彼と彼女の青春はどこかずれている。
枯元 一
Prologue
――――真夏を連想させる炎天下の中、雲一つない晴天に銃口が向けられる。
訪れる束の間の静寂。観客席にいる生徒たちは前のめりに立ち上がったまま、或いは息を潜めるように席に着いたまま、その瞬間を見守っている。審判の後ろに整列して座る参加者たちは軽く腕を伸ばしたり、周囲を見渡したりと思い思いに気を紛らわせていた。
審判を務める教員の表情はサンバイザーに遮られていて窺い知れない。直立不動のまま掲げられたスタータピストルはその引き金が引かれるのを待ちわびているようだった。
審判から視線を逸らし、並列する走者たちの様子を一瞥する。
耐えがたい暑さのせいか、はたまた押し寄せる緊張感故か。早く終われと呪うようにうなだれていたり、強張ってしまった体を落ち着かせようと必死になっていたりしている。唇は固く結ばれ、判決を待つ罪人のように萎縮したその姿を見ていると、煩わしく照りつける日差しさえもどうでもいいと感じてしまう。
……いや、罪人という表現はあながち的外れではないのかもしれない。数秒後に襲来するであろう声援はその実、ここに並んでいる誰にも向けられてはいないのだから。
立役者を引き立てるための脇役にすらなれないエキストラ、見どころのワンシーンまで垂れ流されるだけのコマーシャル。捨てることも外すこともできないから、しかたなく取り残された不用品。
学校の生徒という免罪符がなければ、この体育祭という催しに参加することもできない余所者。今この瞬間を一つの青春として駆け抜けているその他大勢にとってみれば、そのような存在は罪人と呼んでも差し支えないだろう。
“用意” と審判がかけ声を上げると、その声に応じてそれらしく構える三人。奇異の目を向けられないように視線を前方へ戻し、同じように構えを取る。
そして――――痛快な号砲が鳴ると同時に、それを塗りつぶす熱狂がグラウンドを包み込んだ。実況席からマイク越しに響き渡る怒涛の声援、湧き上がる観客席から飛び交う喚声。体育祭の幕開けとしては上々の滑り出しだ。
早送りで再生されるその光景を流し見ながら、決められたコースを走る。トラックのカーブに差しかかったところで、一瞬、後方から迫る他の走者の様子を確認した。
後ろを追いかけてくる走者との差は7メートル前後。その距離感が崩れていないようにペース配分を維持したまま意識を前方へ戻す。
ゴールの存在を主張する白のテープが拡大化していく。それが視界から外れたところで、踏み込んでいたアクセルから足を離した。次第に減速する体に絡まるテープを回収し、それを受け持ちの生徒に返却する。
先程まで立っていたスタートラインへ目を向けると、既に次の走者のためのゴールに早変わりしていた。流れ作業のようにレーンに整列する生徒たちを前に、別の審判が再び掛け声を上げる。
パン、と間髪入れずに鳴らされるスタートの合図。収まらない盛況の中を新たな走者たちが駆け抜けていく。
彼らの背中を眺めていたところで、吹きだした額の汗が
――――――――だというのに。頭の中はどうしようもなく冷めきっていて、この熱狂に酔いしれることができていなかった。
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