し胸のあたりがきついな」
その空気の読まない発言に、メアリーはじっとりとした視線でアストールを見る。
「なによ。それは私の胸が小さいって、遠まわしに言いたいの?」
「い、いや、そうじゃなくて、純粋にきついんだってば」
そう言ってアストールは、自分のはち切れそうな服の胸元を指さしていた。
女性ものの服がなく、急遽メアリーの服を借りているのだ。もちろん、アストール本人の服など、とてもではないがぶかぶかで着れたものではない。
「なによ! やっぱり、冷やかしじゃない!」
「う、うるせえな! 俺だって望んでこんな体になったんじゃねえよ!」
「その言葉、余計に腹立つわ!」
メアリーがそう怒声を浴びせるが、ジュナルはため息をついてなにもしない。というよりは、アストールの胸元が気になっているせいか、どうにも目のやり場に困っていた。
「二人とも喧嘩はよせ。それよりもこの状況をどうカルマン殿に説明すればいいのか。それを考えようではないか」
休暇で訪れたこの町は、アストールの所領であるレマニアル領に帰郷する途中で寄った町だ。
まさかこの様な事になるなど、誰が想像していようか。
「……爺さんには本当のことを話すしかないだろう。それよりも俺が気になってるのは、騎士としての仕事の方だ」
アストールはそういうと、窮屈そうな胸の前で腕を組む。
ジュナルもメアリーも名案が思い浮かばないのか、全く言葉がでてこない。
「この状況だもの。急にいろいろ考えろっていわれても……無理よ」
メアリーはそう言うと大きく溜息を吐いていた。
「ふむ。まあ、そうであろうが、一応の指針はあったほうがよかろう」
ジュナルはそういうと腕を組んで考え込む。
「とりあえず、王族付近衛騎士団の騎士に女は禁制。というよりも、騎士そのものが女性は禁制だったわよねー」
メアリーはそう言うと、アストールを見つめた。
騎士団の従者くらいならば、女性がいてもおかしくはない。だが、当の騎士の身分となると、話は違ってくる。基本的に騎士などの爵位を授けられるのは男のみであり、女性が爵位を貰うことはほぼない。
もしも、女性であることを公表して、形式的に騎士として居続けたとしても、いずれは結婚をして夫に爵位を譲らなければなくなる。
それがヴェルムンティア王国の仕来たりなのだ。
アストールにとっては爵位剥奪と同じことだ。
「何かいい方法はないかな……」
メアリーはそう言うと、考え込んでいた。
「いっそのこと、自分を偽ってみてはどうか?」
ジュナルがそう提言すると、アストールは苦い顔をする。どうせろくでもない提案であることに違いない事を確信しつつ、アストールは聞いていた。
「どういうことだ?」
「そうだな……。お主は実は生き別れた実の妹であり、自分の体を取り戻すまでは、兄、すなわちお主自身の騎士代行を務めるということにしておけばいいのではないか?」
ジュナルの提案はある程度、説得力のあるものだった。
彼ら騎士の世界において、主人が行方不明になったり、長期で国外に延国周りをする際は、誰かしら従者が騎士の代行を務めて代理業務を行うことがある。
その任命権はもちろん、その主人たる騎士にある。主人たる騎士の行方が分からなくなった際は、その代行者さえ指名していれば、その指名された者が騎士代行に就く事も可能だ。
騎士代行事態は別段珍しいことではない。従者か騎士の血縁者であればその代行業務は誰であろうと可能だ。だが、それでも女性の騎士代行は異例には違いなかった。
「かなり目立つんじゃない? それ?」
メアリーはそう言ってジュナルに疑問を問いかける。
「確かに目立つであろうな。しかし、拙僧やそなたが騎士代行になって、アストール殿に指図することなど、できようかな?」
ジュナルは腕を組んで細目で、メアリーを見ていた。
「うぅ。確かにちょっと抵抗がある」
「ちょっとってなんだよ。主人だぞ?」
「なによ。別に全く忠誠心がないわけじゃないもん!」
メアリーが子どもっぽく言い返すと、ジュナルは苦笑していた、
「二人とも落ちつきなさい。エスティオよ。今日から女を演じるのも、悪くない提案であると思うが、どうであろうか?」
ジュナルが微笑を浮かべて、アストールを見つめる。
アストールは頬をピクつかせ引きつった笑みで、ジュナルと目を合わせていた。
「じょ、冗談じゃねえええ! 俺は男だぞ!? 急に女になれなんて、無茶があるだろうが!」
そう言ってアストールは椅子から立ち上がり、自分の胸を押さえていた。
彼の手に伝わる柔らかな乳房の感触、それが自分が女であるという現実を突きつける。
アストールは勢いよく叫んだことを後悔していた。
表情は暗いものとなり、ゆっくりと椅子に座る。
「す、すまねえ。確かに今は女だ……」
アストールは心底落ち込み、ため息をついていた。
「わかればよい。とはいえ、いきなり女を演じよと言っても無理であろう」
ジュナルは自分で提案したことを、いきなり否定しだした。
「というわけで、一か月ほど修道会に行ってきてはどうか?」
アストールは再び顔色を変えて、ジュナルに叫んでいた。
「ば、馬鹿言え! なんでそんなとこに行かなくちゃなんねえんだ! 女しかいない上に陰湿だし、飯はまずいし、生活は真面目くさって規制されまくってるような場所だぜ? 絶対に行かねえぞ!」
貴族の女性はある一定の年齢になると、貴族専用の修道会に入れられて、改めて貴族の嗜みというのを再教育される。
一夜を共にした女性から話を聞いていたアストールは、その厳しさと女の世界の怖さというのをある程度は知っていた。
「なんで、あんたがそんなこと知ってるの?」
メアリーが鋭い突っ込みを入れて、アストールは言葉を詰まらせる。
「あ、そ、それはだな。えーとだな。まあ、みんな知ってることじゃないか?」
「そうかな? 普通の殿方は修道会って聞いても、そこまで知らないんじゃないの?」
「……ど、どうだっていいだろうが! そんなことより、俺は絶対に行かないからな!」
焦って話をはぐらかすアストールは、ジュナルを睨み付けていた。このような提案をされるとは、思っても見なかったのだ。
「では、どうするか? エスティオ。お前はいきなり女を演じることができるのか?」
アストールはそう言われて、言葉を詰まらせていた。だが、すぐに言い返す。
「今まで数えきれないくらい女と触れ合ってきたんだ。他の騎士と違って、普段から女と付き合いがあるんだぞ! そのくらい楽勝に決まってんだろ!」
彼の発言を聞いたジュナルは苦笑して、彼に言っていた。
「では、まずその喋り方から変えねばなるまい」
「うぅ。こ、これはどうにもなんねえよ」
「それに歩き方だ。傍から見ても男と分かってしまうような歩き方」
そう指摘されたアストールは押し黙るしかなかった。
いきなり女性を演じろと言われても、早々できるものではない。それは彼自身がよくわかっていた。
「……だからって、そんなとこに俺を入れて、しかも、女そのものになれってのは、あんまりにも酷すぎるぜ」
今にも泣きだしそうな顔で、アストールはうつむいていた。
「じゃあ、女になりきれるっていうの?」
メアリーの言葉に対して、アストールは暫し黙っていた。だが、すぐに顔を上げて答えていた。
「やるしか、ねえだろ。一か月も修道会で遊んでたんじゃ、ゴルバルナの野郎に逃げられちまう。それにあいつにこんな体にされたんだ! 早く元の体に戻るためにも早急に奴を見つける方が先だ!」
尤もらしいこと、否、尤もな意見を盾に、アストールは修道会入りを拒否する。
ジュナルもそれには納得したらしく、大きく頷いて見せていた。
「そうであったな。確かに優先すべき事を間違っておった」
「そうよね。こんな女のアストールなんて、何か馴染めないしね」
「だったら、決まりだろ! 俺も努力して極力女を演じる。だから、協力してくれ!」
アストールの真剣な表情に、メアリーは優しい笑みを浮かべる。
「当たり前でしょ! あんたにはさっさと男に戻って、じゃんじゃん騎士として仕事してもらわないといけないし!」
ジュナルは腕を組んだまま、アストールを見つめていう。
「レマニアル領をいずれは治める身、それが女性であっては他の諸侯にも示しがつきませぬからな」
そう言われてアストールは苦笑していた。いずれは自分も祖父、父と代々アストール家で守っていた領地を引き継ぐのだ。
そうなれば、今の体のままではどうすることもできない。
結婚して婿養子をとるという選択肢もあるが、生憎、アストールは女として生きていくつもりはない。
「よし、じゃあ、さっさと爺さんに話を付けに行こう!」
「そうであるな。さて、その前にエスティオ。そなたの名前も女として改名しておかなければなるまい」
ジュナルはそう言って腕を組んだまま、アストールを見つめる。どうしても自分を女に仕立て上げたいらしく、アストールは心底機嫌を損ねていた。
「おいおい。勘弁してくれ」
「仕方あるまい。まあ、容姿からして17くらいで通じる。一つ下の妹ということで、そうであるな……。エスティオ、エスティオ……。ああ。エスティナはどうか?」
「ああ、それいいね! でもいきなり妹って何か違和感あるよ?」
「それは元々乳飲み子の時に生き別れていて、下町で育っているからというのはどうであろうか……」
「はぁ……もう好きにしてくれ……」
勝手に話を進めていくジュナルとメアリーに、アストールは完全に諦めていた。
この後、ジュナルとメアリーによって、アストールの妹設定は事細かに決められていくのであった。
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