私の騎士(かれ)は女の子!?~美少女は意地でも騎士を続けます~
猿道 忠之進
プロローグ
町に一歩出れば、路地には露店が立ち並んでいて活気があふれていた。
商店の前で値段交渉をする主婦や、その周囲を駆け回る子ども、老若男女すべてがここの客層である。そんな人ごみの中を、一際体格の大きな青年が歩いていた。
背丈は人より頭が一つ分抜きん出て、体格は一言で表せば筋肉質だ。均整のとれた体つきから、その青年が何かしらの武術を体得しているのはすぐわかる。
その彼の顔はとても不機嫌そうなものだった。
「何が褒美の休暇だ。ただの厄介払いじゃねえか」
などと毒づく青年は、プラチナブロンドの短髪の頭をかきながら、しかめ面を浮かべていた。
「エスティオ。気分転換は必要だよ。最近は休暇もろくになかったし、いいんじゃないの?」
そう言って彼の横を歩く女性が話しかけていた。別段女性として背が低いわけでもないが、その青年、エスティオ・アストールの横に並ぶとまるで大人と子どものように見える。
「気分転換か……。こんなにスッキリしないのに、気分転換も何もあるかよ」
アストールはそう言うと、王城で起きた事件の事を思い出していた。
「ああ! ちきしょう! 思い出しただけでゴルバの野郎を逃がしたのが、腹立ってくるぜ!」
アストールはそう言うと、むっとした顔で叫んでいた。
だからと言って、彼を見る人はいない。叫び声も周囲の活気の中に、飲み込まれていた。
「仕方なかろう。エスティオよ。奴は宮廷魔術師でありながら、黒魔術に手を出していた。そして、何より、奴はこの国一番の地位にある魔術師だ。あんな妖魔を召喚されては、拙僧らとてどうしようもない」
そう言ってアストールを諭すのは、ジュナル・レストニアという魔術師である。彼の従者であり、教育係も務めている。アストールが幼少の頃から彼の教育係をしている事もあって、付き合いはかなり長い。
既に壮年を前にしたその年の功からか、彼から学べることは色々と多い。
「ジュナルの言うとおり。王城が損壊するくらいに暴れられたら、どうしようもないって」
「メアリー……。あいつは今でも黒魔術の生贄を探してるんだぞ? しかも、生きた人間だ! そんな奴を放って遊んでられるかよ!」
そう言って少女こと、メアリーに対して言う。だが、彼女の答えは至って冷静なものだった。
「見つけようにも、見つけられない。ましてや、相手は鼻のいい犬と一緒。こっちが近づけば臭いに気付いて逃げちゃうよ? だったら、尻尾だすのを待つのが狩りのセオリーでしょ?」
メアリーはそう言って如何にも元猟師らしいことを言う。
「だがよぉ。ん?」
反論しようとしたアストールは、そこで言葉を止めていた。
何かを見つけ、目を細めて一点を見つめる。
すぐに異変に気付いた二人は、アストールの顔を見ながら問いかける。
「どうしたエスティオよ?」
「いや、さっきゴルバを見たような気がしてな……。あ、あの外套を被った野郎だ」
そう言ってアストールは、人ごみの中を指さしていた。その先には確かに外套を頭からかぶった怪しい人物が歩いている。
「まさか。こんな近くにいるわけないじゃん」
メアリーはそう言うなり、アストールの背中に抱きつくように飛び乗っていた。目を細めて彼の言う外套男を見ると、男は一瞬だけちらりと顔をこちらに向ける。
そこで二人は口を揃えて呟いていた。
「本当にゴルバルナだ」
驚嘆する二人は我が目を疑った。待っている矢先に、早速獲物が尻尾を見せたのだ。
「ジュナル! すぐに駐屯騎士隊を呼んで来い! メアリー! お前は早馬に乗って王城に知らせるんだ!」
アストールの行動は早かった。外套男がゴルバルナと判断するや否や、的確な指示を二人に出していく。その指示を聞いたメアリーとジュナルは顔を合わせていた。
「何やってる!? 奴が逃げるぞ!」
「だが、エスティオよ。一人で行っては危険すぎるのではないか?」
ジュナルの問いに、彼は不敵な笑みを浮かべて答えていた。
「借りはきっちり返す。俺はあいつを追う!」
そう言うなり、彼は腰に下げていた剣をぽんぽんと叩いていた。
「やはり、一人で行くのはよさぬか。ここはやはり三人で行った方が……」
「近衛騎士の主人からの命令だぞ?」
そう言われると、流石のジュナルも引き下がるしかない。
因縁のある相手ゆえに、アストールが一人で行きたがるのはよくわかる。だが、相手は元宮廷魔術師であり、現在は黒魔術を扱う大魔術師と言っても過言ではない相手だ。
一人で行くには危険が大き過ぎる。
「な~に、心配すんな。無理はするが、無茶はしない」
アストールのその言葉に、二人は不安を隠せなかった。だが、呼び止めるよりも先に、彼は走り出していた。大きな背中を見送った二人は、主人の身を案じながら言われたことを実行するのだった。
◆
「この野郎! 待ちやがれ! ど腐れ変態魔術師がああ!」
アストールが駆けているのは、町からほどなくして広がっている郊外の森の中だ。
外套男は彼を見るなり、即座に逃げだしていた。それがアストールの足を余計に速めていた。
けして若くはないゴルバルナが、18の体躯のいい青年に追いつかれるのは時間の問題だった。暫くして外套の男、ゴルバルナは走るのをやめて彼の方へと向き直る。
「く、この筋肉馬鹿のオーガめ!」
ハアハアと息を切らせた初老のゴルバルナは、アストールを前に毒づく。
「へへ! 体力だけは自信があるんでね! さあ、変態爺! 覚悟しやがれ」
アストールは鼻をすすると、腰の帯剣を抜いて構える。
相手が丸腰であっても容赦はしない覚悟の表れがその瞳からは感じられた。
「く、こんな男に、私の夢が、計画が邪魔されるとは!」
ゴルバルナはそう言うと、殺気を込めてアストールを睨み付ける。そして、腰から杖を取り出して構えていた。
「観念しろ! どうせすぐに騎士隊が来る。てめえは終わりだ」
「それはどうかのぉ? さあ、行くぞ。炎の聖霊よ。我が言葉にしたが」
詠唱を始めたゴルバルナに、アストールは一気に間合いを詰めていく。
ゆうに大きな家一つ分くらいの距離を、飛び込むようにして瞬時に迫り寄っていた。
「な、なんと!?」
詠唱が終わるよりも先に、アストールの鋭い太刀筋がゴルバルナを襲う。
ゴルバルナはとっさに杖を横に構えて、彼の一撃を防ごうとした。
だが、剣が杖を真っ二つに斬り、ゴルバルナは驚いてその場に尻もちをつく。
「へ、魔術師ってのは、杖がねえと何も出来ねえ人間なんだろ?」
杖を折られたゴルバルナは、不敵に笑みを浮かべるアストールを見上げ、悔しそうに睨み付けていた。
「貴様、それを知っていて、わざとあの距離を!」
「ああ。あえて、てめえの杖を切らせてもらったんだ。さあ、次はてめえの番だ」
アストールはそう言うと、剣の切っ先をゴルバルナの首に突きつけた。
形勢は完全にアストールのものとなり、ゴルバルナは一瞬で表情を強張らせる。
「ひいい。ま、待ってくれ。助けてくれ」
おびえた表情を見せて、ゴルバルナは右手をアストールに向ける。それを見てアストールは表情を険しくして怯える壮年の魔術師を睨み付けていた。
「ああん? てめえはそうやって助けを求める人を、黒魔術の実験で殺していったんだろうが!? 助けてやる義理なんてな! ねえんだよ!!!」
アストールはそう言うと、剣を両手で握り締めてゴルバルナの喉元に突き立てようとする。
その時だった。
突然アストールの胸の前で爆発が起こり、焼けつくような炎が彼を襲っていた。
爆風で吹き飛ばされたアストールは、剣を抜いた位置まで吹き飛ばされる。
「ぐああ!」
地面に叩き付けられたアストールは、薄目を開けてゴルバルナを見る。ゴルバルナは右手をそのままにして、立ち上がり愉悦に浸った笑みを浮かべていた。
「どうだ? ワシの一世一代の大演技(おおたちまわり)は? 見事だったろう?」
ゴルバルナは硝煙の立ち上る右腕を向けたまま、ゆっくりと倒れたアストールへと歩み寄る。彼が持っていた剣はどこかに吹き飛び、魔法をもろに受けた胸を押さえて地面に横たわっていた。
「な、なぜ。杖は破壊したはずだ……」
その言葉を聞いた瞬間に、ゴルバルナはどっと笑いだしていた。
「ははは。忘れたか、ワシは黒魔術師よ。杖などなくとも魔法の発動など容易い事よ!」
一気に形成の逆転した立場に、ゴルバルナは嬉しさから満面の笑みを浮かべる。
「ああ、愉快愉快。ワシの計画を邪魔し、頓挫させてくれた貴様には最高のプレゼントじゃ」
魔法をもろに食らったアストールは意識を失いかけ、朦朧とする意識の中呟いていた。
「ああ、ちきしょう。最後に最高の女が抱きたかったぜ……」
そういうなり、アストールの意識はぷっつりと途切れていた。
本当ならば、ここで彼の命などなくなっているはずだった。だが、ゴルバルナは右手を下げ、気を失っている彼の前まで歩み寄る。
「ふむ。ただ、殺すだけではつまらん。どうせなら、もっと精神的に苦痛を与えてやってもいいだろう。ワシが味わった以上の苦しみを味わうがいい」
ゴルバルナはそう言うと、またしても歪にゆがんだ笑みを浮かべていた。
◆
ハームレイ大陸、かつては魔法を主流とした大帝国が栄えていた。だが、そんな帝国も皇帝の家柄の断絶や廃退的な魔法を原因とした反乱で、バラバラとなってしまう。
今やそのハームレイ大陸はいくつもの国々が乱立する戦乱の世を迎えていた。
その中で一際大きく安定した国がある。それがヴェルムンティア王国である。
かの国ではかつて帝国が行っていた非人道的で退廃的な魔術を禁止し、その魔術を研究する者に罰則を与えていた。
そして、その非人道的な魔術を研究する者を黒魔術師と呼んで、蔑視することに成功する。
世界においてもこの流れが確立し、早700年が経っていた。
そして、現在、ヴェルムンティア王国の領土は過去最大となり、最盛期を迎えようとしていた。
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