第9篇 新浦安駅:お茶と恋とわたしたちと
「それで?今日はどこ行くの?」
「スタバの季節限定がクリスマスのになったのよ」
「はい!ついて行ってもいいですか!3限はさぼります!」
11月の頭、連休明けのお昼休みにばったりすれ違った
「別にわたしはいいけど授業は出た方がいいんじゃないの?」
「今週は課題ないしたぶん出席も取らないからいいの」
そういう問題なのかという気がしたけどお茶は一人でするより二人でする方がもっと楽しいのでわたしは
「そういえばちゃんと喋るの割と久しぶりじゃない?」
「今学期はとうとうかぶってる授業なくなったからね。コース違うとここまで合わなくなるもんなんだね」
「ねー。ちょうどおしゃべりもしたい気分だったしいこいこ」
駅前のMONAという商業施設の2階にあるちょっとおしゃれなスタバはまだお昼のちょい前だったのであんまり混んでなくて、わたしたちのおしゃべりの空間としては文句なかった。
「あ、このティーラテのこと?私もこれにする!」
「オールミルクにしてはちみつ足すのがおすすめなの」
「えじゃあそれする。ついでになんか食べてく?私おなかすいちゃってて」
ショーケースにはおすすめと書かれたほうれん草のキッシュがあったのでそれくださいというと今ワッフルが焼きあがりますけどどうします?と聞かれてしまった。うーーん悩ましい。
「いけるいけるキッシュとワッフルぐらいなら。焼き立てが一番美味しいもんねえ?」
ご機嫌な
キッシュは温めてあとでお皿に乗せて持ってきてくれる、とのことだったのでわたしたちは先にドリンクを作ってもらって席に着いた。これこれ。このあたたかさよ。おかえり。
「え、なにこれ美味しい」隣のカウンター席についた
「でしょでしょ。わたし去年からはまってティーバッグ買ったぐらいなの」
「さすがお茶ガチ勢はやることが違うねえ。でも私もこの優しい甘さはまるかもしれない」
そんなことをわちゃわちゃ語り合っているとワッフルが運ばれてきたので、わたしはナイフとフォークを手にして一口いただくことにした。
「スタバのワッフルって初めて食べたんだけどおいしいね」
「焼き立てだしお茶が甘いから何にもかけなくてもいけちゃうね」
「ワッフルといえばさ、この前
「たぶんストーリーで見た気がする!いいなー」
「お茶とワッフルしか頼んでないのに3時間もいちゃったんだよね」
「雰囲気がいいとなんか楽しくなるよね。ちなみになに話したの?」
「ここだけの話、
うそうそうそ!といって身を乗り出してきた
「えまってどんな人?私知ってる?」
「
え、と言った
「めっちゃかっこよくていい人だよ。私去年週3で同じ授業取ってたもん」
「もしかして結構仲良かったりする?」
うんわりと良かった。と答えた
「ちなみに彼の方の反応とか知ってたりする?」
わたしはこれを言うべきなのかわからなかったけど言わないのも悪いような気がした。
「今度二人でスイーツ食べに行くんだって」
「そっか、じゃあ相思相愛なのかねえ」少し間をあけてから
「なんかあったらわたしでよければ聞くよ」
「ううん、いいの。ありがと。ただちょっと今週はジェットコースターだなあって思ったとこだったの」
「アップダウンが激しいってこと?」そうわたしが返すと彼女は視線を窓の外に向けてうなずいた。そしてまだエクストラホットで作ってもらったのでまだあたたかいラテを一口すすってからこう言った。
「やっぱしゃべってすっきりしたくなったんだけど聞いてくれる?」
「by all means」そういってわたしも前を向いた。
―――私火曜日は2限始まりで、東京を9時15分くらいに出る京葉線に乗るんだけどさ、たまに同じところに乗り合わせる人がいるのよ。いや私は認識してなかったし、電車も私もちょくちょく遅れるから絶対会うとも限らなくて頻度は低いんだけどさ、この前大学のエレベーターで一緒になって、見たことある顔だなあってなったのよ。それは彼の側もおんなじだったっぽくて、その次の週(これが10月の終わりのことね)に電車で会った時、「突然すみません、同じ大学ですよね、」って声かけられたのよ。
―――「ひとまず友達になってくれませんか」って言われたけど、さすがに唐突だからLine教えるのはまだにしよう、と思ってインスタだけ教えてお昼を一緒に取ったのね。そしたらこの前の連休でどこかに行きませんか、ってお誘いが来たから一回承諾して水族園に行ったのよ。それでペンギン見てたらふいに彼が切り出してきてね、いわゆるひとめぼれしたってようなことを言われたのよ。運命的な出会いだと思いましたとかなんとかね。
―――私としては嬉しかったし、なんならこういう流れになるかもなとも思ってたし、後輩のわりに彼の振る舞いは文句のないスマートさだったんだけど、なんかちょっと心に引っかかることがあって、ちょっと考えさせて明日返事するから、って言ってその日はご飯食べて解散したのね。んでその日の夜明日なんて返そうかなって布団に入りながら暗闇の中でちょっと思索したのよ。うそ、かなり熟考したわ。ほとんど眠れなかった。
―――だってこんなおとぎ話みたいなの私に起こるとは思わないじゃん。私そんなにモテるわけじゃないし。だからすっごく舞い上がりたかったし舞い上がってたんだけどさ、同時にこの人まだ私のことほとんど何も知らないのになんで運命だってわかるんだろう、とか思っちゃったんだよね。そしてそれと対比するかの如く去年よく一緒に帰ってたある人のことが頭に浮かんで、その人としたぐらいにいろんなこと話してたらぜんぜんいいんだけどな、って感じちゃったのよ。そう思ったら少し冷静になっちゃって、目がさえて眠れなくなったのもあってさ、……
そこまで語ると
「そこで
「そういうこと。だから私今週フりもしたしフラれもしたことになるみたい」
「でもまだ
「
「そんなこと言ったって
「それはそうだけど物事はタイミングも大事なのよ。友達って関係に甘んじたのは私だし」
そこまで行くと会話は止まったので、わたしたちはちょっとだけぬるくなりはじめたけどまだ心を暖めてくれるのには十分なティーラテに口をつけた。トッピングで乗っけたはちみつがちょうどいい甘さを奏でていて、わたしたちを取り囲んだ切なさを中和してくれているようだった。
「それでも気持ちは伝えるの?」わたしはあえて聞いてみることにした。この話までした方がきっとあとあとですっきりするはずだから。
「わかんない、授業だと会わなくなったからなんならもう擦れ違わないかもしれない」
「でもその後輩くんは
でも
「知ってる。今やっぱり私のことを見てくれる彼に向き合おうかな、とも思ったんだけどこのままだと私彼とも釣り合わないかもしれないや」と真剣そのものの眼をして言った。
「そんなことないよ、あるがままの
「ありがとね」それだけ言った彼女は逡巡したような顔をしてカップを見つめ俯いた。
「
「わかった。うちらだけの秘密ね」
そう言うとわたしたちはお互いに顔を見合わせて笑顔を作り、徐々に甘ったるくなってきたティーラテをぐびっと飲んだのだった。ワッフルはとっくに食べ終わっていた。
「これ甘いから次回から私はもっとはちみつ少なめにしようっと」
「次回も飲んでくれるのね。お茶好きとしては嬉しいわ」
ちょうどその時店員さんが試食のコーヒーケーキを持ってカウンターにやってきた。
「おひとついかがですか」
「ありがとうございます。いただきます」
普段食べないコーヒーケーキはやっぱり少し苦くて、甘党のわたしたちの口には少しテイストの違うものだった。でもそのおかげでなんだかわたしたちはすこしさっぱりさせられたような気分になって、「苦いより甘いほうがいいね」と笑い合いながら前を向いて立ち上がることができたのだった。4限に遅れちゃうから急がなきゃ。
京葉線短編集 (旧題:ワッフルが食べたい) 戸北那珂 @TeaParty_Chasuke
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