第8話 暁少年の苦難
『
この名前がすべての原因だった。
遠い昔から、代々おじいちゃんたちに受け継がれ、祖父が使い、父が使い、自分にも与えられた大切な名前だとわかってはいたが、正直、暁はこの名前が嫌いだった。
いや、大嫌いだった。
物心がつく頃からついて回った、『
愛称としてではなく、誇張して大げさに呼び止められることが多い。
背は高い方ではなかったが、黒目がちの大きな瞳に、すっとした鼻立ち、そしてさらっとした色素の薄い髪色をなびかせ、見るからに王子様のような容姿を持つと言われる暁にはもってこいのあだ名だと人は笑ったが、当の本人の暁は苦痛でしかなかった。
もちろん、王子様と言われることさえ反吐が出るほど嫌気がさした。
『との〜!』
そう呼ばれるたび幼い頃は泣きたくなった。
本当に自分は時代劇に出てくるお殿様の生まれ変わりなのかと父に聞いたことさえあった。
そんな畏れ多い家系でもないよ、と父はやんわり笑って説明してくれたものだけど、それでも気づいた頃にはおもしろおかしくその名で呼ばれていた。
笑い飛ばしてくれる仲間たちのおかげで笑い続けてこられたけど、小学生の頃は愛想笑いという技を習得し、中学生になった今では完璧にあしらうことができる。
少しでもからかった人間には二度とこちらから話しかけることはなかったけど、そう呼ばれるくらいならまだよかった。
そう思える日がやってきた。
信じられないことに。
テストで百点をとっても、運動会で一番になっても、人は必ずこう言った。
『さっすが、殿!』
『やっぱり殿は違うなぁ~』
たとえ暁自身がどれだけ努力を重ねていても、暁が頑張ったからだと認めてくれる人はいなかった。涼、健太、信長の三人以外は。
自分は自分なのだから、わかってくれる人がいればいいと思っていた。
夢に近づけるなら、人の声なんてどうでもいい。
ずっと温めてきた、医者になりたいという夢を叶えるためだけに毎日を頑張ろうと暁は決めていたからだ。
周りが何と言おうが、人を救いたいと思う気持ちに変わりはなかった。
友達なら三人がいるし、勉強だって一人でもできる。そう思えるようになった。
が、人生はそう甘くなかった。
長い間の苦しみをようやくたえ抜き、気にもしなくなった頃、『殿』というあだ名がまた形を変えて暁についてまわるようになったのは、それからすぐのことだった。
中学に入学した直後にその苦悩はやってきた。
『
暁にとって正直どうでもいい話だった。
どちらかといえば、自分は目立つことが得意ではない。
だからこそ、そんなにたくさんはいないが話せる相手も落ち着いた女の子と話す方が話しやすかった。
きっとこれから出会っていく人間もそんな人ばかりなのだろうと思っている。
うわさの的である、姫と呼ばれる女の子は五組にいるとかで、入学したての時からこれまでに見たこともないような超絶美少女だとよく騒がれていたし、暁も彼女の存在を知らないわけではなかった。
それでも五組は暁のいる一組からはずっと離れた廊下の奥にあり、体育や課外活動も隣のクラスの二組と行うことが多かったため、彼女のクラスと関わるということはなかった。
そういったことからほとんど顔を合わせることもなかったし、暁にとっての彼女の存在は、うわさに聞くだけの存在となっていた。
だからそうして油断をして特に気にもとめていなかった。
しかし、初めての中間試験が終わりを迎え、落ち着きを取り戻した頃、また新しいうわさでクラスが持ちきりとなった。
『殿と姫は恋人同士である』
『前世からのめぐり合わせで再び出会った』
どこのだれが流したのか今となっては知る由もないが、許し難くも殿と姫という名をもつ暁たちの交際説が流れたのだった。
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