第1話 俺が女の子!?
「こっちにはいたか!?」
「いや、いない!」
耳に入ってくる男たちの声を聴き、アストールは目を覚ます。
いまだに魔法を受けた胸の痛みで、体も自由に動かない。
「どうするんだ?」
「どうもこうもあるか! あの黒魔術師を追い詰めたというのに!」
男たちの会話を聞く限り、ゴルバルナはそう遠くには逃げていない。
何より、自分はなぜか助かっている。
そのことに安堵しながら、アストールは目を開けていた。
「大丈夫?」
目を開けるとそこにはメアリーがいる。心なしか彼女がいつもより大きく見える。
「気が付いたわ!」
ぼやける視界にアストールは、ゆっくりと頭を動かし、周囲を見回していた。
森の道を巡回する銀色の甲冑に身を包んだ騎士とその従者たち。
騎士は馬に跨って指示をだし、従者は森の中を捜索する。
メアリーの声に対してアストールの元に現れたのはジュナルだった。彼もまた横たわるアストールに心配そうな表情で眼を向けていた。
「大丈夫か?」
ジュナルがそう他人行儀に聞いてくる。
心なしかジュナルもまた、自分よりも背丈が大きく感じられた。
(これが敗北するってことか……)
アストールはそう思うと、なぜか涙が零れ落ちてくる。
あそこまで追い詰めておきながら、自らの油断でまたしてもゴルバルナを逃がしてしまった。
そう思うと情けなくて仕方がなく、また、胸の奥に詰まっていた思いが吹き上がってきたのだ。
「だ、大丈夫?」
慌てたようにメアリーがアストールの目頭からこぼれた涙をふき取る。
「何か恐ろしい事でもあったのやもしれぬ。もしかするとゴルバに乱暴されたのかもしれん」
(そうだな。乱暴されたんだよ。ん? 待て、確かに乱暴はされたが、乱暴ってなんか言い方が違うよな……)
「ジュナル! そう言うことを本人の前で言わないの!」
メアリーがそう言うと、ジュナルは目を背けていた。
「う、うむ。拙僧としたことが、気も遣えずにすまぬ」
「でも、もしそうだったら、私、絶対許せない!」
メアリーが珍しく自分のために怒っていることに気付いて、アストールは妙に嬉しくなる。ここはもう少し、彼女の膝の上で頭を寝かしておこう。
「にしても、あの筋肉馬鹿。どこ行ったのかしら?」
(ん? 筋肉馬鹿?)
寝つこうとしたアストールは、すぐに目を覚ます。
「全くもって。あのお調子者が。いくら、綺麗な裸の女性を助けたからとて、自分の着ていた衣類を全部被せることもなかろうに」
ジュナルの言葉を聞いて、アストールは完全に目を覚ましていた。
(お、おれが裸? ん? 女性が裸? じゃなくて、なんだ? 何を言ってるんだ?)
「でも、裸でゴルバを追い回してるとなると、ちょっと笑えるかも」
メアリーがそう言うと、ぷっと吹き出す。
「全くもってその通りだ。まあ、それだけ余裕があるとみていい。安心してあのバカを待とうではないか」
ジュナルも自然と笑みを浮かべて、森の方へと顔を向ける。
明らかに二人は勘違いしていた。何せ、メアリーとジュナルの目の前に横たわっているのは……。
「な、何言ってるんだ? 俺はちゃんとここにいるじゃねえか?」
瞬時にしてアストールは絶句する。そして、その言葉を聞いたメアリーとジュナルが、怪訝な表情を浮かべていた。
アストールの出した声は明らかに自分の声ではなかった。
清流を流れる水の様に澄んだ清涼感のある女性の声、それもかなりの美声だ。
数瞬動きを止めたアストールは、現実が受け入れられず、そのまま思考が停止する。
「ん……。え……、ああん? 俺の声……?」
何も考えられずに紡ぎ出た言葉、自らの耳に届く声は明らかに女性の声だ。
「ま、待てよ! これが俺の声なわけねえだろ!」
どんなに口汚く罵った所で、喉を震わせて出てくる声は女性の美声だった。
その現実にアストールは全てを確認するために、その場で立ち上がっていた。
立ち上がった瞬間に全ての服がスルリと体から抜けおちる。
アストールはゆっくりと自分の胸元の方へと顔を向ける。その体を見た瞬間に彼女(かれ)は言葉を失っていた。アストールだけではない。
周囲の者が一斉に動きを止めて彼女(かれ)を凝視する。
もちろん、ジュナルもメアリーもである。
手を見れば細くしなやかな女性の綺麗な指が並び、その手を痛む胸に持っていくと、豊満な乳房がついている。二、三度揉んで見て、しなやかな指が柔らかな自分の胸を揉んだ感触が伝わってくる。
「あ。ある……」
そして、そのままぎこちない手つきで、股間まで右手を回してがっくしと肩を落としていた。
「な、ない……!」
その奇行に暫し全員が動きを止めていたが、メアリーが慌てて下に落ちていた服を拾ってアストールの体にかけていた。
「ちょ、ちょっと。み、みないの! 殿方は全員作業に戻りなさい! さっさと戻れ!」
メアリーが怒るように言うと、全員が慌ててゴルバルナの捜索作業に戻っていた。
立ち上がったメアリーと一緒の視点に、アストールは再び絶句する。
「ちょ、ちょっと、これはどういうことだ!? なんで俺は女に!?」
「なに言ってるの!? そんなことより、アストールはどこなの?」
アストールの奇行に気分を害したらしく、メアリーの口調はきつい。
「え? 目の前にいるじゃねえか」
「はあ? なになめたこと言ってんの? あんたがアストールなわけないでしょ!」
混乱するアストールにメアリーが怒声を浴びせた。奇行に加えて見ず知らずの裸の女性が、アストールは自分だと言い張るのだ。メアリーの機嫌が悪くなるのも無理はない。
「いやいや、メアリー聞いてくれ。俺はアストールだ。本当に俺なんだ」
「そんなわけないでしょ! あんたみたいな美女が、アストールなわけない! 第一にあいつは男よ!」
「落ち着いて聞いてくれ。メアリー! 何がなんだか俺にもわからないんだ。どうして自分が女になってるかなんて、俺が知りたいくらいなんだ!」
メアリーに対してアストールは至って真剣に話す。最初は悪ふざけをしていると思ったが、とても彼女(かれ)が嘘を言っているとは思えなかった。
メアリーはそれに気付いて、怪訝な表情を見せながらも聞いていた。
「じゃあ、あんたがアストールだって言うなら、証拠を出しなさいよ」
そういわれてアストールは、しばし考えた後彼女に言っていた。
「エスティオ・アストール。王族付近衛騎士隊。第一近衛騎士団の軍団員。好んで使用する武器は大剣だ。レマニアル領の領主で、大抵、領内の奉公は爺さんにまかせきりだな。それによく口を酸っぱくして、将来のレマニアルの未来はどうなろうか心配だって言われてるぜ」
自信ありげにアストールは腰に手を当て胸を張っていう。けして威張れるようなことでもないのだが、なぜか彼女(かれ)は自慢げにしていた。だが、どれもこれも知ろうと思えば、何らかの手段で知れる範囲の回答である。それに対して、メアリーは尚も訝しげに目を向けていた。
「信じられないわ。第一に男が女になれるわけないもの!」
「じゃあ、あれはどうだ? 俺がゴルバの秘密研究所を王城地下室で見つけたこと」
アストールの口から出た言葉に、メアリーは押し黙る。
王城の地下にゴルバルナの研究所があったことは、一部の関係者以外には口外されていない。ましてや、誰かが喋っていれば、それこそ処刑に値する。
だが、それでもメアリーは納得できなかった。
目の前にいる金髪美女が、アストールの名を語ること自体怪しい出来事だ。もしかすると、魔術にかけられたゴルバルナの手先ではないかという懸念さえある。
「で、でも! 男が女になれるわけない!」
「……じゃあ、どうすれば信じてくれる?」
アストールがそう言うと、メアリーは暫し考え込む。そして、時間を空けて答えていた。
「私との……。出会いを話して」
それを聞いたアストールは頷いて見せると、すぐに喋りだす。
「日が昇りきらない朝だったかな。お前が狩りをしてて、妖魔8体に襲われてる所を俺が助けた。確かその時、お前は弓の矢が切れていて、無謀にも素手で妖魔に立ち向かおうとしてたよな」
そう言われた時、メアリーは心の底から認めたくはないが、目の前の女性がアストールであることを確信した。
なぜならば、その運命的な出会いは、誰にも口外していないのだ。また、アストールにもこの事は誰にも言わないように口止めしておいた。なおかつ、初めて会ったのは森の中で、目撃者などはいないと言い切れる。
二人しか知りえない秘密なのだ。
「う、うそよ。うそ」
メアリーは半分確信していただけに、余計に目の前の現実を否定したくなる。
「こんなこと、こんなことあり得るわけないじゃない! 絶対にあいつがほかの女に喋ったんだ! 女癖悪いしさ!」
「その言いようは酷いな! 確かに女癖が悪いのは認めるぜ? でも、俺は秘密は守る男だ。お前との秘密は何一つ他の奴に喋ってねえよ!」
女性の声だが、いつも聞いている口調で言われて、余計にメアリーは胸が張り裂けそうになる。
「う、うそよ。こんな、こんなの」
完全に否定しようがない事実に、メアリーは涙を流しだす。
「ちょっと、待てよ。泣きたいのは俺の方なんだぜ? なんで、お前が泣くんだよ!」
「だ、だって、だって」
すぐにでも抱きしめてやりたい所だが、生憎、ほぼ全裸の状態だ。幸いメアリーが差し出した服で、体は隠れているが、禁欲主義の宗教騎士隊には生足に生腕はいささか攻撃的すぎる。
ジュナルも目のやり場に困っている様子で、泣き出したメアリーに声をかける事ができないでいる。
「だあ。もう! くそお! あのゴルバめ! とりあえず全部あいつのせいだ!」
そうやけくそ気味に言うアストールは、泣き出したメアリーを宥めつつジュナルに目を向ける。
「ジュナル! すぐに俺の着替えと馬を用意してくれ!」
一連のやり取りを見ていたジュナルは、彼女(かれ)がアストールであることに気付いていた。
「はは。とはいえ、まさかエスティオが女になるとは……」
そう言ってジュナルは鼻を啜りながら、その場を立ち去っていた。
アストールが落ち着けたのは、その日の夜の事だった。
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