第3話

 大公国歴340年12月19日②

 

 八号室では、まさに修羅場が起きていた。前髪を一直線に切り揃えている小柄な金髪美少女と、手入れされた美しい銅色の髪を持つ長身な少女がお互いの襟首を掴み合っていた。その間で、もう1人の地味な銀髪の少女が、一生懸命、仲裁していた。


 「さっき言ったことを訂正しろ!!」

 「嫌よ!」

 「もう2人ともやめなよ」


 彼女達は、まったく私の存在に気がついていなかった。どうしたものか。私も間に入って仲裁するべきなのだろうか。私が思案している間も、言い合いは続いている。かなりヒートアップしているため、このままでは暴力沙汰に発展するかもしれない。軍隊は連帯責任というイメージがある。喧嘩の原因もわからない状態で、私もとばっちりを受けるのは勘弁してほしい。頭を冷やしてもらうには、あれしかないか。


 私は、荷物から二つのコップを取り出す。八号室の前には、給水場があったので、そこで水を汲む。それを持って、部屋へと戻ってくる。まだ、喧嘩は続いている。私は、両手にあるコップの中に入った水を、口論中の2人の顔あたりにかけた。少しだけ、間で仲裁していた地味な少女にかかってしまった。すまない、少女よ。


 「「っ!?」」

 「落ち着きましたか?」

 「あなた何てことしてくれたのよ!!私の自慢の髪が濡れちゃったじゃない!!」


 長身な少女は、私の方に近づいてきて突っかかってくる。対して、小柄な美少女は、睨んでくるだけだった。よし、いい感じに喧嘩は中断されたようだ。


 「ありがとう。助かったよ」


 長身な少女を軽々と押し除けて地味な少女が私に感謝を述べてきた。この子、かなり力が強いな。


 「いえいえ、お気になさらずに。すみません、あなたにもかかってしまいましたね」

 「ああ、良いの良いの。大丈夫だよ」

 「ちょっと、無視しないでよ!!」

 「あの、少しは落ち着いたらどうですか。また、水かけましょうか?」

 「いや、ちょっと、本当にやめて。はあー」


 長身な少女は大きなため息をつくと窓側の右手にあるベットまで行く。そこに置かれた自分の荷物からタオルを取り出して髪を拭いている。その間に、小柄な美少女が私に話しかけてきた。彼女は私のことを未だに睨んでいる。


 「私は、アンリ・アモン。名前は?」

 「ルネです。それ拭かなくて良いのですか?」

 「あとで拭く」


 小柄な美少女は、アンリ・アモンと名乗った。私が濡れていることについて指摘すると、より一層、睨みが強くなった。同性でも見惚れてしまうような美しい顔のため、迫力は増し増しだった。


 「ルネだったな。名字は?」

 「ただのルネです。孤児院出身なので名字はありません。」

 「そうか」


 一言そう呟くと、彼女は私の全身をじっくりと値踏みするように見てきた。しばらくして満足したのか、彼女は私の元から離れていく。彼女は廊下側の左手のベットまで行くと、濡れたところを拭き始めていた。

 今度は、地味な少女が話かけてくる。濡れたところはもう拭き終わっていた。


 「私、ジゼル・コレット。ルネって呼んでも良いかな?」

 「はい。大丈夫です。私もジゼルと呼ばせてもらいますね」

 「うん。よろしく。ルネ」


 地味な少女は、ジゼル・コレットという名前だった。顔の印象としては地味だが、身体を見るととんでもなく立派なものをお持ちだった。いや、本当に大きいな。そこももちろんなのだが、彼女から全体的に包容力をすごく感じる。雰囲気も柔らかくて、一番、話しやすい少女だ。


 「ルネは、本当に孤児院出身なの?」

 「はい。そうです」

 「なるほど。じゃあ、あの噂は本当だったんだ」

 「噂?」


 ジゼルが言った噂について私が聞こうとすると、代わりに長身の少女が答えてくれる。


 「100年ぶりに孤児から魔法少女が認定されたって噂よ。あなただったのね。エステル・プティよ」

 「?」

 「ちょっと、キョトンとしないでよ。私の名前を教えてあげたのに」

 「ああ、自己紹介してたんですね。急に言われたので。よろしくお願いします。エステルさん」

 「エステルよ。さんはやめて。じゃ、あなたのこと、ルネって呼ばせてもらうから」


 長身な少女は、エステル・プティと名乗ってきた。頭1つ分は私より背が高いだろう。単純に背が大きいというのもあるが、背筋がしっかりと伸びていて堂に入った姿からより長身に感じてしまう。彼女の言葉遣いは微妙だが、その所作は洗練されたものだ。周囲から見られることを念頭に置いたような動きだった。演劇でもやっていたのだろうか。

 私の思考を中止するように、男の声で館内放送がかかった。


 『こんにちは。新人魔法少女諸君。これより昼食の時間だ。各小隊ごと、食堂へと来るように』


 八号室の面々は、この放送を聞くと荷物を仕舞う。私も余っているベットの近くに荷物を置く。


 「では食堂に行くとしようか」

 「なんであんたが仕切ってるのよ」

 「はいはい。2人ともやめなさい」


 アンリの声かけに対してエステルが突っかかりジゼルが宥めている。私がコップを持とうとすると、それはやめてとエステルに止められてしまった。


 廊下に出ると、他の部屋からも少女達が出てきていた。その流れに合わせて、私たちは、食堂へと向かった。食堂にはすぐに到着した。隊舎の一階にあったのだ。階段を降りる途中からいい匂いが漂ってきていた。その匂いに誘われて食堂に突入しそうになるが、筋骨隆々の大男が門番のように、食堂の入り口に立っていた。


 「貴様らの小隊は?」

 「第八小隊です」

 「よし入れ」


 一番先頭にいたアンリが堂々した姿で大男に受け答えをしていた。彼女には怖いという感情はないのだろうか。エステルでさえ、アンリの後ろに隠れるほどの威圧感だった。


 食堂の中に入ると、トレーを持ち、大盛りの食事を受け取っていく。メニューは、黒パン、シチュー、サラダ、スープという栄養バランスの考えられた食事だ。


 食事は、小隊ごとに食べるようだ。私たちよりも先に到着した小隊は、もうすでに食べ始めている。空いている席を見つけると、私たちは、そこに座った。食事前の挨拶はまばらだった。たまに前世の癖で両手を合わせていただきますと言いそうになるが我慢する。小さく心の中で呟くと食べ始める。私よりも先に、アンリとエステルは挨拶なしで食べはじめている。最後に、ジゼルは、食前の祈りをしっかりと行っている。彼女は、敬虔な信者なのだろう。


 この世界でのマナーとして、食事中は会話をしてはいけない。現在、食堂は人の話し声が一切聞こえず、ここには食器が皿に当たる音や咀嚼する音しか響いていなかった。だから、食事だけに集中できる状態と言える。しかし、前世では食事中も会話をしていた身からすると、かなり退屈だったりする。そのため、私は、食べながら他の人物を観察するようになってしまった。そうなると今、私が観察することになる対象は、第八小隊の面々になる。


 まず、アンリは、一品ずつ食べている。彼女の食べるスピードは非常に早い。それでいて食べ方が綺麗だった。もう残すはパンだけだ。食事をとっている時、あの美しい顔面に一切の変化はなかった。味を感じているのかな。


 次に、エステルは、バランスよく食べていて同じ量ずつ減っている。食べ方に関しては群を抜いて綺麗だ。正直見惚れてしまった。彼女は、野菜があまり得意ではないようだ。サラダを食べる時だけ、顔を顰めていた。


 最後に、ジゼルだが、彼女も、バランスよく食べている。食べるスピードは一番遅いかもしれない。食べ方は普通だろう。一番の特徴は、彼女は、それはもうとても美味しそうに食べるのだ。こちらの食欲を刺激するように食べている。もし仮に前世のテレビ番組で彼女の食レポさせたら名物レポーターとなっていたことだろう。


 食事中は、結構のその人の性格などが出るから面白い。私は、それを娯楽にしながら食事を続けた。


 『新人魔法少女諸君。食事中に失礼する。今後の指示をだす。食事後、小隊ごとに大ホールへ移動するように』


 再び男の声で放送がかかる。この指示に従い、食事を終えていた他の小隊は、トレーを返却すると、食堂から移動を始めていた。すでにアンリは食べ終わっており、こちらの様子を見ることもなく目を閉じて静かに待っている。エステルは、そんなアンリの様子を見て眉を顰めていた。ジゼルは気にせずにのんびりと食べている。ちなみに私は、アンリの次に食べ終わっている。


 私たち第八小隊が食事を終えたのは、食堂に残っている小隊もまばらになったころだった。エステルがいつまでも食べ終わらないジゼルにイライラしていた。そのイライラにすら気がつくそぶりも見せずに、ジゼルは食後の祈りをした。それが終わると、アンリが目を開けて動き始めた。私たちは、トレーを返却し、食堂を後にする。


 大ホールは、隊舎の隣の建物内にある。そこには、4人が横並びで座れるようなベンチと長机が並んでいた。小隊ごとに座るようにということだったので、私たちは、空いているところに座った。私はなんとなくアンリとジゼルの隣にエステルが座るとヤバそうな気配がしたため、それとなく間に入るようにした。そのため、並びは、アンリ、ジゼル、私、エステルになった。


 その場で少しだけ待っていると、全ての小隊が座ったのだろう。大ホールの扉が閉じられた音が響いてきた。軍人たちがたくさん出てくると、私たちの元に一枚の紙とペンが配られていく。その紙には、宣誓文が記されていた。そして、自分の名前をサインするところが空欄だった。全ての少女たちに行き渡ると、私が司令部で出会ったアルメール少将が登壇する。


 「諸君は本日を持って大公国軍の軍人となる。サインをするように」


 その場にいる大体の少女たちは、サインをしていく。他の小隊から、サインしたくないと言った少女がいたのだが、周囲に控える軍人に銃を突きつけられ、すぐにサインしていた。魔法少女は入隊しないと即銃殺というのは本当なのだろう。一部、サインをしようとしていない者たちもいたが、その様子をみてすぐにサインしていた。

 

 ちなみに第八小隊の面々だが、アンリは配られるなりすぐに記載していた。ジゼルは、アルメール少将の指示があってから書き始めていた。私もこのタイミングでサインした。最後に、エステルは、サインをしようとしていない少女の一員だったが、その様子をみて嫌々ながらサインをしていた。


 全ての少女たちはペンを置いた。全員がサインを完了したようだ。


 「総員、起立!!」


 号令がかかり、私たちは立ち上がった。すると、サインした紙が少女たちの目線の高さまで宙に浮く。文字だけにスポットライトが当てられてように、宣誓文がくっきりと浮かび上がる。

 

 「私のあとに続くように」


 アルメール少将がそう言うと、この場の空気が変わった。神聖な儀式が行われているように、空気が張り詰めている。


 「宣誓」

 「「「宣誓」」」


 私たちは、彼女の言葉の後に続く。


 「私は、我が祖国、大公国へ忠誠と勇気を誓います」

 「「「私は、我が祖国、大公国へ忠誠と勇気を誓います」」」

 「私は、規律正しき軍人として、軍規を遵守すること、上官に服従すること、この魔力が果てるまで、祖国をいかなる敵に対しても守ることを誓います」

 「「「私は、規律正しき軍人として、軍規を遵守すること、上官に服従すること、この魔力が果てるまで、祖国をいかなる敵に対しても守ることを誓います」」」


 宣誓を終えると、私から何かが吸われるような感覚があった。そして、目の前の紙が燃えてなくなった。


 この燃えている様を見ていると、なぜか私の中に固い決意のようなものが浮かび上がってくる。宣誓前まで微塵も抱いていなかった軍人としての自覚が、宣誓後に明確に生まれていた。


 私は、軍人になった。大公国軍所属の魔法少女になったのだ。

 この魔力が果てるまで祖国を守る。


 私の奥底に、この言葉が刻み込まれた気がする。


 この後は、教導隊基地内の建物及び設備等や基地内での過ごし方の説明が行われた。同時に、それぞれの教官たちとの顔合わせがあった。講義用の教室では教科担当の教官たち、屋内外の運動場や演習場では、体力錬成教官や格闘訓練教官たちなどだ。教官たちの男女比は、半々だった。ただ教官たちは、性別など関係なく全員が怖かった。


 説明の後は、各小隊ごとに夕飯を取り、入浴の時間になった。個人的に私が一番嬉しかったのは、この入浴の時間だ。そう、この大公国には風呂に浸かるという文化があったのだ。孤児院では冷水に浸した布で身体を拭くしかなかったのだが、ここでは足を伸ばしてお湯に浸かれる。前世の日本人の性分がある私にとって、まさに至福の時間だった。


 風呂後、部屋に戻った。部屋の自室の机の上には、教導期間予定表と週間予定表が置かれていた。教導期間予定表には、一月ごとに行われる大きな予定が書かれていた。例えば、体力試験や学力試験、教導修了演習などだ。もう一つの週間予定表には、起床時間、清掃時間、講義時間、集合時間など分刻みで細かく記載されていた。


 その書類を確認したのちに、私は、支給された軍服や装備品を身に付けたり、ロッカーに入れる作業を始めた。今まで使っていた私物は、ベット下にある鍵付きのケースにしまい込む。


 私は、シャツを着て、軍服に袖を通してみた。真新しい軍服のサイズは、私の体にぴったりと合っていた。たぶん、色々検査された時に測られていたのだろう。姿見の前に立ってみた。意外と似合っている。それに前世の男の部分が、かっこいいと叫んでいた。まあ、気持ちはわからなくもない。


 ちなみに、他の第八小隊の面々も、軍服に袖を通していた。ただ、着替え中の女子をマジマジとみるのはどうなのかという謎の紳士状態が発動してしまい、あまり見ていない。まあ、明日、彼女たちの軍服姿を見ることになるし、その時で良いか。


 明日の準備を終えた私は、自分用の机に向かい、この日記を書いた。そうして、消灯時間までの自由時間を過ごした。


 さて、そろそろ消灯時間になりそうだ。


 明日から本格的に軍隊生活が始まる。


 やれるだけのことはやろう。

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ルネの日記〜TS魔法少女は従軍中〜 外見まじめ @donkamiaoi

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