ルネの日記〜TS魔法少女は従軍中〜

外見まじめ

第一章 魔女教導隊

第1話 

「総員起床!!」


 扉が乱雑に開け放たれると、いかにも鬼軍曹といった風貌の大男が、アホみたいに大きな声を室内に響かせる。

 私は、その声に飛び起きると、すぐさま軍服を着てベッドの横に立ち、起床点呼の体勢を整える。昨晩、瞬時に着替えられるように準備した甲斐があったものだ。少し自画自賛しながらも、表情には出さずに直立の姿勢を続ける。ちなみに同室の他の3人の少女達も同じように直立している。


 「起床点呼!!」

 「魔女教導隊第八小隊4名、異常なし」


 小隊長の証である赤腕章を付けた小柄な美少女が、大男に対して敬礼をしながら申告した。


 「よし良かろう!!総員就寝!!」


 大男は、満足そうに頷くと、そう言い残して部屋から立ち去っていった。それを見送ってから、小隊長の少女が私たちに指示を飛ばす。


 「休め。、、、まだ、2時だった。寝よう」


 小隊長の少女は、先ほどとは打って変わり眠そうな顔をすると、腕時計を指差しながらそう言ってきた。


 私は、腕時計を確認する。確かに深夜の2時だった。魔女教導隊では定期的に、このような抜き打ちの起床点呼が行われることがある。しっかりと訓練が身にしみつているかどうかを確認するためのものなのだろう。


 私たちは顔を見合わせると、小さな声で笑い合った。本当に、随分と仲が良くなったものだ。それぞれが軍服を脱ぎ、起床した時用の準備を整えると、床に就いていった。小隊長の少女が、おやすみと言って電気を消すとすぐに寝息が聞こえてきた。


 私は、ベットに入りながら、今に至るまでの日々を思い返していた。



 +++++



 皆さんは、目を覚ましたら見覚えのない天井を見たことがあるだろうか。まさしく今、俺は、それを体験しているところだった。


 「知らない天井だ…」


 もはやお約束とでも言えるべきセリフを呟くと、俺の耳に少女の声が聞こえてきた。喉に手をやり、変声期に浮かび上がってきてから体の一部となった喉仏を探してみることにする。無かった。まったくの真っ平だった。俺の動揺に呼応するように、唾を飲んだ。手から喉の骨が上下する動きが伝わってくる。


 俺はベットに寝かされているようだ。両手をついて身体を起こす。俺の視線に白金色の糸が入ってくる。あまりの綺麗さに指先で白金色の糸を摘むと、頭皮が引っ張られる感覚があった。もしかしなくても俺の髪の毛なのだろう。


 視線を動かし、自分の両手を見てみる。ゴツゴツと骨張り日焼けした青年の手とはかけ離れた、丸みを帯びて骨張っていない柔らかそうな少女の手だった。


 「うん。よし。これが一番大事なんだ。すまん、少女よ」


 誰が聞いているわけでもなく見ているわけでもないのに、手を合わせて謝罪の言葉を口にすると、俺はスボンの中に手を突っ込んだ。残念ながら息子は旅立ってしまったようだ。ありがとう息子よ。俺は忘れない。そう心の中で合掌する。


 俺は視線を動かして周囲を観察してみる。窓からは陽の光が差し込んでいる。キラキラして見えるため幻想的だが、よく目を凝らしてみると埃が舞っているだけのようだ。木造の床に木造の壁、お世辞にも裕福そうな部屋造りではないだろう。ところどろこ補修したような跡もあり、風が吹き込んできているのか不気味な高音を鳴らし散らしている。現代の見慣れた家屋のいずれとも似ていない。時代そのものが違うように感じる。


 ベットの淵に座り、床へと足を下ろす。床から木と木が擦り合わさった音がなる。立ってから、足を踏み出すたびに床が軋む。


 しばらく部屋の中を歩いて部屋の中をくまなく観察していると、扉の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。その足音が扉の前までくると、その勢いのまま扉が開け放たれて、見窄らしい衣類を身に包んだ妙齢の女性と目が合った。


 「ああ、ルネ!!目を覚ましたようだね」


 妙齢の女性に抱き締められると、よかったと何度も頭を撫でられた。落ち着くようなひだまりの香りが鼻腔に充満している。この香りは知っている。そうだ。私は、この女性を知っている。孤児院の院長を務めるマーサだ。


 俺、いや私は、ルネ。大・公・国・の孤児院で暮らす14歳の少女よ。あなたは誰?


 俺は、日・本・で暮らしているアラサーのサラリーマンだ。えーと、名前は、、、、。名前は、なんだっけ。あれ、俺は誰なんだ。


 思考がグルグルとして気持ちが悪い。終わりのない思考の渦にのまれていくようにして、私は、意識を手放してしまった。




 目覚めてから一週間が経とうとしていた。


 あれから私と俺は、完全に混ざり合っていた。今は体の持ち主であるルネの性別に合わせて、私という一人称で過ごしている。混ざり合った後の私の様子を見て、マーサは、大人っぽくなったねとしか言わない。この混ざり合いがそこまで違和感を与えなかったのは幸いというものだろう。


 私は、以前と変わらず、孤児院での暮らしを続けていた。ちなみに私が寝かされていた部屋は、看病部屋と呼ばれているところであり、風邪を引いた孤児を隔離して看病するための部屋だそうだ。完治したため、私は、通常の大部屋に戻っていた。個室で快適だったのに残念だ。


 孤児院は、15歳の成人まで面倒を見てくれるが、それ以降は仕事をする必要がある。そのため、ここには、仕事をするのに必要な最低限の教養を育むための授業が存在する。混ざり合いの影響か、以前よりも授業が楽しく感じる。その結果、一月ごとに行われる試験でも良い成績を残せるようになったし、そう言った意味では混ざり合えて良かったのかもしれない。


 現在、私は、14歳半ばと言ったところだ。孤児であり誕生日が不明なため、孤児院の職員が適当に決めた日付になっている。その結果、私の誕生日は、12月12日だ。しかし、世間一般の人々は、この日付を聞いて人の誕生日を連想する人は少ない。この12月12日は、成人の儀の日付だ。所謂、成人の日と言えばわかりやすいだろう。


 この世界における成人の儀は、特に少女にとって、大きな意味を持つ。この世界では、魔法が存在している。しかし、使用できるのは女性だけであり、男性で使用できた者は1人もいない。


 魔法を使う女性のことを、魔・法・少・女・と呼ぶ。略して魔・女・とも呼ばれている。暗黙の了解ではあるのだが、妙齢の魔女のことを魔法少女と呼ぶとぶっ飛ばされるので注意が必要だ。少女には、どちらを使っても失礼には当たらないが、魔法少女と呼ぶのが一般的である。彼女達は、軍によって管理される存在だ。そのため、魔法少女であると判明すると強制的に軍に入隊することになる。入隊を拒否や逃走した場合は、即銃殺刑らしい。


 ただ、孤児にはあまり関係ない話だったりする。なぜなら、魔法少女が孤児から出現するのは極稀だからだ。大公国の記録上、孤児から出現したのは、直近でも100年前のことだった。


 まあ、魔法を使えるかもしれない可能性が少しでもあることに、期待感がないと言えば嘘になる。それこそ、魔法の存在を知った時、私は、すぐに厨二心を全開にして呪文を叫んでいた。その様子を、マーサに見られたのは、とんでなく恥ずかしかったけど。このことについて、少しの期待を抱いているが、魔法少女にならない可能性の方が高いのだ。しっかりと授業を受けておこう。




 大公国歴340年12月12日


 私は、この日から日記を残すことにした。特に深い理由はない。ただ、なんとなく残しておいた方が良いという予感があったのだ。


 目覚めてからの半年間は、ほぼ勉強していた。混ざり合いの際に、前世の大卒相当の学力が引き継がれれば良かったのだが、現実は、そう上手くはいかないものだ。ほぼまっさらな状態からの開始となったため、しっかりと予習し復習する必要があったのだ。その結果、私は、「ガリ勉女」という渾名を付けられた。まあ、仕方ないだろう。


 さて、閑話休題。本日は、成人の儀だ。孤児達は、どことなく浮ついた雰囲気をしている。そうなる気持ちもよくわかる。孤児院での生活では自由が結構少ない。外出もできないし、自由な私物の買い物も制限されている。それらから解放されるのだ。浮つくのもしょうがないと言えるだろう。


 成人の儀は、本来、半日かけて行われる儀式だ。しかし、孤児院では、かなり簡略化されたものになる。マーサ曰く、30分ほどで終わるそうだ。例年、司祭による宣言と、魔力封印解除の杖を掲げるだけらしい。


 孤児院に併設されている教会で、成人の儀が行われる。今回、儀式に参加する者達は、私を含めて20名。カラフルなステンドグラスを通して、陽光が幾重もの色に変化している。幻想的な光景に目を奪われていると、正装に身を包んだ司祭が立っていた。


 「あー、これより、成人の儀を執り行う。えー、この場に集いし、20名は、今日という日を持って、成人となる。えー、我が大公国の市民として、大公並びに帝室への忠誠を約束せよ。そして、諸君らの行く末に我らが主の祝福があらんことを」


 司祭は、やる気のなさそうな声で宣言すると、私たちの前で杖を大きく掲げた。私は、その杖を見た瞬間、身体の奥底から湧き上がってくる謎の力に戸惑っていた。何かが溢れそうだ。


 「おい、ガリ勉女。足元の、それは何だよ、、、」


 私の後ろにいた短髪でよく日焼けした少年が、目を大きく見開いて足元を指差して私に話しかけてきた。その声に私は、振り返ると、少年以外の孤児達も同じように驚いた顔をしてこちらを見ていた。そこで私は、自分の足元に氷が張っていることに気がついた。それと先ほどよりも室温が下がっているような気がする。


 「ほう、孤児から魔法少女がでるか。おいマーサ。これの名前は何という?」

 「はい、司祭様。これはルネと申します。ルネ、ご挨拶を」

 「司祭様。初めまして。ルネと申します」


 司祭は、見下すような視線を私に向けてくる。


 「ふん、まあ良い。魔法少女は魔法少女だ。おい、そこの、すぐに軍に連絡を取れ。魔法少女が生まれたとな。ああ、私の名前で伝えるように。こんな僻地まで来たんだ。臨時収入がないとな」


 司祭は、横柄な態度で指示を出すと、興味を失ったように私から視線を外した。司祭は、小さな声で金が手に入ると繰り返し呟きながら、教会から立ち去っていった。司祭の姿が見えなくなると、マーサは私に言葉をかけた。


 「ルネ。大変だと思うけど、頑張りなよ」


 私は、この言葉で自分の未来がどうなるかを察した。


 魔法少女は、軍に入隊しないといけない。拒否も逃走もできない。逃げれば銃殺。待つのは死だ。


 それだけは嫌だ。私は、死にたくない。逃げられないなら仕方ない。軍に入隊するしかないか。


 私は、無理やり自分を納得させた。


 「やるしかない。死なないためにも」


 わざと声に出した。自分の決意を私自身に言い聞かされるために。


 やるしかないんだ。

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