第2話

大公国歴340年12月19日①


 成人の儀から一週間が経とうとしていた。私以外の孤児達は、もうすでに孤児院から旅立っていった。そして、今日が私の旅立ちの日だ。この一週間に起きた出来事を簡単に振り返ってみよう。


 成人の儀の翌日に、孤児院に2人の軍医と数人の看護婦がやってきた。彼らに捕まった私は、その場で衣服をひん剥かれると、全裸のまま全身を隈なく検査された。健康状態から魔力量、魔法適正、固有魔法の特定など数多くの検査をされた。まず健康状態は、身長・体重・視力・歯科状態・運動能力などであり、前世の健康診断を思い出した。そして、魔法に関連する魔力量や魔法適正、固有魔法の特定は、採血により判明するそうだ。その場では、残念ながら結果を教えてくれなかった。彼らは、検査が終わるとすぐに帰っていたからだ。


 その2日後、私宛に一通の便箋が届いた。差出人は、大公国軍だった。便箋の中の手紙の文面には、次のように書いてあった。


 ルネ殿

 

 貴殿は、大公国軍規定第14条への規定に基づき、魔法少女として認定された。

 よって、貴殿を、大公国軍規定第15条に基づき、大公国軍への入隊を命ずる。

 

 大公国歴340年12月15日

                            大公国軍総司令部

                         大公国軍魔女師団司令部

 

 宛名のみ手書きで、それ以外は機械により打ち込まれたものだろう。だぶんタイプライターという機械によるものだと思う。そして、手紙の裏には、「12月19日10時に迎えに行く。逃げるなよ」と手書きのメッセージが添えられていた。


 逃げるわけがない。死にたくないのだから。もうある程度は、軍に入隊することは吹っ切れている。むしろ吹っ切れるしかなかったと言えるだろう。


 もとい、このメッセージにより、私の旅立ちの日が決まったというわけだ。その日まで孤児院に滞在することをマーサにも了承をもらっている。しかし、タダで滞在させるつもりはないということだったので、孤児院の職員の簡単な手伝いをして過ごしていた。




 孤児院の入り口で、空を眺めていると、遠くから一台の車両がこちらに向かってきているのが見えた。4人乗りの軍用車が、孤児院の前に到着する。


 軍用車から2人の女性軍人が降りてくる。私の前まで来ると、紺色の軍服と同色のマントで身を包んだ彼女達は洗練された敬礼と合わせて自己紹介をしてくれた。


 「私は、アレクシア・ドゥ・キャスティーヌ少佐だ。君が、ルネだな。よろしく」

 「副官のセシル・オージェ少尉です。よろしくお願いします」

 「あ、、、えっと、ルネです。よろしくお願いします」


 キャスティーヌ少佐は、吊り目がちな鋭い青い瞳と左目を覆っている眼帯に加えてすらっとした長身から威圧感が半端ない女性だ。金色の髪をかなり短く切っており、前世でいうところのベリーショートといえば想像しやすいだろう。軍服右胸には略綬が複数の列をなしていた。外見だけではかなり若そうに見えるが、さぞ多くの経験を踏んでいるのだろう。


 オージェ少尉は、いかにも新米士官といった雰囲気を出す女性だった。私と同じ白金色の髪を肩口で切り揃えられている。すこし癖っ毛なのかパーマがかかっているような髪型だった。彼女の軍服右胸には、略綬はなく、軍服自体も少佐のものと比べると年季が入っていないように感じる。もしかした同年代くらいかもしれない。


 どちらも顔の造形が整っているから見惚れてしまい、少しだけ口ごもってしまった。特にその事について指摘はされなかった。


 「オージェ少尉。私は、これから孤児院の代表と少し話をしてくる。ルネの荷物を積んでやれ」

 「少佐殿、了解いたしました。ルネさん、荷物を積んでしまいましょう」


 キャスティーヌ少佐は、孤児院の中へと入っていく。私は、オージェ少尉の指示に従い軍用車の荷台に荷物を積む。まあ、荷物といっても大きめの鞄が一つだけなのですぐに終了してしまう。そのため、オージェ少尉と軽い雑談をする。


 「オージェ少尉、その失礼でなければ、お年は幾つなのですか?」

 「ああ、私は16歳ですよ。もっとも来月には、17歳になります。ルネさんは、15歳ですよね」

 「はい。先日の成人の儀の日に15歳になりました」

 「これから頑張ってくださいね。応援してます」

 「ありがとうございます」


 オージェ少尉は、丁寧な口調の節々から真面目さを感じ取れる少女だ。その後も色々な話をした。彼女は、先月に魔女士官学校を卒業したばかりなんだそうだ。卒業後にキャスティーヌ少佐の副官に任命されて今に至る。雑談の中でも盛り上がったのは渾名の話だった。


 「ルネさんもガリ勉女と呼ばれていたのですか?」

 「ええ、そうです。その反応、もしかして、オージェ少尉もですか?」

 「全く同じではないのですが、ほぼ同じような意味合いでしたね。私は、同期生からガリ子と呼ばれていました。私の同期生はとりわけ優秀な者が多かったので、少しでも彼女達と肩を並べたくて我武者羅に勉強していたら、そう呼ばれていましたね」

 「それで士官学校を主席卒業したのだぞ。こいつは。まったく大したものだ」


 私たちはすっかり話し込んでしまったようだ。キャスティーヌ少佐に全く気が付かなかった。それよりもオージェ少尉、主席卒業ってすごいな。少し恥ずかしそうにしているオージェ少尉は結構可愛かった。


 キャスティーヌ少佐の後ろにマーサが居た。マーサは、私を強く抱きしめると、背中を叩いてくれた。


 「繰り返すようだけど、頑張ってね。何かあればいつでも顔を出しな。お茶ぐらいは出すよ」

 「ありがとう。マーサ」


 その様子を見ていたキャスティーヌ少佐に声をかけられて、私は軍用車に乗り込んだ。煙草の香りや座席の皮の香りなど多くの香りが混ざり合う車内。私は、窓を開けると、マーサに手を振った。


 自分が育った孤児院やマーサの姿がどんどん小さくなっていく。それでも私は手を振り続けた。




 軍用車に揺られる事、2時間弱。少しお腹が空き始めた頃、私たちは目的地へと到着していた。

 

 その目的地は、城だった。古城といえば良いだろうか。だいぶ年季が入り灰色になった壁に、蔓が巻き付いている。観光目的で作られたような見せるための城ではなく、無骨で趣深い城だった。


 「ようこそ。大公国軍魔女師団司令部へ」


 キャスティーヌ少佐は、少しだけ口角をあげながら言ってきた。ちなみに、この城は、グリズバイン城という名称なのだが、ほぼ忘れ去られた名前である。その名前を呼ぶものはおらず、大公国軍魔女師団司令部が現在の呼び名であった。


 司令部の前に車が停まり、私たちは、その中へと足を踏み入れた。城内はかなり慌ただしかった。多くの女性軍人達が忙しそうに走り回っていた。彼女達は、先頭を歩くキャスティーヌ少佐に気がつくと、足を止めて敬礼をする。オージェ少尉にも敬礼をすると、その後ろについて歩く私に、困惑したような顔を向けてくる。それらを曖昧な表情でやり過ごすと、2人の後について歩いていく。


 二度階段を登り、長い廊下をまっすぐ進むと、目当ての場所に到着したようだ。扉の上には、司令官室と書かれていた。キャスティーヌ少佐は、私たちに少しだけ待っていろと言うと、固く閉ざされている扉をノックする。


 「アレクシア・ドゥ・キャスティーヌ少佐、入ります!」

 「入りなさい」

 「失礼します!」


 入室していくキャスティーヌ少佐。残された私たちは、扉の前で何かするわけでもなく、ただ待っていた。実のところ私は、少し緊張している。前世の就活中に何度も経験した面接前の緊張感に似ているだろうか。それも、いきなり最終面接のような代物だ。緊張しない方がおかしいと私は思う。


 私の緊張を感じ取ったのだろう。オージェ少尉が、背中に手を添えてくれる。洋服越しでも感じる彼女の手の温かさに少しだけ緊張が和らぐ。そのタイミングで、目の前の扉が開けられた。


 「ルネ、入りなさい。オージェ少尉は、そこで待っていろ」


 キャスティーヌ少佐が入室するように指示していくる。オージェ少尉に背中を軽く叩かれる。言葉はなくとも、それが私を応援している行動だとわかる。私は、オージェ少尉の方を見て軽く会釈をすると、司令官室へと入室した。


 司令官室は、紅茶の香りで満たされていた。右側の棚には高級そうな茶器が収めてある。反対の壁には、魔女師団の師団旗が飾られている。その前には、応接用だろうか、これまた高級そうなソファとテーブルが置かれていた。


 この部屋の主人である中年ぐらいの女性は、中央の窓よりにある椅子に腰掛け、両肘を執務用の机に乗せながら、私のことを真っ直ぐと見ていた。くすんだ金色の長髪や軍服右胸の大量な略綬及び勲章の数々など、彼女の外見で注目すべき点はたくさんあったが、何よりも印象深かったのは、彼女の瞳だった。青い瞳の中に、幾重にも折り重なった魔法陣のようなものが浮かんでいた。それらは大きくなったり小さくなったりと動き続けていた。


 「ようこそ大公国軍魔女師団へ。私は、マリー=ルイーズ・ドゥ・アルメール。大公国軍にて少将を拝命してます」

 「初めまして、ルネです。よろしくお願いいたします」

 「ふふふ、ごめんなさい。緊張するわよね。ただね、あなたのことを一目見ておきたかったの」


 アルメール少将は、自分の瞳を指さすと、その動きに呼応するように瞳の中の魔法陣が動いた。私は、それに全てを見透かされたような気分になってしまう。自分の内側に入り込んでくるような、言いようのない違和感が私の身体を支配する。


 はいという声と共にアルメール少将は、手を叩く。それによって、私の身体を支配していたものがするりと抜けていった。


 「ルネさん。これからよろしくお願いしますね」

 「はい。こちらこそです」

 「では、アルメール少将閣下。小官達は、これにて失礼させていただきます」

 「ええ、少佐。ご苦労様でした」


 キャスティーヌ少佐と共に司令官室から退室すると、何をされた訳でもないが、どっと疲れが襲ってきた。それとすごくお腹が空いたため、とても大きな腹の音が響いてしまった。私の頬に熱が帯びる。


 「これ良かったら、どうぞ」


 オージェ少尉は、どこから出したのだろう。丸粒のチョコレートをくれた。チョコレートを凝視していたキャスティーヌ少佐もしっかり貰っていた。


 「これからどこに向かうのですか?」

 「魔女教導隊だ」

 



 司令部を後にした私たちは、再び軍用車に乗り、30分ほど離れた魔女教導隊基地へと来ていた。ちなみに運転は、キャスティーヌ少佐である。彼女は車の運転が趣味だそうだ。この30分の間に、後部座席に座ったオージェ少尉は、隣に座る私に魔女教導隊について教えてくれた。


 彼女の説明を簡単に整理すると次のような感じだ。


 魔女教導隊とは、魔法少女に認定された少女達を軍人として必要な体力・教養を育成する部隊のことだ。全寮制で、集団行動・時間厳守を徹底される。教導期間は半年間。その後は、各魔女大隊へと配属になるというのが一般的な流れである。例外になるのは成績上位者だ。教導隊内成績で10位以内であれば、部隊配属か、士官課程かを選択可能になる。ちなみに士官課程に進んだ場合は、追加で1年間、魔女士官学校へ入校することになるそうだ。


 そして、今日が、魔女教導隊に入隊することになる新人魔法少女達の入寮日とのことだ。私は、このまま入寮することになる。基地内を車で進んでいくと、古びた煉瓦造りの3階建ての建物が見えてくる。あれが、魔女教導隊の寮だそうだ。隊舎と呼ぶらしい。


 隊舎前に着くと、私は荷物を持ち下ろされる。キャスティーヌ少佐とオージェ少尉は、降りてこない。そう、ここでお別れなのだ。あまり長い時間ではなかったから親交がそこまで深い訳ではないが、やはり寂しさというものがある。


 「キャスティーヌ少佐にオージェ少尉。ここまで色々と、ありがとうございました」

 「命令だ。気にするな。、、、励めよ」

 「ルネさん。半年間は、思ったよりも短いです。後悔のないように。あ、それと昼食はすぐに食べれるはずです」


 私は感謝を述べた。それに対して、キャスティーヌ少佐は短く言葉を返してくれた。最後、付け足された言葉に彼女なりの優しさを感じた。オージェ少尉は、やはり優しい人なのだろう。後悔のないように、その言葉を噛み締めながら私は、再び頭を下げると、孤児院からここまで運んできてくれた軍用車は走り出して行った。


 「よし。行くか」


 私は、気合を入れると、隊舎内に足を踏み入れる。中は木造なようだ。木の香りが鼻腔をくすぐる。入口のすぐぞばにパイプ机が置かれていて、メガネをかけたふくよかな女性が椅子に腰掛けていた。


 「あらようやく来たわね。こちらに来なさい」


 女性に手招きされて近づくと、名前を尋ねられる。


 「ルネです」

 「はいはい。やっぱりあなたが、ルネね。私は、寮母を務めてるの。寮母さんと呼びなさい。あなたは、第八小隊だから、八号室ね。2階にあるわ。これ鍵よ。諸々の細かい説明は、同居人達から聞くように。さあ、行きなさい」


 こちらが話しかける暇を与えない捲し立てるような話し方をする寮母さんに私は圧倒されてしまった。そして、言い終わった寮母さんは、さっさと机と椅子を片付けると立ち去っていった。


 私は、掃除の行き届いた階段を登り、2階に上がる。部屋の中での少女達の話し声が廊下に響いていた。同じ魔法少女達だろう。私は、木造の廊下を進む。廊下の行き止まりまでくると、八号室があった。私が住むことになるのは角部屋だった。八号室と書かれたプレートが扉の右に置かれている。その下には、4人の名前が並んでいた。一番下に私の名前があった。


 部屋の中からは、言い争ってる声が聞こえてくる。これは困った。確実に部屋の中では修羅場が起きているのだろう。


 私は、一度、深呼吸をし覚悟を決めると、部屋の中に踏み入った。

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