第9話 暁少年の苦難2
『一に殿あり、五に姫ありけり』
その言葉は、なぜだかわからないけど瞬く間に全校生徒に知られることとなった。
名字の頭文字がおもしろい具合に殿と姫だからといって、暁にはたまったもんじゃない事実だった。
中学になった途端、浮かれた人間が増えてきたように思っていた。
誰がかわいいやら誰と付き合ってみたいやら、そんな言葉を耳にすることは増えたが、まさか自分までその浮ついた世界に放り込まれるなんて、夢にも思わなかった。
それから、その言葉やさらに大きくなったうわさが暁を悩ませたのは言うまでもない。
クラスメイトはもちろん、学年、そして学校中の話したこともない女子たちが廊下を歩くだけで「殿!」と声をかけてきたし、姫に気がある男子たちさえも面白おかしく「殿、本日のお加減、いかがですか?」などとからかってくるようになった。
最悪なのは、やっかみで嫌味を言ってくる人間もいたりして、散々だった。
話したこともない人間と交際説を立てられ、周りから冷やかされ、加えて自分の名前でまでからかわれる。
これ以上に不愉快な気持ちは他に知らない。
なぜ自分だけこんな目に、と何度も叫びたくなった。
母は暁を生んですぐ他界してしまったそうだから顔さえよくわからないが、父である
それなのに、なぜ自分だけ。
ポーカーフェイスは得意だった。
嫌なことも顔に出さず、余裕かまして笑ってみせる。これが暁の特技だった。
だって、笑っていればすべてうまくおさまるし、しつこくからかってくる人間だって、なんだつまらないといって諦めてくれることが多かったから。
長年の経験上、どう対処するのか、わかっているつもりだった。……はずなのに。
初めて姫という存在を暁が見たのは、彼女のうわさが大きくなりだして間もない頃のある全校集会でのことだった。
体育館シューズに履き替える時、五組の生徒たちが暁たちのクラスの前を通りかかった時のことだった。
彼女もその中にいた。
本当にきれいだと第一印象はそう思った。
まわりに何人か女の子たちはいたものの、彼女だけが光って見えた。
それからぞっとするくらいのオーラをまとって同世代と思えないおとなびた所作を見せて颯爽と暁たちの隣を通りすぎていった。
そして、たった一目しか見ていなかったけど、なぜか暁が彼女を大嫌いと思えるようになったのは、その瞬間だった。
『キライ? あっちゃんがそう思うなんて、珍しいね』
父である東雲はその日、珍しく愚痴るように話しかけてきた息子に笑ったものだった。
東雲の知る息子、暁はいつも穏やかで口数の少ないイメージだったため、あまり本心を口にする姿を見たことがなかったのだから。
『あんな人と噂されるなんて、最悪だ』
かまわず暁は続けた。
『あんな、自分はお姫様です! って全身でアピールするみたいに輝いてる人間と一緒だなんて思われたくない』
兄の日暮はそれならおまえも輝いてアピールし返せばいいんだと笑ったが、暁は笑うことはできなかった。
(冗談じゃない)
大嫌いだった。
殿と呼ばれる名前も姫という女の子も。
大嫌いだった。
なにもかもむしゃくしゃするくらいに。
だって、その二つは暁の心を乱して、いつも通りにはさせてくれなかったから。
大嫌いで大嫌いで大嫌いだった。
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