西洋近代史の授業
[時系列としては前の京葉線の話のほんの30分ぐらい前の話です]
「ねえ佐橋くんってわかる?スペイン語一緒に取ってるんだけど」
「あのグレーのフード付きのパーカー着てる人?」
「え、誰それ。たぶんというか絶対違う人」
「じゃあわかんないかもしれん」
「クラスメイトの解像度低くね??この前私とペア組んでた背の高い人だってば」
「座ってるのにどうして身長がヒントになると思ったのよ。で、その彼がどうしたっての?」
と「彼」の部分にちょっとだけ強勢を置いて訊いてみたわたしの顔は多分不敵な笑みを浮かべていたに違いない。
すると美月ちゃんは少し照れたようなそぶりで、「そんなんじゃないってば!」とだけ言って口をつむってからダージリンを一口飲んだけど、そのちょっと沈んだ瞳にはまだ何かありそうだった。
「ごめん。茶化さないで聞きます。何かまだ言いたそうだけど?」
「…まだ。」
と聞こえるか聞こえないかの声で言ったのと照れ隠しにワッフルを一口ほおばったのがほとんど同時だったのでわたしでなければ拾えなかったはずだ。でもわたしにはバッチリ聞き取れてしまったのだ。観念してね。全部聞いたげる。
「あ、もしかして先週の金曜日ペアになってた黄色の服着てた人?」
「そうそうその人。私火曜の3限の西洋近代史でも一緒なんだけどさー」
「誰だかはわかった気がする。お近づきになったのというかなれそうなの?」
「ペア発表の準備があってラインは交換した。けど業務連絡しかできてないの」
「プレゼンお疲れさまーでお茶にでも誘ってみれば?取っ掛かりとしてはありだと思うけど。」
「甘いもの好きだって言ってたから乗っかってくれるかもしれない。」
「なあんだ雑談できてるんじゃん」
「授業中のつたないスペイン語での会話って雑談に含まれると思う?」
そこまでいうと美月ちゃんは別添でついてきたワッフル用のメープルシロップをダージリンの中にぽたぽたと3滴ぐらい垂らしてからとっても美味しそうに口につけたので、わたしも真似してみることにした。
「このアレンジありだね。お砂糖入れるよりありだと思う」
「でしょ。ちょっと冷めはじめちゃってるけど」
「ちょびちょび飲みながらお話しましょ。ここまでほとんど手つけてなかったのもったいないもんね」
というわけでどちらからともなくマグを少し掲げて軽く乾杯をすると一瞬静寂がわたしたちを包んだのでわたしはちょっと深掘りして訊いてみることにした。
「んで。単刀直入だけどどこが気になってるわけ」
「んーとね。まずは優しいとこかな。この前音読当てられる回なのに教科書忘れて詰みかけたときがあったんだけど、そん時だけ隣座ってさっと広げてくれたの。」
「あ、ちょっとポイントあがるね。ていうか彼だって美月ちゃんのこと見てるじゃない」
「なんか困ってそうなオーラがしたから察したって言ってたけど」
「絶対それ向こうも気になってるパターンじゃん。他にはどんなところがおありですかお嬢様」
「えーっとね…」言いだそうかちょっと迷った風をしたけどやっぱり言ってしまえという決意をした感じだった。
「髪の毛ちょっとくしゃってしてていいにおいがするの好きなんだよね」
ワッフルが食べたい 戸北那珂 @TeaParty_Chasuke
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